第29話 隕石!
俺はイシュナンを狙うと見せかけて、ハイ・ギカントへの攻撃を続ける。イシュナンは自分の身を守るので精一杯になっている様子なので、更に攻撃を激しくする。
すると、イシュナンがハイ・ギカントにかけていた結界が崩壊し始める。
「くっ、しまった!」
俺は容赦なくハイ・ギカントを背にしているイシュナンへの攻撃を続け、イシュナンの自分のための結界で受けきれなかった分が全てハイ・ギカントにダメージを与えていく。
ハイ・ギカントの叫び声が聞こえ、後ろ向きに倒れていく。俺は地震や津波が起こることを警戒し、倒れる動線にいくつもの物理結界を張り、倒れる勢いを抑える。
小さな波を巻き起こしながら、ハイ・ギカントは東京湾に倒れる。
俺がハイ・ギカントが倒れることによる津波を警戒している間に、イシュナンが姿を消している。
「もう考えることはない。ナディシュ、ゴルフ場へ連れて行ってくれ」
「了解」
ハイ・ギカントによって日本政府への圧力を増すことは失敗した。そうなった以上、イシュナンのカードは人質しかない。
「貴方たちへの要求は、横磯市の
「日本政府は荒事を望まない。検討するので時間がほしい」
「いいだろう。その間、女神の影の手出しを禁止してほしい。彼らの非人道的攻撃によって、こちらの平和的な交渉の準備が立ち遅れてしまう」
「了解した。いま要望を伝える」
「ちょっと待ってくれ」
ナディシュと共に降り立った俺は、直接交渉をしている首相に異議を唱える。
「相手は多くの非人道的研究や強盗殺人を繰り返してきた異端賢者です。女神の影から圧力がなければ、その裏でまた一般人を巻き込んだ悪巧みをするだけです」
「し、しかし、未成年の人質ふたりが危険にさらされるのは勘弁してくれ。日本を守るにも、今の政権が揺らいでは、それこそつけ込まれるだろう?」
既に到着していたロッシュが、そこに口を出す。
「首相、ルミアスの女神の影は従来通り、日本に迷い込んだ魔物を処分します。イシュナンは既に魔物と化した化け物です。我々は、我々の責任において、以前の日本からのご要望をかなえます」
「そんな理屈、国民が納得しないよ」
「納得しなくても事実です。行け、マレ」
「了解! 七澤、強い魔法を撃つぞ。お前とあやめの分の結界を張っておいてくれ」
「やってみる」
俺はイシュナンに対して極大雷魔法を撃ち込む。念のため、同時に七澤とあやめにも結界を張っておく。
イシュナンは自分に結界を張り俺の攻撃を防ぐ。
「早くも交渉決裂か。人質がどうなるか見ておけ」
イシュナンが余裕の笑みを見せるが、すぐに表情が凍りつく。
七澤が十字架から抜け出して、イシュナンに氷柱の氷魔法を繰り出していた。
隙をつかれたイシュナンの身体を、氷柱が貫通している。
「な、に?」
怒りに震えるイシュナンに対して、俺は走りながら極大魔法を連発する。
イシュナンは俺と違い、自動回復の魔法がかかっているわけではない。回復魔法を使う間を与えなければ、傷跡からの出血が、イシュナンの生命力を削っていくはずだ。
イシュナンが左手だけを傷口に向けたとき、その腕が宙に飛んだ。イシュナンの斜め後ろに回り込んでいたナディシュの風魔法が命中したようだ。
俺は更に極大魔法を撃ち続け、距離も至近距離になってきている。イシュナンは氷柱の傷と、左腕の切断面から大量の出血をしている。
「くっ、
「人質をとり、無関係な人間を虐殺しようとした奴が何を言う」
イシュナンが右腕だけで結界を張り、俺の極大魔法を防いでいる。もはや、意識は前方のみに向けられ、結界も崩壊寸前になってきている。
俺は極大魔法が巻き起こす土煙の奥で、あやめが解放されたのを確認する。先ほどから、七澤とファナが協力して罠魔法の回路にアクセスしていたのだ。
七澤たちの避難を確認した俺は、とっておきの技で勝負をかける。通常では半径10キロメートル程度が廃墟になるのが極大魔法だ。それを範囲を絞って威力の濃度を上げて放っている。
更に、それをコントロールして結界を回り込むように撃つこともできるのだ。
