第4話 蝕み
怪異の正体を探るにはどうすればいいか。
俺はノートにクエスチョンマークをいくつか書いては消してを繰り返していた。
彼女に絡んでいる怪異は中々姿を見せない。
こうしていても話は進まないな。こちらから近づいてみるか。
放課後、俺は帰る準備をしつつ小鳥遊さんを目で追って遠くから様子見をしつつ接触のタイミングを見計らっていた。
カースト上位は、いつもみんなでわいわいしていて中々に近寄りがたい。
それから十分後。
ようやくしてチャンスが訪れた。
小鳥遊さんは今日は一人で帰るらしい、みなに手を振ってロッカーへと駆け寄り、鞄を回収していた。
その時を見計らって俺は彼女に声を掛けた。
「小鳥遊さん」
「はい?」
「ちょっといい?」
「んと……」
普段はちょっとした会話すらしたことのない仲、彼女が戸惑うのも無理はない。
「箱のことで、話があるんだけど」
「は、箱のことで……?」
彼女は鞄をきゅっと握り、脇でぎゅっと押さえる。
別にその箱を奪おうってわけじゃない、そんなに警戒しないでもらいたい。
彼女の後方、数メートル先の廊下の端のほうでは久理子が顔半分を覗かせていた。こちらの、なんというかシリアスな雰囲気を察してか寄ってはこない。
「場所、変えよっか……」
「そうしよう」
ところ変わって学校裏。
久理子に今朝聞いた例の花壇の近くで彼女と話をすることになった。
ちなみに久理子はこれまた小鳥遊さんの後方、数メートル先にて顔半分を覗かせていた。なんとも、うん、可愛いやつ。
「あの、箱のことは、どこで……?」
「きみの友人からちょっとね、それにこの前きみが箱を使ってるところをこの目で見たしな」
「この前?」
「ほら、数日前に会っただろ? あの時、実は少し前からきみが目に入ってね、道路の端で倒れてた猫に――あの箱を使って、祈って、猫の怪我が治って立ち上がったところを見てたんだ」
「そう、なんだ……」
小鳥遊さんは視線を落として、少しだけ気まずそうにしていた。
「あの箱、どういうものかは知らないけれど、確実にきみを蝕んでるよね……?」
「そんな大げさな……! 全然、平気だよ!」
であればその顔色の悪さはなんなのだろうか。
全然平気? 全然、そうには見えない。今にも倒れそうな、押したら倒れてそのままでいそうだ。俺は頬を掻きながら、どう言葉を紡ぐべきかと悩んでいた。
そうだね、平気そうだ――とは、言えない。
「そ、それにねっ、一応その、専門家みたいな人に相談はするつもりなの!」
「専門家?」
「そう、こういうの……怪異って言うの? その専門家」
「そうなのか……」
専門家。
専門家、ねえ? 一応、俺もそれなりに専門家を名乗れるとは思う。それなりにだけど。いや待て、俺の場合は専門家というより料理人か?
