第18話 手合わせ
それから数日が経過した。
立花さんはまだ仕掛けてこない。あれからずっと身構えているために日々精神を少しずつ削られるような気分で疲れてくる。
何か作戦でも考えているのだろうか。
あの人と戦う、か。さあて俺としてはどう戦おう。
――非鳥には傷が治らないよう様々な力を施した、と言っていた。
だから俺が非鳥の特性を受け継いでいるこの再生能力を封印する何かを持っているのだろう。
となれば、俺が一番の武器を封じらると考えると、非常にやばい。
戦闘に関しては、それなりに心得はある。
父さんのおかげで昔はサバイバルをしていたおかげだ。対人戦も何回かある。主に父さんとじいちゃんに鍛えてもらったのだ。
しかし最近は全然だ、腕が鈍っているかも。
立花さんと戦わなければならない――このことについては、久理子たちには言っていない。心配をかけたくないしね。
だから、もし戦闘に備えて鍛錬するといってもこっそりやることになるだろう。
今日は日曜日。
俺はとある場所へと向かっていた。
電車に乗って揺られること数十分。
到着するは田んぼが目立つ地区。
ひと気はほとんどなく、鳥の鳴き声が雑音にかき消されることなくはっきりと聞こえるほどの静謐。
駅から出て、歩き出す。
右を見ても左を見てもたんぼ。
そんな道を只管に歩く。
奥のほうにはちらほらと家が建っている。その家の向こう側には山。田舎って感じ。
そしてあの山こそ――木岩山こそ、俺が非鳥を食らった場所だ。父さんに何度も連れられて、サバイバルをして、何度も遭難しかけた、思い出の場所。楽しい思い出もあれば辛い思い出もたくさんある。
「のどかだな」
そよ風が心地良い。
畦道を一人で歩いているとこの世界には自分一人だけなんじゃないかってくらい、本当に開放感があっていい。歩いているだけで楽しいもんだ。
真っ直ぐの道のりを歩くこと数分。
視界に入っていた家はもう目の前。
いくつかの家を通り過ぎて、到着する――じいちゃんの家に。
昔ながらの、瓦屋根が特徴の家屋。
建物自体は大きく庭付きで広い。
玄関の呼び鈴を鳴らす。
渋い声が奥から聞こえ、足音が近づいてくる。
「ほいほい」
「やあじいちゃん。相変わらず元気そうだね」
こんがり小麦色の肌、長く白い顎髭が特徴的な渋いじいちゃんがそこにいた。
年齢は六十をとうに過ぎているものの体つきは若々しい。その、なんつーか、筋肉質なのだ。
百歳まで元気に生きていそう。
「わしはいつでも元気じゃ。ほれ、あがれ」
「うん、おじゃまします」
じいちゃんはばあちゃんと二人暮らしをしている。
ばあちゃんは居間でくつろいでいるのか、テレビの音が聞こえる。
「ばあちゃん、元気?」
廊下を進み居間に顔を出す。
ばあちゃんはにこやかな笑顔を浮かべて手をあげた。
元気だという合図。口数の少ないばあちゃんは大体手で合図を送ってくれる。
「元気でなによりだ。おじゃまするね」
客間のほうに行き、ふかふかの座布団に座る。
「麦茶飲むか」
「ありがとう、飲む飲む」
キンキンに冷えた麦茶をもらった、ありがたい。
「電話では話は聞いたが、手合わせを希望するたぁよっぽほどのことなんだなあ」
「まあ、そうだね」
じいちゃんにはここへ来る前に電話である程度の事情は説明した。
その上で、今一度手合わせを願い出たのだ。
「その怪異専門家の子は強いのか?」
「さあ、分からないよ。ただ、雰囲気からして……強そうな感じ」
「ほう」
じいちゃんは煙草を取り出して火をつけた。
一つ一つの動作が、なんというか渋い。漢の中の漢って感じだ。
というか。怪異の専門家ってみんな喫煙者なのか?
