第8話 王都からの使者

 数日して、アンリード・クスルの使いがパラタインヒルを訪れた。

 ウルという二十五歳の女で、ずんぐりむっくりした体型をしている。

 最小限の胸当てとミニスカートは、タイツと靴があるとはいえ露出過多で、七色の派手な色使いも相まって、これが今の都会の流行りかと、五十間近のパイシーザーの愛想笑いを引きつらせた。

 丸い顔の中では、小さな鼻に反して大きな口から、統率を欠いた歯並びが笑うたびむき出しになる。

 テンションが高く、早口で、食事は噛まずに飲みこむわりに話はよくかんだ。

 身体的特徴はさておき、レディの身だしなみにそぐわない各点は、生来貴婦人たるべく育てられたプレジテトラの緑の目に好ましく映るはずがない。いつ暴発するとも知れず、食事中も夫は隣で戦々恐々としていたが、杞憂に終わった。

 意外にも、二人の会話は極めて弾んだのである。

 アンリードの使いという価値をプレジテトラが理解していたためでもあろうが、ウルの小さな身体を飾る一々大きなアクセサリーの数々をみれば、星雲をまとったような宝石の使い方をするプレジテトラとの意気投合は、自然な結果かもしれなかった。

 となると残る不安は、この気を遣う客の用向きと滞在期間である。

 一週間振りに救助された遭難者を想起させる食欲を披露し終えた彼女は、


「あ、やっべ、忘れてた」


 と、アイスクリームで白く染まった舌を出すと、ようやく使命を明らかにした。

 アンリードからユーサリオンへの言伝があるという。

 他言無用ということで、プレジテトラは残念がったが、


「ユーサリオンを直接ご指名ということは、パイシーザー亡きあとも当家にお目をかけてくださるお気持ちの表れでしょう」


 と、好ましく解釈してすぐに立ち直った。


「亡きあとって……」


 悲しげな夫に構わず、賓客を応接室へ案内するよう自慢の息子を促す。

 そこで二人きりになると、ウルは手紙を取り出した。

 一読して、ユーサリオンの顔が凍りつく。


「……手紙の内容を、ご使者はご存知で?」

「ご使者ってアタシ? ヤバ、マジウケる。もち、知ってんよ。ア、アンタの姉ちゃんぶっ殺せってんでしょ? そんために、アンリードからキメラとゴロツキいっぱい預かってきたんだから」

「……幸せの絶頂にいる姉を、半分とはいえ血をわけた弟の手で殺せ、と?」

「嫌なの? つーか、アタシ、別にどっちでもいいんだけど。ただ、アンタ最近、アンリードにもらった金で盗賊雇ったのに、姉ちゃんのドラゴン殺すの失敗したんでしょ? アンリード、あんま失敗するヤツ好きじゃないっぽいんだよね。これ以上役立たずだとさ、アンタが継ぐ前に、この家滅びんじゃね? アンリードのおかげで保ってんでしょ、ここ?」


 ユーサリオンは唇をかみ、うつむき、赤い前髪で視線を隠した。

 ウルはなおもまくし立てる。


「てゆーか、迷うことなくね? やっちゃえばいいじゃん。うまく行ったら、すぐにアンタを伯爵にしてくれるって。マジ、やったほうがいいよ。父ちゃん母ちゃん喜ぶよ。てか、今、姉ちゃんの結婚式の準備してんでしょ? 今やっちゃえば、それ、アンタが伯爵になったお祝いの式に使えんじゃん。ね、そのほうがいいよ。お祝いにはアタシも招待してね」


 自室へ戻ると、ユーサリオンは窓に身を寄せた。

 外は夜。格子の中のガラスに、渋面が現れる。


「僕の祝宴だと? それはない。うまく運べば、結婚式は葬式になる。姉上の、な。

 姉上を殺せば、父への不孝。命令に背いて破産すれば、千年の家名を重んじる母への不孝。どちらも選べぬと自ら命を絶っても、また不孝に違いない。

 ……頭が混乱してきた。僕はどうすればいい? 姉上が偶然ドラゴンの卵を見つけたせいで、どうして僕が苦まなきゃならないんだ?」


 その姉は、寝室に父を訪ねた。

 年代物の天蓋つきベッドに今まさに入ろうとしていたパイシーザーは、寝間着姿の意外な来客に目を丸くする。


「偶然会う以外では数日振りだな。私はすっかり嫌われたかと思ったよ」

「シロちゃんと、ゴルちゃん……リューガストのドラゴンについていたくて」

「楽しそうで何より。繁殖はうまく行きそうか?」

「仲はよさそう。でも、リューガストが言うには、ドラゴンの神殿で竜神の加護を授からないと大人になれないから、それまで繁殖は無理なんだって」

「確かに……廃竜法の前、まだドラゴンが町にもいた頃も仔竜ばかりだったが、あれはそういうことか。……よく知っていたな、彼は」

「すごいの。神殿のことだって、見てきたように教えてくれるの」

「……お前の夫としてはふさわしかったわけだ。じゃ、結婚式がすんだら、そこへ行くのかい?」

「そのつもり」

「……どこに住むつもりなんだ?」

「家は、リューガストの友達が持ってくるんだって」

「何?」

「ま、大丈夫よ。何とかするから。お父さんたちは、親子三人、水入らずを楽しんで」

「……寂しくなるよ。でも、お前がそれで幸せなら、お父さんも我慢しないとな。お母さんがうらやましいよ。いつでもお前のそばで見守っていられるんだから」

「…………」

「それで? 今や温室のプリンセスが、今夜は何の用だい?」

「……今夜から、おうち出るまで、時々一緒に寝てもいい?」

「……たまには母子水入らずでユーサリオンと寝るよう勧めれば、きっと母上もOKしてくれるだろうよ」

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