「うん、だから心配しなくても、大丈夫」
「その専門家は信用できるの?」
「た、たぶん……」
あまり自信はなさそうだ。
「そっか、それならいいけど」
その専門家とやらが無事に解決してくれることを祈ろう。
彼女は俺に心配をかけないためか、笑顔を作っていた。優しい人なんだと思う、この人は。
「その箱、見せてもらっても、いい?」
「え、うっ……」
「駄目なら別にいいんだけど……」
「い、いいよ! 大丈夫っ」
駄目元で聞いてみたが、意外とすんなりと承諾してくれた。
彼女は鞄からその――箱を取り出した。
改めて、じっくり見てみる。
両手に収まる程度の、長方形の木箱。
様々な形の模様が入り混じって彫られている、法則性もなく、ただ勢いで兎に角彫ったかのような、そんな印象を受ける。
所々の黒ずみはこの箱を悍ましくも見せるがしかし、なんというか……神々しくもみえる。テレビでよくやっている鑑定番組に出したとしたら、それなりの値段が付きそうな雰囲気。
「その箱は、どこで手に入れたんだ?」
「この箱はね、親戚から譲り受けたものなの。親戚は、この箱が何なのか分からなくて、わたしは偶然使い方を知っただけなの」
「どうやって使うんだ?」
「えっと……わたしの血を染み込ませて、あとは祈るだけ」
「血を染み込ませるのか……」
「あ、うん、そのね、毎回じゃないの。最初だけ。最初は偶然、指を怪我してこの箱を触って、それで分かったの。指の怪我が、治って……うん」
「なるほどな」
「最初のうちは、願いが叶っても体の具合が悪くなることはなかったんだけど、最近は……具合が悪くなることが、多くて……」
やっぱり、大丈夫じゃあないよなあ。
「触ってみてもいい?」
「ど、どうぞ」
彼女から、そっと箱を受け取る。
「軽いな」
「うん」
「中には何が入ってるんだ?」
指先で突いてみると空洞特有の、乾いた音が響く。
しかし完全に空ではないようで、振れば中で何かが動く音が聞こえる。確実に、何か入っている。
「分かんない、開かないの、この箱」
試しに開けてみようと蓋の部分に力を入れて引っ張ってみるもびくともしない。
箱も頑丈なのか、強く握ったり引っ張ったりしてもびくともしない、ちょっとやそっとのことでは破壊も不可能なのではと思わせる。
小鳥遊さんが心配そうに見ているのでそろそろ返すとしよう。
「はい、返すよ」
「う、うん」
「この箱に関わってから、何か見たりはしなかった?」
「見たり……? えっと……」
「たとえば、この世のものじゃないもの……かな。その箱には怪異が憑いてると思うんだけど」
「怪異?」
「そう、怪異」
おそらくは――おそらくは?
いや、確実に。確実に、怪異が憑いている。
「そういうのは……見てない、かな」
「そうか」
じいちゃんの言う通り、戦う力はたいしたことないから姿を現さないのか?
印象的に、臆病で震えてる小さな怪異を思い浮かべる。
「俺もこういったもの――怪異についてはそれなりに理解してるほうだから、何かあったら力になるよ」
「ありがとう、もしなにか困ったことがあったら、相談するね」
彼女の後方にいた久理子は何やら笑顔を浮かべてうんうんと頷いていた。
「その箱、あまり使わないほうがいいと思う」
「わ、分かってる」
「それなら、いいけど」
「う、うん……それじゃ、わたし行くねっ」
「ああ」
彼女は小さく手を振ってその場を後にした。
あの箱はやはり大事そうに鞄の中へとしまいこんでいた。
彼女と入れ違いに久理子がやってきた。片手にはじょうろを持っており、どうやらこれから水やりをするらしい。
「どうだった?」
「なんか、怪異の専門家に相談するらしいぞ」
「専門家? へぇ……でも、専門家ならここにいるのにね」
「俺は専門家ってほどじゃあないけどな」
「でもきみは怪異に深く関わってきたんだし、専門家って名乗ってもいいと思うな」
「そうかな?」
「そうだよぅ」
けれど怪異の専門家なんて名乗ったらじいちゃんに叱られそうだ。
名乗るのはやめておこう、少し、憧れるけど。
久理子が花壇に水やりを始めたので、俺も付き合ってやるとする。
花壇にはまだつぼみのままの花がいくつもある、植えられてそれほど日数が経過していないようで花が咲くのはあともう少しかかりそうだ。
「葵、大丈夫かな?」
「大丈夫とは言い難いな」
「だよねー」
それにしても怪異の専門家って、世の中にいたんだな。
じいちゃん以外は探しても見つからないような印象だったのだが。
ともあれ無事に解決することを祈るだけだ。
何より、彼女がこれ以上あの箱を使わなければそれで解決――ではあるのだが。
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