第27話 見えない敵!

 俺はミグレの先導でゴブリンキングの臭いを辿たどりつつ、ロッシュと九条宗光氏の今日のスケジュールを思い出す。


 ロッシュは通常の勤務で、市庁本庁舎にいる。九条氏は午前中、横磯駅近くの九条ホールディングス、午後は市内ゴルフ場で接待ゴルフの予定だったはずだ。


 ミグレの向かう方、その先に、横磯駅とゴルフ場があるはずだった。


「九条さんか。間違いないな」

 俺は自分の勘で結論を出しつつも、確認の意味でミグレの鼻を頼ることにする。


 しばらくミグレについていくうち、ゴルフ場を見つけて足を止める。

 コースとコースの間に広がる森を、足音に気をつけながら探査する。


「いた。確かに、ホブゴブリンとキングの群れだ」


 ゴブリンだけの群れにしては有り得ないほど統制がとれており、隊列を組んで姿勢を低くし、待機している。


 見たところ、すでにあやめと七澤は他の場所に移されているらしく、ホブゴブリンとキングだけが次の指令を待っているようだ。


 俺はミグレを召喚解除すると、足音を立てないよう慎重にゴブリンの群れに近づく。


 ある程度の距離に迫ったところで、極大雷魔法を群れの中心にぶち込む。


 強烈な音と光と共に、ホブゴブリンとゴブリンキングが黒焦げになっていく。


 雷を落ち着けるなり、近寄って確認すると、敵を全滅できたようだとわかる。


「次はお前だ、イシュナン」


 俺は探知魔法を使い、周辺の魔力を探す。イシュナン程の大きな魔力なら、見つけられるかもしれない。


「おーい、魔力を隠す魔法もあるんだぞ」

「ナディシュか」

 ふわりと軽い動作で、ナディシュが地面に降り立つ。


「探知は任せて。あなたは、どうすればイシュナンを倒せるか考えておきなよ」

「すまない」


 ナディシュは目を閉じ、微弱な魔力を一定間隔で飛ばす。魔力同士は干渉するため、魔力同士ぶつかったときには跳ね返った魔力が戻ってくる。その角度や大きさ、ばらつき具合で周囲の敵を探すのだ。


「なかなかうまく隠れているみたいね。何か、行きそうな場所の手がかりとかない?」


「それだ。イシュナンはおそらく、九条家の当主と交渉をするだろう。まずは九条宗光氏と合流する。ナディシュは、そのまま探知を続けてくれないか」


「了解。人間の魔力がかたまってるのはあっちみたいよ」


 俺はナディシュの指さす方へ向かう。ナディシュも探知を続けながら、ついてきている。


 周囲を警戒しながら人間の気配を探していくと、そこには日本国総理大臣・長脛ながすね総十郎を接待する九条宗光氏を発見する。


「よりによって、首相殿と一緒のときに……」

 日本の首相にまで何か被害があれば、日本とルミアスの友好どころの話ではなくなってしまう。


 歩み寄ってきた九条さんに、手短に状況を説明する。

「七澤さんとあやめが……。確かに、イシュナンがここにくる可能性はあるな」


「本当に申し訳ありません。俺の力不足です」

「いや、君程の人間で防げなかったことを、私の部下だけで防げるはずもない。自分を責めないでくれ。おそらく、首相には今すぐ帰っていただいた方がいいだろうな。すぐに話をつけてこよう」


