第3話 派生

「他に何か気になったこととかはあるか?」

「んー、あー……あっ、あったあった。えっとね、葵とは関係ないんだけど、この前ね、黒い卵を見たの」

「黒い卵?」

「そー、黒い卵。形は鶏卵っぽいんだけど」

「なんか、箱根だかに黒卵ってなかったっけ」

「あるあるー。まさにその黒卵って感じの卵なのよね。休みの日にね、ほら、わたしの家から少し離れてるところにある広場、夢見広場でね、鳥の巣があるなと思って木によじ登ってみたら黒卵でびっくりさー」


 休日に一体何をしているんだこいつは。

 好奇心旺盛にもほどがある。


「……怪異の卵じゃないだろうな」

「どうなんだろうねえ」

「その黒卵は何か実害をもたらしたりは?」

「そういうのは特にないかなー。うんともすんとも動かない、黒いってだけの卵だったし」


 孵化を待つただの卵だろうか。

 でも黒いっていうのは、異常だよな、普通じゃないよな、怪異だよな。

 とはいってもだ。


「様子見しておくか。何かあったら知らせてくれ」

「かしこまりー」


 そうして歩くこと数分、我が学び舎である県立森青学校が見えてきた。

 街中に巨大な長方形をどんと置いたかのようななんの面白みも感じられない校舎、これから待っている授業のことを考えるとやや億劫。

 また出てきそうなため息を我慢して、校門を過ぎる。

 久理子は相も変わらず無垢な笑顔を維持していた、学校も彼女にとっては楽しい場所なのかもしれない。

 鼻歌混じりで歩く彼女を見ていると、思わずこちらも気分がノッてくる。億劫さも少し引っ込んでいった。


「あっ、葵だー」


 数メートルほど先にて、小鳥遊葵の後姿が確認された。

 なんというか、カースト上位というのはオーラが違うね、オーラが。


「俺に気にせずあっちに行っていいぞ」

「えー、そう? でも寂しくならない?」

「ならない」

「それはそれでちょっと思うところがあるよぅ!」

「実は少し寂しいぜ」

「ふふっ、冬弥ったら正直者だねぇ」


 つんつんと俺の胸をつついてくる。

 俺は彼女の指をぺしっとはたいて、さっさと行けと手でしっしと振る。


「じゃあ行ってくるー」

「おう」


 久理子は小鳥遊さんのもとへと駆け寄っていった。

 二人は笑顔で挨拶を交わしてた。小鳥遊さんの横顔を確認したが、顔色のほうはやや悪し。大丈夫かよ。

 提げられている鞄の中には、脇にぎゅっと挟んで大事そうに抱える鞄の中には、きっと……あの箱が入っているのだろう。

 小鳥遊さんの後姿をひっそりと目で追う。

 彼女は靴を履き替えて三階に上がると鞄をロッカーへ入れて鍵を掛けていた。

 あの箱はいつも身近な場所に置いておかないと気が済まないといったところかな。

 さて、どうしたものか。

 久理子に頼られたとあっちゃあ頑張りたいところなんだが、今のところは彼女の観察をするくらいしかやることがない。

 気づかれないように、じっくり観察するとしよう。

 にしてもあの漂う淑やかさ、彼女の整った容姿も相まって見惚れてしまう。クラス内でゲラゲラと大声で笑う女子生徒は是非とも彼女を見習ってほしいものだ。

 カースト上位である彼女は、グループ内でも主に彼女を中心に回っているように見られる。

 なんというか、いるだけでも良し、周りの連中は話を聞いてもらいたいといった感じだ。

 性格は大人しく、口数はそれほど多くはない。聞き上手のようで皆が彼女に語り掛けては心地よさそうに微笑を浮かべていた。

 まるで美しい花をみんなで愛でているかのようだ。

 それほどに彼女――小鳥遊葵という少女は、魅力的なのだろう。

 授業の様子はというと、真面目に受けていて座った姿勢はピンッとしていて実に良し。

 先生にあてられた彼女はすらすらと正解を答えていて頭のほうもかなりいい。俺も彼女を見習わなければならないな。

 それからいくつかの授業を経て体育の時間。

 運動はそれほど、といったところ。

 というか、体育の時間は隅のほうで座ってばかりで動きたがらない。激しい運動は辛くて動けない、と言ったほうが正しいかもしれない。

 あの箱によって見た目以上に体が衰弱していると考慮すればの話だが、いや――考慮するまでもないだろう。それは、確かなことだ。

 休み時間は主に友人らと談笑をしているが、二回に一回は廊下に出て、他のクラスの――まあ、大体は久理子と話をしている。二人の仲は、とてもよさそう。