「お前さんも大変なもんを取り込んだもんだよな」
「まったくだよ」
麦茶を喉へと流しこむ。
これこれ。じいちゃんの家に行くといつも飲むこの麦茶、とても美味いんだ。
「便利な体じゃが、非鳥の特性は危険視されておる」
「うん、そのようだね」
「わしが現役ならばお前さんに何かしら封印などの手段を試みていただろうよ」
「じいちゃんが現役じゃなくて助かったよ」
「とはいえ今も少し手段を考えてはいるがのう」
「えー……」
くっくっくっくっとじいちゃんは笑う。
そして煙草を吸い、ふーと静かに吐いた。
「冗談じゃよ。孫には何もせんわい」
「よかった、安心したよ」
テーブルの真ん中に置かれた菓子入れを見る。
せんべいがいくつか入っているので一個手に取った。
じいちゃんばあちゃんの家には必ずせんべいがあるけど、せんべいってお年寄りには人気なのだろうか。
俺としてはポテチとかチョコクッキーとかが好みなんだが。
とりあえずせんべいを食べる。ぼりぼり。ほんのり塩味。
何気にこういうシンプルなものはたまに食べるとすっげー美味しく感じるよな。
「しかし……怪異専門家、か」
「何か知ってる?」
「同業者に関してはそれほど知らんな。立花、なんといったかの」
「立花八千代」
「ふむ、立花八千代か。立花家の者は……いた気がするが直接の繋がりはないのう」
「そっか」
何か情報があればよかったが、まあ仕方がないか。
「さて、早速やるか」
「うん、お願いします」
場所を移すとする。
裏庭の広いスペース。そこではよくじいちゃんや父さんと手合わせをしてもらった。
今日は久しぶりにじいちゃんと手合わせをする。
じいちゃんの二の腕を見てみる。見事な力こぶ、俺の腕とは全然違う。
体つきもごつい、本当に六十代なのか疑問に思える。
じいちゃんは道着に着替えて深く深呼吸をしていた。気合は十分といったところ。
俺は道着ではなく上着を一枚脱いでの軽装だ。
「よろしくお願いします」
「うむ」
一礼をする。
続いて構え。空手のように左手を少し前に出して、右は脇を締めて、右手を腰のあたりに添える。
じいちゃんも構えは同じだ。
しかしじいちゃんの持つ雰囲気は重々しい。威圧感があり、対峙しているだけで圧倒されそうになる。
気迫――そういったものが乗っている。
これまで数々の怪異との戦闘経験を持つじいちゃんは、流石に手合わせする前からその強さをひしひしと感じる。
先ずはこちら側の先制――右手を振るう、じいちゃんはそれを左手で受け流し、右足の回し蹴り。
俺は一度後退してその攻撃をかわす。
――じいちゃんはさらに前進、蹴りでの攻撃、つま先は金的を狙っている――俺は左手でその攻撃を防ぐとじいちゃんは拳のストレート。
「うぐっ」
一撃を貰った、左頬が少し熱い。
「あまいぞ。腕が鈍ったか?」
「まだまだ!」
再び構え直す。
じいちゃんは拳による連撃を繰り広げる。
それらを躱し、時には受け流して防ぐも、一瞬の隙をついての右足の蹴り――太ももに痛烈な痛みが走る。
体勢が崩れたところへさらにかかと落としが飛んでくる――俺は両腕で防ぎ、押し返してじいちゃんの体勢を崩すことに成功する。
そのまま前進、じいちゃんへ右、左の拳による攻撃。
じいちゃんは後退しながらそれらを躱す。体勢が崩れているっていうのに、なめらかな動きでの回避行動だった。
おそらく関節が柔らかいからできるのだろう。
昔にじいちゃんが柔軟体操をしているところを見たことがあったが、体がすごく柔らかかった。両足を開いて座って、上体は床にぺたりで体操選手のような柔らかさだ。
俺はやや体が硬くてそれができない、最近は柔軟体操をやっていないので少し硬くなっているかもしれない。
俺もじいちゃんに倣ってやるべきかな。いや、うん、やるべきだ。
お互いに一度距離を取る。
じりじりと左右に回るように動き、出方を見る。
先に動いたのは俺のほう。
一歩前進して、左拳のフェイント――からの右足の蹴り。
じいちゃんはフェイントを読んで軽く跳躍して蹴りをかわす。
空中では回避できまい――俺は拳を叩きこむとじいちゃんは両腕でそれを防ぐ。
渾身の一撃、流石にじいちゃんは後方へ飛ばされるも受け身を取ってすぐに体勢を整える。
「ふむ、悪くない一撃じゃ」
「どうも」
流石だ、動きに衰えを一切感じない。
じいちゃんと父さんも昔は手合わせをしていたと聞く。
父さんでもじいちゃんには敵わなかったらしい。
それほどの腕の持ち主、正直憧れる。
武術、柔術、剣術、エトセトラ――じいちゃんはなんでも強い、だからこそなんでもじいちゃんに倣って吸収したい。