「食らえ、とっておきだぁ」
俺が放った極大雷魔法数発がイシュナンに直撃しないコースで飛んでいく。
それが空中でコースを変え、イシュナンの結界を迂回して命中する。
猛烈な光と爆音が発生し、やがて土煙に変わる。その土煙越しの視野にイシュナンはいない。
「やったか」
土煙が落ち着いてくると、イシュナンがいたところに、ローブに身を包む背の曲がった老人がいる。
「わしが三十年も練ってきた肉体をよくも……」
老人は怒りに震えている。どうやら、これがイシュナンの本当の姿のようだ。
「構わず攻撃するんだ」
ロッシュの指示が響くと、俺は慌てて極大魔法をまた連発する。
イシュナンが両手で結界を作る。それは半円状になり、イシュナンを全面から守っている。俺の極大魔法が命中しても、ナディシュやファナの魔法がぶつかっても、結界はびくともしない。
「許さん、許さん、許さんぞぉ」
イシュナンが結界の中で詠唱を始める。俺もナディシュもファナも絶え間なく攻撃を続けるが、今度の結界はかなり強力なようだった。
「貴様ら、皆、死んでしまえぃ」
イシュナンが叫ぶ。
眩い光が俺たちを包む。光は刻々とその強さを増していき、俺の視界を真っ白に覆う。
「わしに逆らった罰だ!」
光が次第に収まっていく。
視野が元に戻ると、イシュナンの姿がない。代わりに、上空に何かが激しく燃えるような光が現れている。
それは赤い輝きに包まれた大きな岩のようなもので、かなりの大きさがある。
「なんだ、あれ」
「マレ、あれ、隕石だよ」
ファナが叫ぶように通信魔法で知らせてくる。
「このままだと、横磯に直撃だよ。海に落ちれば大津波になって、陸に落ちれば巨大なクレーターができて、気候変動なんかもあるレベルの」
「マレ、魔法で壊せないか」
ロッシュの声が響く。
「やってみる」
俺は早く燃え尽きさせるため、極大炎魔法を放つ。いくつもの光が、隕石に向かっていき、その赤い炎をより濃くする。しかし、隕石そのものにはほとんど変化が見られない。
続いて俺は、特大の結界魔法を隕石の行き場においてみる。
豊富な魔力で作られた結界は、薄いガラスのように簡単に破られ、隕石にはなんの影響もない。
「ナディシュ! 頼めるか?」
「無茶するなら嫌だよ」
「俺ならどうにかなる。頼む!」
ナディシュが飛んできて、俺の腕をつかむ。
「ファナ、隕石の軌道をナビゲートしてくれ!」
「あんた、まさか!?」
「そのまさかだ。俺にしかできない。頼む」
「バカッ、いくらなんでも隕石相手なんて」
「その馬鹿をいつも信じてくれてるのは誰だよ」
ファナがイメージで送ってくる軌道予測を使って、隕石の前方に陣取る。
「ナディシュ、もう大丈夫だ。戻ってくれ」
「嫌よ、冗談じゃない! 最後まで面倒見るわ」
ナディシュが俺を後ろから抱える形に体勢を変える。
「あんただけに任せたら、どうせ死んじゃうんでしょ」
「そんなつもりはない。たぶん、なんとかなる。お前は戻れ」
「それ言うなら、私は物理的な死に方はしないし」
「くそっ、頑固幽霊!」
「そっちこそ、生身の癖に生意気なのよ!」
「来るぞ、隕石の下斜め前に陣取って、軌道を変える」
「了解」
隕石が猛スピードで迫ってくる。緩衝用に無数の結界を張るが、どれもすぐに壊れてしまう。
「後ろに下がりながら、相対速度を落とすようにしてくれ」
「なにそれ、なんか難しい!」
そう言いつつ、ナディシュがうまく速度を調整してくれる。燃焼する隕石に近づくと、猛烈な摩擦熱が俺を襲う。
どうにか隕石本体に接触するが、接触するなり、熱で俺の手が溶けて、自動回復で復元して、また溶ける。熱さと痛みに悲鳴をあげそうになるが、ナディシュを不安にさせないため、黙り込む。
俺はナディシュに魔力を送り込み、隕石の軌道を変えるべく、高出力で押してもらう。俺の心臓が跳ねるように激しく動く。
「うおおおおおおおおおおぉ!」
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