 九条さんは足早に長脛首相の元へ行き、何かを話している。

 その間、俺とナディシュは警戒を強める。


 しかし、俺とナディシュがイシュナンの気配をわずかに感じたとき、イシュナンの声が大きく響いた。


「お気遣いは無用です、首相閣下。長脛首相、ぜひ、日本人の少女ふたりの処遇について一緒にお考えいただきたい」


 俺は急ぎ、首相や他の政治家、九条宗光氏の周囲に何重もの防御結界を張る。


 ゴルフ場の一角に光が現れ、その中から十字架に捕らわれた七澤とあやめの姿があらわになる。


「命は地球より重いとされる、日本国の国是こくぜに見合う交渉を期待していますよ」


 俺は自分の不明に腹が立ってくる。日本人の少女ふたりの命に責任を持つのは、日本政府が妥当だ。女神の影や、九条家よりも、多くの利益を望める交渉相手だ。


 イシュナンは、おそらくはじめから首相の予定をつかんでいたのだろう。元から日本政府を揺さぶるつもりで、今日、七澤とあやめをさらったのだ。


 首相は慌てて関係者に連絡をしているらしい。警察からネゴシエーターでも派遣するのかもしれない。


 俺はナディシュを確認するが、まだイシュナンの居所はつかめていないらしい。


 しかし、イシュナンがどこか遠くにいるとは思わない方がいいだろう。きっと、近くで気配を消しているのだ。


 なんとか、七澤とあやめを十字架から救い出す方法はないか考えるが、イシュナンを無駄に刺激することになりかねない。何かいい方法がないか考える。


「無理か。俺が迷彩魔法を使おうと、霧や靄を発生させようと、イシュナンの目は誤魔化せないだろう」


「私なら、姿を消して近づくことはできるかもだけど……」


 俺はナディシュを見る。イシュナンを裏切り、積極的に手を貸してくれているのはなぜなのか。


「それはお前が危険にさらされることになる。肉体のないお前が攻撃されれば、下手をしたら魂自体が消滅させられることだってあるんだ」


「心配してくれるの? 私は、貴方の友達を助けるためなら、存在をかけてだって戦うわよ」

「なんで、そこまで」


「貴方の過去を知ってしまったからよ。貴方がやっと出会えた、この日本での幸せを守ってあげたいの」


 俺はナディシュの思いに動揺しかける。悪名高き黒い夢のナディシュが、まさか俺に同情して助けてくれようとは。


「私だって、悪霊になる前はいろいろ迷いとか不安とか、恐怖とかいろいろあったの。だから、貴方の気持ちがわかるとまでは言わなくても、それでも、私と違う道を歩いて欲しいと心から思ってるよ」


「そうか。ありがとな。でも、やっぱりお前が消滅しちまったら、俺が後悔する」


 イシュナンにすれば、日本政府との本格的な交渉が始まるまでは、七澤とあやめを殺さないのではないか。


 歴史的に交渉事が苦手な日本政府から、より多くの利益を引き出すためにこそ始まった計画だろう。交渉前に人質を殺してしまえば、日本政府に徹底抗戦の口実を与えてしまうに過ぎない。


 一人を殺す相手と交渉しても、いつ次が殺されるかわからない。だから、人質をリスクにさらしても早く助けるべきという口実ができるのだ。


 ――堂々と、行くか。


 少なくとも、イシュナンは交渉が上手くいくまでは、人質を手放したくないはずだ。


 ゴルフ場の密度の濃い芝生を踏みしめ、人質の近くまですすんでいく。

 俺がやるべきことは、イシュナンを俺の前に引きずりだすことだ。


「七澤、あやめ、大丈夫か」

「うん!」

「大丈夫……です!」


 喋ることはできるのか。

 俺は二人を縛っている紐に触れる。同時に極大雷魔法なみの大電流がこちらに流れてきて、とっさに手を離す。


 無意識結界が働いてもなお火傷やけどの状態となる。しかし、無意識回復魔法ですぐに元に戻る。


 怪我はすぐに治ったものの、次に発動した仕掛けが人質を痛めつけるものではない保証がない。これでは、危なすぎる。


「吉川くん! 何もしなくていい」

 九条宗光氏が大声で呼びかけてくる。

「無理はしなくていい。じっくり交渉をすべきだ」


「そうはいきません。譲歩の姿勢を見せたらキリがない相手ですよ」


「しかし、人質が日本人ふたりである以上、総理の頭を越えて何かをするわけにはいかない」


 それだ。イシュナンが今日を選んだ理由。人質を日本人に絞り、セヴェリナさんは攫わなかった理由。


 だからこそ、日本政府が譲歩案を匂わせる前に、イシュナンを叩かなくてはならない。


 しかし、女神の影日本支部の出資者でもある九条宗光氏から指示されたことは、無視するわけにもいかず、俺は十字架をあとにしてナディシュの元まで下がる。


「結構ヤバイ状況ね」

「ああ。日本政府はおそらく妥協を始めてしまう。そうなれば、イシュナンは際限なく自分に都合のいい取り決めばかりをしていくだろう」


「あなたの直接のボスは?」

「さすがにそろそろ緊急事態に気づいていい頃だな。――ロッシュ、ロッシュ、緊急事態だ。聞いているか」


「ああ。先ほど職場の噂を聞いてテレビで確認した。早退してすぐに向かう」

「九条さんが日本政府に交渉を任せるよう指示をしてきた。どう対応すればいい」


「表向きは従ってくれ。イシュナンはそこにいるのか」

「いや、気配を消されてつかみきれていない」


「なら、日本政府の交渉を見守りつつ、イシュナンを全力で捜索だ。ファナとは連絡を取れたか」

「聞いてるわ。もうすぐ到着する」


「ファナはイシュナンの探知を」

「了解」

「マレは、イシュナンの捜索と、日本要人の護衛を」

「了解した」


「状況は芳しくないが、全力を尽くすぞ。女神の影として」

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