父さんはよく強い男になれとよく俺に言っていた。
強い男になるには、やはりじいちゃんに教えを乞い、鍛えてもらうのが一番だ。
それとまた山に籠るか? ありだな、うん、たまにまた山に行こう。
ただ、強さとは肉体だけじゃあない。心も、ああ、全体的に強くならなくては。
そうだろう? 父さん。
「手合わせの最中に考えごとか」
そんなことを考えていると、じいちゃんは俺の思考を見事に読み、瞬時に距離を詰めて俺の右腕をとった。
一本背負い――綺麗に決まってしまった。
「いってぇ~……」
「ふんっ、どうせすぐ治るじゃろう」
「痛いものは痛いよっ」
痛みがなければよかったのだがね、残念ながら普通に痛みがある分、回復するとは言っても攻撃はなるべく受けたくはない。
幸鳥の時との戦闘も、痛かったなあ~。
俺は起き上がって土を払う。
再び戦闘の再開、それから十五分ほど手合わせをしてもらった。
「一先ず、これくらいにしとくか」
「はぁ……はぁ……。うん、ありがとうございました」
結局のところ、じいちゃんに手ごたえのある攻撃は一発も当たらなかった。自分は、まだまだだな。
「動きは特に悪くはないのう」
「そう? それならよかった」
嬉しいな。ボロクソに言われるかと思った。
「だがまだまだ甘い」
「だよね」
「もう少し柔軟に動けるようになれ、それと手数も増やすことじゃな」
「ふむふむ、了解」
じいちゃんとの手合わせはとても勉強になる。
今日は得たものは多い。
立花さんとはどんな戦いになるのかは分からないが、少なくともこういった対人戦であれば自信がついた。
あの人は――立花さんは、どんな戦い方をするのだろう。
仕掛けてくるのを待つだけではあるが、いやしかし、不安は拭えない。
汗をかいたので、俺はシャワーを借りることにした。
じいちゃんはほとんど汗をかいていなかった、いつかはじいちゃんを汗だくにしたいものだ。
というか、いつかはじいちゃんに勝てるようになりたい。
シャワーを終えて縁側へ行く。
じいちゃんは運動後の麦茶を飲んでいる最中だった。俺の分もあったので隣に座って麦茶をいただく。
「ふぅ、美味しい」
「うむ」
「そういえばさ、どうして俺に非鳥の特性が受け継がれたんだろ」
「非鳥が特別だっただけじゃ――加えて、お前さんも少し特別だった」
「そうなのかな」
「そうとも」
喜んでいいのか、微妙なところ。
この特別のおかげで、今は怪異専門家に狙われているわけなのだから。
「しかしよく非鳥を食う気になったもんじゃな」
「あんまりにも空腹だったしね」
「羽島家でも怪異を調理して食べる者なんておらんかったな」
「結構美味しいのが多いよ」
「ほう」
「魚は当たりが多いかな~白身魚系だねほとんどの怪異が。鳥の怪異も食べてみたけどあれも美味しかった。親子丼にして食べたんだよ」
「怪異を食べる、か……」
「じいちゃんも今度食べてみる?」
「いや、いい」
「そか」
遠慮しなくてもいいのに。
本当に美味しいんだから怪異は。
「怪異を食べて体はなんともないんか?」
「特には。たまに外れを引くことがあるけど」
「外れじゃと?」
「毒を持った怪異がいるんだよ、数分くらい腹痛に悩まされるけど非鳥の特性のおかげで治っちまうから安心。そういうのはちゃんと覚えておいてる」
「お前さんならではじゃな」
「そうだね」
くっくっくっくっとじいちゃんは笑う。
俺もふふふと笑った。
「学校のほうはどうじゃ、順調か?」
「うん、それなりにね」
「友達はできたか?」
「まあそこそこ」
男友達は、ちらほらと話し相手がいる程度。
クラスのカーストでは中の下ではあるけど別にこれ以上の立ち位置は求めていない。今がちょうど、居心地がいい。
「女はできたかい」
「いんや全然だね。俺についてきてくれる女の子は久理子くらいだ」
「久理子?」
「うん、ほら、幼馴染の」
「……お前さんに幼馴染の女の子なんていたか?」
「いるよ、何言ってるんだよじいちゃん。ここにも遊びにきたことあっただろ?」
じいちゃんはきょとんとした顔で俺を見ていた。
なんだなんだ? 物忘れか? じいちゃんも歳だしそろそろボケてきたかもしかして……。
「そうじゃったかのう……?」
「おいおい、大丈夫かよじいちゃん」
「その久理子って子、全然思い出せん」
「久理子が聞いたら泣くぞ」
じいちゃんは首を傾げて、最後まで久理子のことを思い出せずにいる様子だった。
まったく、しっかりしてくれよなじいちゃん。
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