 彼女は久理子に話をしにいくついでに、ロッカーを開けて、例の箱をチェックしていた。

 後ろ姿だったのであの箱に何をどうこうしているといったことははっきりとは分からないが、おそらくは鞄を開けて、あの箱を見て、軽く触って、また鞄を閉めている。

 その一連の流れにはどのような意味があるのかは分からない、たいした意味なんてないのかもしれないが。

 どうであれ、これじゃあ気づかれずに盗んで調べるっていうのは無理そうだ。

 昼休みになり、俺は屋上へと足を運んだ。

 屋上は本来解放されていないのだが、ドアノブをちょいとうまく捻ると入れるんだなこれが。

 この広いスペースを伸び伸びと使えるのはとても気分がいい。

 ど真ん中に座って弁当を広げる。すると屋上への扉が開かれた。


「やほぅ」

「おう」


 久理子がやってきた、彼女も時々こうして屋上へやってくるのだ。


「お隣いいかな?」

「どうぞどうぞ」

「ではでは、失礼して」


 とことこと陽気な足取りで俺の傍へと寄って座り、彼女は弁当を広げた。ミニハンバーグや野菜、魚など栄養バランスのいい美味そうな弁当だ。他人の弁当はどうしてこうも魅力的に見えるのだろう。

 そしてそれに加えて、購買のパンも二個出してくる。


「相変わらず食う奴だな~」

「ふふんっ、食欲旺盛なもので」

「食ったもんは一体どこにいってるんだか」

「主に胸かもしれませんなあ」

「なるほどなあ」


 なかなかの巨乳さんですもんね。

 食ったもんはそこに行くなんて便利な体だこと。


「ではでは、いただきまーす!」

「いただきまーす」


 久理子に倣って、食べる前に両手を合わせる。


「いやー冬弥の弁当はいつも美味しそうだね」

「ふふんっ、そうだろう?」

「きみの唐揚げとわたしのミニハンバーグを交換しないかね?」

「いいよ、交換してやろうじゃないの」

「やったぁ!」


 トレード成立だ。

 ミニハンバーグは冷凍食品のものかな?

 冷凍食品、いいよね。

 年々冷凍食品はどんどん美味しくなっているしバリエーションも豊富になっている。

 レンジでチンか自然解凍でもよしというのもあってお手軽だ、俺も手軽に弁当を作りたいってときは冷凍食品のお世話になっている。

 時には力を入れて、時にはほどほどにお手軽に――緩急つけることでモチベーションが保てるのだ。


「相変わらずきみの作る唐揚げは美味しいなー」

「そりゃどうも」

「それで、進展はあった?」

「いんや、なんにも」

「そかー」


 今は腹ごしらえを優先といったところ。

 空の下で飯を食べるのは気持ちいいね。これだから屋上での昼食はやめられない。


「あの箱に取り憑いているであろう怪異はちっとも姿を現さないしなあ」

「むむー」

「お前はそれらしいものを見てはいないのか?」

「全然ー」

「そうか。小物ならやりやすいんだが……」

「どんな怪異だと思う?」

「んー……願いを叶えるような怪異だろ? となると大物なんじゃないかな。あーやだやだ、関わりたくねー」

「そこをなんとかー」


 祭られているやつや呪いをため込んでいるやつっていうのは特に大物――らしい、じいちゃん曰く。

 俺はまだそれほどの大物には遭遇したことは、……ん、ああ、一回はあったかな。一回くらい、あった。

 ただ、その一回程度で、他は大物とは到底言えないものばかり。

 遭遇すること自体稀というのもある、基本的に遭うものであって、中々会えるもんじゃない。良いやつなら大歓迎だけど、悪いやつならノーセンキュー。

 この場合、おそらくは後者。

 だって、願いを叶えると願った人を蝕むようなことをするんだもの。後者だよ後者、絶対後者。前者だったらすみません。

 ともあれ、だ。


「可愛い幼馴染からのお願いじゃあ断れないな」

「やったー!」 


 しかし現時点で進展ゼロな上に進展がありそうな気配もなし。

 進展があるのは弁当の中身くらいだ。ぱくぱく食べて半分ほど胃の中へと進展していきました。美味い美味い。

 それはさておき。どうにかして一歩は踏み出したいね。


「ふー、ご馳走様」

「ご馳走様ー」


 弁当を食べ終えて、お茶を飲んで一息つく。

 いつもならばのんびりと昼寝といくところだが、俺はポケットからスマホを取り出した。


「ちょいとじいちゃんに聞いてみるか」

「よろしくどうぞー」


 じいちゃんはもう昼飯を食べ終えたかな?

