第28話 巨人!
ナディシュと共に政治家たちの近くに移動し、改めて防御結界を張り直す。
首相の側近たちが慌ただしく警察や自衛隊に連絡を入れている。神奈川県警にはネゴシエーターの派遣依頼などもしているようだ。
「話し合いなんて甘いことを言ってると、イシュナンにつけ込まれるのに……」
俺は日本の政治家たちが交渉を苦手としているのを知っている。
「九条さん、一度、二人の
「相手を刺激してしまわないだろうか」
「イシュナンが近くに潜んでいるか、遠くからこちらを観察しているのかがわかります。本当に怒らせることがないよう、慎重にやります」
「わかった。くれぐれも、あやめや七澤さんに危険のないよう頼むよ」
「はい」
俺は、十字架に
周囲に警戒しつつゆっくりと近づいていくと、二人の視線がこちらに向いた。
「吉川くん!」
「吉川さん」
「時間がかかってすまない。必ず助け出してやるからな」
「うん。私のことは最後で構わないから、あやめちゃんを先になんとかしてあげてね」
「楓花ちゃん、私こそ最後で構わないよ」
「二人とも絶対助け出すさ。体調は大丈夫か? 怪我は?」
「二人とも大丈夫だよ」
「ちょっと、イシュナンを試してみる。七澤、自分に結界を張れるか」
「やってみる」
すると、七澤の周囲に防御結界が張られる。俺はその結界を元に、更に強力な結界を張る。
そして、七澤の手首を縛っているロープに触れる。
瞬間、
七澤の方は、自分の結界と俺が追加した結界で傷ひとつない。
ここまで試してみて、七澤の方はいつでも助け出せると判断できる。七澤は自分で結界を張れるし、それにそう形で俺が結界を強化してやることもできる。
問題は、魔法が全く使えないあやめの方だ。俺が出来るだけ身体にそって結界を張ってやっても、隙間や不足が出かねない。どこからどんな罠が発動するかわからない状況では、他人が張った当てずっぽうの結界では守り切れないリスクがある。
「必ず助け出してやるからな。一旦、あやめのお父さんのところまで引き上げる」
「わかった」
「わかりました」
俺は小走りにナディシュの方へ戻りながら、イシュナンが近くにいないとわかった以上、受け身ではなく攻めの姿勢が必要だと考える。
イシュナンは十字架に罠だけ仕掛けて、少し離れた場所にいるのだろう。近くで見ていたなら、俺や人質に対して追加の攻撃や妨害があるはずだ。それがない以上、イシュナンはこのゴルフ場内や近くの道路などに潜んでいる訳ではないとわかる。
では、イシュナンはどこにいるか。おそらく、日本政府に対して交渉カードを増やすつもりではないか。
俺はナディシュのところへ戻ると、探知をやめて世界間ゲートを探してくれるよう頼む。
そして、九条さんの所へ行き、ここまでにわかったことを報告する。それがすんでから、ナディシュの元に戻る。
「それらしい反応はあったか?」
「うん、海辺に反応があるよ」
「そこまで連れていってくれ」
「了解」
俺が迷彩魔法を自分にかけると、ナディシュが俺の手を取る。
一気に飛び上がると、海辺に世界間ゲートができつつある様子が一目でわかった。
ナディシュは透明になり姿を隠しているが、しっかりつかまれた右手の感覚があるため、不安定な印象はない。
一気に世界間ゲートのできつつある臨海公園沖まで飛ぶ。
ゲートの見た目は、始め小さな円だったものが、次第に大きな
片方の足が見えてきたとき、うっすらとその全貌が明らかになる。
「ハイ・ギカントか。来させないぞ。ナディシュ、敵に捕捉されないように、細かく動きながら飛べるか」
「オーケー!」
俺は左手に魔力を集め、敵の胴体が完全にこちらに来るのを待つ。
筋骨隆々としたハイ・ギカントの上半身に、極大炎魔法を三連続でぶち込む。炎は一瞬でハイ・ギカントの上体に燃え広がり、鼓膜が痛むほどの叫び声が大きく響き渡る。
「おおおおおおおおおおおおおおおぉ」
ハイ・ギカントが苦しげに暴れるも、炎の勢いは更に強くなっていく。広い範囲で皮膚がただれ、炭化し、一部は骨までが露わになりつつある。
