第11話 血の縁
その独り言は、室内の二人には聞こえなかった。
しばし待ち、ヨミナが去ったのを確認したコローデンは、未来を賭けた陰謀について、改めて若き主人の意を質した。
「もちろんやる。……が、やはり少し待て。母上と話してからだ」
「クスル卿は、他言無用と」
「打ち明けるんじゃない。ただ、話したいんだ。母上にとっても、一人娘を失うんだから……。決行に変更はない。命令あるまで常と変わらず過ごせと皆に伝えよ」
「……くれぐれもチャンスを逃されませんよう。我々は、パラタインヒルの血を継がれた正当なるご当主を一日千秋の思いでお待ち申し上げております」
コローデンが退室すると、ユーサリオンは歯噛みして美しい顔をゆがめた。
「僕にとっては、大切なもう半分の血に関わる問題なんだ。姉上は、いつからか僕によそよそしくなられたが、一度だって冷たい目で見られたことはない。そんな姉上を、なぜ殺めねばならない? ドラゴンを飼っているから? そもそも、なぜそれがいけないんだ? 法がそう定めていると大人は言うが
……もし、その法が間違っているなら、ドラゴンを守ろうという姉上は正義じゃないか。冤罪で肉親を謀殺して、パラタインヒルによい未来があるのか?」
その日も、天蓋の下のベットに横たわるという重労働を終えたプレジテトラは、連夜の同衾を喜んでいた。
が、ベッドの縁に腰かけた愛息の表情はいつになく冴えなかった。
「あなたくらいの年ごろは、ふと物思いにふけるものだけど、もし話したいことがあるなら、母はいつでも喜んで聞きますよ」
ユーサリオンは微笑で謝意を示すと、葛藤ののち、
「母上は……姉上がご不快ですか?」
と、率直に問うた。
プレジテトラは目をしばたかせたが、就寝前の、愛息と一つのベッドある時間は、彼女の心を素直にさせるらしい。
「そうね……不快と言えば不快かしら」
「それは、ドラゴンのためですか? それとも、ご自分でお産みではないから?」
「……両方かしら。でも、ドラゴンがいなくても、実子でも、変わらなかったかもしれない。子育てしていれば、腹の立つことはあるものよ。同性ならなおさらね」
「……いなくなったほうがいい……とお考えになりますか?」
「あなたはそんなことを思っているの?」
ユーサリオンは首を横に振る。
プレジテトラはそれを見て、薄く笑った。
「パイシーザーは、ヨミナを愛しているのよ」
「?」
「ヨミナが育つに連れて、パイシーザーはあの子の中に、あの子の母親を見るようになった。似てるんですって」
「姉上の……母上に?」
「昔、パイシーザーは英雄だった。その類まれな武勲によって、男子のなかったパラタインヒルの相続を許されたの。いわば、あたくしとこの家は戦利品。それから十五年。彼は、あなたのことは愛しているでしょう、ヨミナと同じくらい。でも、あたくしのことを、ヨミナの母親と同じだけ愛しているかはわからない」
「そのようなことは、きっと……」
「あなたは本当に優しい子ね、ユーサリオン。あなたの悩みがあたくしとヨミナのことなら、大丈夫。あたくしもパラタインヒルの娘、ヨミナの義母。決まった以上、あの子の結婚には尽力するわ」
「……ドラゴンホルダーとの結婚では、家名が傷つくかもしれませんよ」
「式は内輪ですませ、そのあとすぐにここを離れるそうよ。それもまたあの子の生き方。もともと、せいぜい祖父母までしかたどれない平民だから、そんな気ままな人生もいいでしょう。けれど、千年前の先祖の、名や、顔や、言葉や、生き様を受け継ぐ貴族はそうは行かない。あたくしたちにとって、自分の一生は自分一人のものではないの」
プレジテトラは、その巨大クリームパンのような手で、ユーサリオンの手を取った。
「あたくしはあなたを信じているわ。ヨミナが平民出らしく生きようとするように、あなたはパラタインヒルにふさわしく生きてくれると。悩んだ時は心に従いなさい。パラタインヒルの血が、きっと正しく導いてくれるでしょう」
そのほほ笑みは温かかった。真に子を思い、信じ、愛している母のものだと、誰しも判断するだろう。
「ご安心ください。パラタインヒルは必ず僕が守ります」
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