第7話 王宮を見下ろす者
大通りを挟んで王宮の正門前に連なるマンションに居を構えることは、臣民にとって最高のステータスの一つだった。
その一棟のペントハウスで、男は読み終えた手紙を上質のじゅうたんに捨て、外に出た。
五階建ての屋上から王都の夜景を一望するのは、三十代にして王国一の富豪とうたわれるアンリード・クスルである。
心地よい夜風に亜麻色のくせっ毛を踊らせ、白シャツの胸元をはだけさせて、ほてった体を冷やす。
手にしたグラスに冷ややかな笑みを映すと、そこに二十代後半くらいの美女が並んだ。
ゆったりと波打つ薄紫のロングヘアをなびかせたガウン姿の内縁の妻へ、アンリードが背中で問う。
「ギャラリア。パイシーザーの手紙、何だったと思う?」
「また、お金の無心かしら?」
「娘の結婚報告だよ」
「それはおめでたい……あ、好きだったんだっけ?」
「フン。確かに美人だが、頭のおかしいドラゴン娘などゴメンだ」
「なら、安心して聞けるわ。それで、そのドラゴン娘のお相手は?」
「リューガスト・ヴィアン」
「それって……」
「笑えるだろう?」
くるりと振り返るアンリード。言葉に反して、目は笑っていない。
「あの男、何が原因で王都から追放されたのか理解してないようだ」
「あるいは、反撃の狼煙のつもりかも」
「この程度の螢火、すぐに消してやる」
「野暮な人。若い恋の炎に水を差すなんて」
「どちらもドラゴンホルダーだ」
「だから?」
「古臭いものに固執する、くだらん連中だ」
「古くてもいいものもあるでしょう」
「危険極まりない。ドラゴンは街を、国を滅ぼす」
「神話やおとぎ話の話でしょ」
「ましてや、ゴールド・ドラゴンはおそれ多くも王室の象徴だ」
「もっと不敬な人や物はたくさんあります」
「法が禁じている。これ以上の理由がいるか?」
「自分だって法を破るじゃない」
「もういい! 今時、何がドラゴンだ。俺や父さんの作ったキメラのほうが、よほどモンスターの王にふさわしい」
「はいはい。じゃ、火は消すとして、どうやるの? 軍隊でも動かす?」
「こんな理由で動く軍があるものか。それに、俺の言いなりになる駒はまだ少ない」
「じゃ、こっちで誰か出すの?」
「大手メディアは抑えてるとはいえ、足が出た時のことを思えば、部下から実行犯は出したくない」
「あ、言いなりといえば、パラタインヒル夫人があなたに首ったけじゃない」
「あんなナメクジオバケ、当てになるものか。……そうだ、息子を使おう」
「ユーサリオンだっけ?」
「忘れた」
「大丈夫? まだ子供じゃないの?」
「応援は出すさ。とにかく、夫人が言うには、あそこではパイシーザー以外皆ヨミナを嫌っているらしい。使えるだろう」
「本当かしら?」
「そうか、褒美がいるな。貧乏人は欲深い。よし、成功のあかつきには、すぐに当主にしてやろう。喜んで俺に永遠の忠誠を誓うはずだ」
「パパがまだいるんでしょう?」
「構わんさ。議会で決定する。軍人と違って、議員は金で動くのが多い。そして、この国一番の金持ちは俺。さらに、議会の決定は王であろうと従わねばならない。つまり、この国では出世は俺次第と言うことだ。
家名にあぐらをかくだけの無能はいらん。これまでの投資、きっちり働いて返してもらおう」
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