第二章
第9話 やってきた家
その白き巨体が横づけした時、パラタインヒル邸の面々は度肝を抜かれた。
長さは二百メートルをしのぎ、高さは五十メートルを超える、陸上船パンテオン。
三基のホバー・ユニットを足とする、リューガストの家である。
初夏の陽光に映えるその白亜の前では、歴史的なパラタインヒル邸のツタまみれの石壁もただ目を汚すのみだった。
以後、リューガストはこちらで多くを過ごした。
船首展望室に、三人の仲間と集う。
「いやあ、ほんとにいいところだね。長年人が住んでるのにまったく面白みのない田舎なんて、そうそう作れるもんじゃない」
椅子に立て膝で、窓に鼻をつけて冷やかしたのは、リューガストと同年の男性ながら少女のように愛らしいニーヤで、黒いフードに立てたネコ耳をピクつかせ、黒マントの下から出したしましまの尾をしきりに振っている。
「いっそ、そこのでかいだけのボロ屋もなくしてしまえばいいんだわ! そうすれば、リューガストだって、あんな泥棒猫と結婚しなくても……」
中央テーブルでリューガストの向かいについた美少女は、突如憤慨したと思いきや、大きな目に涙をためて沈んだ。
四人の中で唯一ティーンエイジャーのロゼッタは、ピンクのツインシニヨンにピンクのミニスカドレスという可憐な見た目に似合わず、到着以来殺気立っていた。
が、ドラゴンホルダーたるリューガストは大胆にこれをスルーする。
「伯爵に頼んで、式の日取りを早めてもらった。ちゃっちゃと済ませて、ここを発つ。いいな?」
確認の相手は、一人窓辺に立つカーナズル。金モールに飾られたワインレッドのコートを羽織る、黒髪の美青年である。
静かにコーヒーをすすり、間を取ってから、
「花嫁は?」
「もちろんくる。あいつも、ここにゃ色々あるみたいなんだ」
「俺たちにとってもな。ここは、アンリード・クスルの息がかかっている」
「まったく、いいところを紹介してくれたよ」
「見つけてきたのはニーヤだ」
「いい仕事するだろ、オレ?」
「だからって!」
男たちの脳天気な会話に、ロゼッタが机を叩いて割りこんだ。
「ゴールド・ドラゴンのお嫁さん探しにきて、何でリューガストのお嫁さん見つけてるのよ」
「運命の出会いらしい」
「会ったばかりの女と結婚する、フツー? もっと近くにいて、よく知ってる美少女だっているでしょ」
「知ってる中には一人もいなかったさ、ドラゴンホルダーやってる女なんて。それがどれだけ特別で、どれだけ輝いて見えるかを説明させたら、話し終わるまでに俺パパになっちゃうかもな」
「……どんな状況で説明されるんだろ、オレたち?」
ニーヤの問いに、カーナズルは黙ってコーヒーを味わう。
リューガストの表情は、幸せそうで、満足げで、晴れやかで、一点の影もない。
ロゼッタは机に突っ伏して号泣した。
「泣くなよ。うれし涙は、式まで取っといてくれ」
「いっそ、干からびて欠席したいわ!」
ロゼッタの激怒の理由がわからぬといった様子で、リューガストは肩をすくめる。
「どうして……こんな美少女を無視できるの?」
しゃっくりまで起こし始めたロゼッタの背後から、ニーヤがささやいた。
「無視したいくらいの美少女なんだろ」
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