 時刻はお昼の十二時半過ぎ、時間的には丁度いいと思う。

 数回のコール音、四回目には電話は繋がった。


『もしもし』


 重低音のような、男前を連想させるいい声が鼓膜に伝わる。

 声からして、まだまだ元気だなと、思わせられる。


「じいちゃん、俺だけど」

『わしにオレオレ詐欺を仕掛けるなど百年早いわい』

「いや、じいちゃん、スマホだよな? 連絡先である俺の名前がちゃんと画面に表示されてるはずなんだけど」


 スマホやらパソコンやらハイテク技術は難なく使いこなしているんだよな。


『うむ。分かっておる』

「分かってるんかい!」


 思わず突っ込んでしまった。

 じいちゃんは電話越しにくっくっくっくっと渋い笑い方をしていた。それから、すー……ぷはぁ~といった呼吸音――煙草を吸っているようだ。

 今は食後の一服中ってとこか。


「今大丈夫? ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

『おう、なんだ? 色恋沙汰か?』

「違うよ、怪異関連」

『はー、怪異か。まあいいぞ、聞け聞け』


 つまらんなあって顔をしてそう。

 ふと隣を見てみると俺が電話中とあってか久理子はそっと弁当を片付けて正座し、じっとして耳を傾けていた。電話中なので私は喋らないぞという意思を感じる。可愛いやつ。


「俺のクラスメイトでさ、ちょっと怪異が絡んでそうな子がいて……」

『女じゃな?』

「女だけどさ」


 くっくっくっくっ。

 なんだよじいちゃん、その笑いは。


『その子は、箱を持ってたんだ」

『箱?』

「それも、おそらくだけど……その、所持者の願いを叶える――箱。ただし、願いを叶えると、体が蝕まれる」

『形状は?』

「長方形の木箱で、なんていうか、様々な形の模様が入り混じるように彫られてた」


 じいちゃんの唸り声が聞こえる。

 反応としては、それほど手ごたえはなさそうな。


『箱にまつわる怪異は数えきれんほどあるが――大体が運を操作して願いが叶ったようにみせるものだったり、はたまた周りを不幸にすることで願いが叶ったようにみせかけるものでな、願いを叶えるっちゅーのはあまり聞かんのう』

