第30話 失踪!

 ナディシュに更に魔力を送り、もっと出力を上げてもらう。手の回復魔法の速度を上げて、隕石をしっかり押せるようにする。


 この速度だと、あと数分で地表に到達するだろう。軌道をそらす努力は、無駄に終わるのだろうか。


 俺は結界の中でしか呼吸ができない息苦しさや、回復魔法だけでは消えない熱さや痛みに苦しみながら、ふと、老人に戻ったイシュナンのことを考える。


 これだけの大魔法を使うには、かなりの魔力を使ったのだろう。


 今日戦い続けて、イシュナンにはほとんど魔力が残っていないように感じた。それにも関わらず、最後にこの巨大隕石をびだしたのだから、イシュナンはもう極度の魔力不足で死んだのではないかと考えられる。


 隕石を落とす魔法は、伝説の時空魔法だ。宇宙のどこかから巨大隕石を見つけ出し、地球の落下軌道上に転移させることで成立している。


 そうであるなら……。


「もう、横磯が遠目に見えてきてる。諦めて避難しよ」

「嫌だ! それじゃ、何人の人が死ぬんだよ。それを見て見ぬふりなんてしたら、俺は、この心臓に負けたことになる」


「でも、もう無理だよ」

「この心臓に、無理なんて言葉似合わない!」


 俺はナディシュの腕を振り払う。すると、ナディシュは摩擦風によって弾かれるように地表に飛ばされていく。


 ナディシュの推進力が無くなり、隕石の速度が上がったような気がした。振り返ると、地図で見慣れた横磯市の海岸線の形が見てとれる。


 そこには何百万もの人が住んでいるのだ。この隕石がそのまま落ちれば、横磯がクレーターになって東京湾の一部になってしまうだろう。


 イシュナンにできた時空魔法が俺にできない訳がない。奴がいったように、俺の心臓が魔帝の心臓だったなら、それができなくてはおかしい。


 よりによって人間の最大の脅威である魔帝の心臓に生かされている命なら、数百万の人間を救うことだってできる、できるはずだ。


「クソ隕石、食らえ、隕石転移魔法!」







 ――宇宙、か。成功だ。



 隕石は何もない空間に向かって飛んでいく。そして、俺の皮膚が放射線にかれ、身体中の血液が沸騰を始める。


 ――七澤、あやめ、お前たちと会ってから色々楽しかったよ……。



 イシュナンによる侵略があった日から一月ほどが経過した。ワイドショーだけはまだまだ侵略事件のあることないことをネタにして盛り上がっているが、日本全体で見れば動揺が収まりつつあった。


 日本国とルミアス皇国の間には、まず安全保障条約が急ぎ締結された。


 日本は現代兵器で武装した三自衛隊合同の一個旅団をルミアスに派遣して、防衛と技術提供をする予定だ。


 対して、ルミアスは横磯市を中心に対魔物、対魔法犯罪者のスペシャリスト集団を日本に派遣して魔物等の駆除にあたり、魔法技術を提供することになる。


 そして、経済面では九条グループを中心に官民一体の異世界貿易公社を設立される。そこが、ルミアス皇国商人組合を通して交易をすることになった。


 世界間ゲートの開放について、イシュナンが失踪した(基本的に死んだと思われている)ことにより後退したが、それでも研究成果の一部を発見することに成功し、発生予測や規模の大型化ができるようになる見込みだ。


 吉川希きっかわまれの友人、七澤楓花ななさわふうかは、女神の影の協力者として、魔物討伐で力を発揮し始めている。


 九条家のあやめとセヴェリナは、異世界貿易公社の開設オブザーバーとなり、交易の安全を守るための活動に関わることになった。


 ロッシュとファナは女神の影として魔物討伐の指揮監督をしている。


 そして、ナディシュは上空を漂い、吉川希の手がかりを捜している。


 肉体を失い、魂だけになっているナディシュは、勇気だけ振り絞れば宇宙を漂うことだってできる。


 少しずつ高度を増し、塵一つ見落とさない正確さで希の痕跡を捜しているのだ。


 様々な国の情報によると、地球へ落下しかけていた隕石と思われるものは、意外に地球の近くへ転移していたらしい。


 希が何かしらの理由で隕石から離れることができなかったなら、人間の力でどうにかなる距離にはいないだろう。


 しかし、隕石転移後にすぐ手を離したなら、地球の周辺に漂っている可能性だってあるのだ。


 ナディシュは地球の衛星軌道上にある、スペースデブリと呼ばれるゴミの近くまで行って確認する。


 そこに希が捕まっていたり、絡まっていたりする可能性もある。


 ナディシュによる捜索は、ほとんど毎日行われ、ときには熱中しすぎて何日も上空に行きっぱなしになることすらあった。



 楓花は、毎晩のように星空を眺めていた。


 楓花は希が星になったと考えている。それは、よくいう亡くなったことの例えではなく、物理的に宇宙に浮かんでいるという意味でだ。


 楓花には確信があり、希が地球に戻ってくるときには、必ず自分がそれを感じ取れるというものだ。


 実際、楓花はこの年の春、突然の予感や予知夢を通して、希の転校を事前に知っていたのだ。


 希が持つ圧倒的な存在感は、現れるより前に、すでに楓花の心を浮き立たせた。きっと今回も、同じように、希の帰還を感じ取り、胸のざわめきを感じたり、夢を見たりするのに違いないのだった。


 星が瞬く夜空の、どこに希がいるだろうか。



 あやめは、毎日、世界中のニュース番組やニュースサイトをチェックして、正体不明の少年についての情報を探していた。


 あれだけ大きな隕石を転移できた希のことだから、宇宙空間に出る前に自分を地球のどこかへ転移させたのではないかと考えているのだ。


 希は外国人とはいえ、黒髪に黒目で日本人に近い見た目をしている。


 それらしい情報があればネットで写真をアップしてもらったり、必要に応じて希の写真を送ったりもした。


 英語、フランス語、スペイン語を使いこなすあやめにとって、世界中のニュースを調べることも、有志の協力者とやりとりすることもそれほど困らない。


 希は、きっとどこかで生きている。だから、必ず見つけ出してやらないといけない。



 ファナは今日も祈っていた。


 マレの置かれた状況は、生存確立の極めて低いものだ。


 宇宙空間に放り出されたなら、放射線や無気圧、呼吸の問題など、いくらマレでも耐えかねるような大問題ばかりがある。


 どんなに豊富な魔力を持っていようと、宇宙にあって人は生きていけまい。


 だからこそ、ひたすら祈る。


 あやめの言うように、宇宙に行った瞬間に地球に転移できたかもしれないのだ。


 あるいは、楓花の言うように、宇宙空間の、どうにか生きられる環境から落ちてくるかもしれない。


 誰よりもマレの身体に詳しくて、誰よりも生存確立の低さをわかっているファナだからこそ、ひたすら祈ることしかできないのだ。


 生きているなら、命があるなら、きっと戻ってきてくれる。そうであって欲しい。


 ファナの祈りはいつまでも続く。



 七澤楓花は夢を見る。


 男が落ちていく夢だ。まっすぐ、どこかへ。


 男は傷ついている。ボロボロになっている。誰かを守っていたのだろうか。何かを背負っていたのだろうか。


 七澤楓花は男を見る。


「おかえり、吉川くん」

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