もう少しで倒れるかというところで、ハイ・ギカントの頭部が爆発するように吹き飛ぶ。更に、燃えている肩を後ろから大きな手がつかみ、後ろへと投げ捨てる。
次のハイ・ギカントが代わりにゲートを潜ってくる。
そして、その右肩にはイシュナンが乗っている。
「早くも一体やられてしまったか。やるな、厄災の子よ」
俺は無言で極大炎魔法をふたつ撃ち込む。しかし、今回はイシュナンによる防御結界で阻まれ、全くダメージを与えられない。
五十メートルを超える巨人が現れたからか、早くもマスコミらしきヘリコプターが視界に入ってくる。
俺は極大氷魔法を足元にぶち込み、海を凍らせて足止めを試みる。しかし、ハイ・ギカントの力には耐えられず、氷はあっという間に砕け散る。
ハイ・ギカントとイシュナンが向かう先はゴルフ場と思われ、その途中は横磯駅を始め、多くの人間がいる市街地になっている。
俺は中級炎魔法を使って日本語のメッセージを作り、空に浮かべる。避難せよ、というメッセージは人々の不安を正しく
「なんとか足止めをして、避難のための時間を稼ぎたい。ナディシュ、いいアイデアはないか?」
「じゃあ、イシュナンの気を一瞬そらして」
「わかった」
俺は次々に極大魔法を撃ちまくり、イシュナンの結界を破壊しようとする。イシュナンは余裕の笑みを浮かべながら、その都度結界を張り、ハイ・ギガントを守ろうとする。
イシュナンと俺との駆け引きを続けていると、俺に構わず直進していたハイ・ギガントの足が急に止まる。
「使役の魔法回路に干渉できたわ!」
「そのまま、時間稼ぎを頼む」
「了解」
「俺はイシュナンとけりをつける。手を離してくれ」
「無理しちゃダメだからね!」
ナディシュの手が離され、俺は自分の足元に物理結界を張る。それを踏み台にして、風魔法の補助付きで大きく跳躍する。
両腕に合計十二発の極大魔法を用意して、立て続けにイシュナンに向けて放つ。
イシュナンがいくら名のある賢者だったとはいえ、俺の無限大に近い魔力にかなうはずがない。いつか結界に使う魔力が尽きて、直接攻撃が可能になるだろう。
イシュナンはハイ・ギカントの肩から離れ、俺と同じように自分の結界を足場に俺の魔法をよけはじめる。
俺は何度も何度も極大魔法を放つ。イシュナンはよけて、結界で受け止めて、逃げるのがやっとのようだ。
始めの余裕溢れる様子と違ってきており、俺の作戦に対して、警戒を強めているようだ。
「厄災の子よ、無尽蔵の魔力ということか。しかし、並の魔物を取り込んだからといって、ここまでの魔力量は身につくまい」
「それがなんだというんだ」
「貴様の胸に強大な魔力を感じる。それも、神に等しい恐ろしい存在を」
「だから、なんだ」
俺は休む間もなくひたすら極大魔法を打ち続ける。地水火風、雷、時空、光、闇と、様々な魔法を組み合わせを変えながら放ち続ける。
「貴様、魔帝の心臓を持っているな」
「だから、それがどうした!」
「わずかに自覚していたか」
「たとえそうだとして、俺がやることは変わらない」
「私の弟子にならんか。その心臓を最大限に活かすためにも、その心臓を狙いに来る魔族を退けるためにも」
「断る!」
「おい、マレ。聞こえるか」
「ロッシュか。どうした」
「ゴルフ場内の高台からハイ・ギカントの姿を見た
「無茶言ってくれる。まあ、やってみるさ」
イシュナンに悟られないよう、どうにかハイ・ギカントの結界をぶち壊さなければならない。
俺は自分とイシュナンの居場所をずらしながら、イシュナンがよけた魔法がハイ・ギカントに命中するよう調整する。
イシュナンは俺の極大魔法連発に疲れ始めたのか、こちらの意図にまだ気づいていない。
日本の首相に、ルミアスの女神の影の力を見せてやらなければ、取り返しのつかない妥協をイシュナンに対してやってしまうかもしれない。
イシュナンがよけた魔法がハイ・ギカントに命中し始める。
「食らえぇ、クソ賢者がぁぁぁ!」
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