「そうなんだ?」

『もし本当に願いを叶えるのならば、その怪異は神さんか悪魔さんか仏さんか……まあどうであれ結構な力を持ってるかもしれんな』

「だよね」

『怪異は姿を見せたんか?』

「いや、見せてない」

『ほう。じゃあ願いを叶える力は持っておっても、意外と戦闘やらの力はたいしたことないのかもしれんなあ』

「そうなの?」

『姿を隠すような怪異は大体がそういうもんじゃ。戦ったらやられるようなやつはみな隠れる。なんじゃいお前さん、怪異関連は経験豊富と思ったが』

「まー色々相手はしてきたけど、どいつもこいつも単純なやつばっかだったから……」

『そうかい』


 怪異が姿を現したら取っ捕まえて祓って無事解決――そんな単純な話であれば話は早い。

 スムーズにいくとは限らないが。


『箱にまつわる怪異といえば、鬼や鳥、魚なんかの怪異もおったかの』

「鬼や鳥に魚……ふぅん」


 食える怪異だったらいいな。


『なかには武器として利用された箱がある、とはいえその箱だったら今頃大惨事だろうが。そうではないのだろう?」

「ああ、大惨事ではない」

「なら一先ずは、安心じゃな。それらから派生したものもあるらしいが、もしかしたらその中の一つかもしれんな。その辺は詳しくないから何とも言えんが』

「派生したものねえ……?」


 武器――か。

 一体どのようなものだったのだろう。大惨事と言うのだからよほど恐ろしいものではなかろうか。


「なんつーか、祓い方とか儀式とか、そういうのって必要?」

『怪異の正体が分からん以上何とも言えん。先ずは怪異の正体を知ることから始めい』

「どうすればいい?」

『それくらいは自分で考えい』

「ちぇっ、分かったよ、ありがとうじいちゃん」

『ほいで冬弥や、光枝や夏美ちゃんは元気にしとるか?』


 怪異関連の話はこれにて、といった感じ。

 ここからは世間話だ。


「元気だよ、母さんも夏美も特に変わりない」

『そうか。そりゃあよかった。お前は相変わらず料理三昧か?』

「別にそんな料理しては……してたわ、うん、相変わらず」

『ほどほどにな。夏美ちゃんにも料理を教えてやれ』

「あいつがやる気になったらね」


 そうしてしばらく世間話をした後に電話を終えた。

 休み時間が終わるまで残り十分、そこそこな長電話だった。

 隣を見てみると、久理子は足を崩して苦い顔をしていた、どうやら足がしびれたらしい。

 つんつんと足の裏をつついてやると久理子はぴぎゃー! っと、情けない悲鳴をあげていた、可愛いやつ。


「ふぅ……はぁ……それで、お話のほうはどうだった?」


 足の痺れはようやく解けてきたところで久理子はそう質問をしてくる。


「先ずは怪異の正体を暴かなきゃどうにも始まらんってとこだな」

「そうー……。じゃあ怪異の正体を暴こう!」

「そうだな。次はどうすれば怪異が姿を現すか、だが……」


 ふうむと、二人で腕を組んで考える。


「やっぱり葵が何か願ってる時が、怪異が姿を現す時なんじゃないかなー?」

「んー、でもこの前見た時はそれらしいもんは見なかったんだよなあ」

「きっとどこかに隠れてるんだよー」

「どこに隠れているのだろうなあ」


 久理子はむむむっと周囲を見渡して怪異を探しているが、そう目の届く範囲にはいないだろう。いたら流石に分かると思うし。


「どうにかしておびき出せればいいんだけど……」


 ごろんと仰向けになる。

 視界一面が空で満たされ、いつまでもここにいたい気分に陥るも残念ながら昼休みはそろそろ終わりだ。

 視界ににゅっと入って顔を覗かせる久理子。

 笑顔は見せているもののどこか不安そうだ。


「雲行きは怪しい?」

「そうでもないさ、ただ、作戦を考え中ってだけ」

「なるほどー」

「さて……」


 大きなあくびが喉から出てきて大口を開けさせた。

 まぶたに圧し掛かるのは食後に訪れる睡魔。空から降り注ぐぽかぽかな陽光がこれまた睡魔を増加させている。まいったな、まいったね。


「寝るか」

「えっ、午後の授業はー?」

「サボっちゃっても平気っしょ」


 俺は頭に両手を回して寝る体勢へと移った。

 久理子は溜息をついて腕時計を見やる。そろそろ昼休み終了のチャイムが鳴る頃だろう。


「入学してまだ間もないってのにサボるなんてきみはいけない子だなー!」

「定期的にサボらないとやってけないんでね」

「まったくきみって奴は……」

「そう言って、お前もサボりたいんじゃないの?」

「わたしは授業ちゃんと受けるよっ!」

「そうかい、真面目だなー」

「きみが不真面目なだけだよー」


 そうこうしているうちにチャイムが鳴ってしまった。

 未だに上体を起こさない俺に久理子は飽きれて再びため息をつき、腰を上げた。


「ほら、行くよー!」


 俺は軽く見上げる。


「パンツ見えてるぞ」

「びゃっ! 見るんじゃなーい!」


 白のパンツを隠して恥じらう久理子。


「んげっ」


 顔面を踏んづけられた。

 これはこれで、ご褒美といえばご褒美である。


「ほらぁ、行くよー!」

「んぐぐ……」


 襟の裏を掴むな引っ張るな。

 久理子の熱意にも圧されて俺は渋々上体を起こした。

 次は腰を上げるわけだが、未だに倦怠感が腰から下についてまわっている。それでもぐいぐいと引っ張る久理子の、柔らかい感触が頭の後ろに伝わり幸福な気分に浸れつつ、よっこいせと俺はようやく腰を上げた。


「それじゃあ、午後もがんばりましょー!」

「はいはい」

「はいは一回!」

「はーい……」


 やれやれやれやれやーれやれだ。

 学生らしく午後の授業も頑張るとしましょうか。

 小鳥遊さんに絡んでいる怪異は、授業を受けながら考えるとしよう。

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