第26話 策略!

「好き勝手いいやがって。何が結界中和だ」

 俺は全身にみなぎらせた魔力を全てイシュナンにぶつける。


 イシュナンの結界が砕け散り、イシュナン本人を吹き飛ばす。


 数メートル離れた大きな木にぶつかり、身体をめり込ませる。


「結局、力任せか。厄災やくさいの子らしい発想だ」

「厄災の子、厄災の子ってうるせぇな」


 俺が思い切りイシュナンを蹴ると、木が倒れイシュナンがその下敷きになる。

 すると強い光が発生し、イシュナンが木をどかして立ち上がる。


「結界を力任せで破壊する人間を初めて見たよ。大した身体能力だ。しかし、私の回復魔法を使えば、なんのダメージも残らない。この無駄な戦いをやめないか」


「やめたらどうなる?」

「ルミアスと日本で交易をやりたいんだろ。手伝ってやる。その代わりに、通行税を掛けさせろ」


「金? 金目当てでやってたのか」

「まあな。次の研究に全てを注ぎ込むが。真の疑問を解き明かすには、金も必要なのだよ」


「案外せせこましくて呆れるな。で、次の研究は何を?」

「不老不死」

「せこいな……」


「価値観の違いさ」

 俺は話しながら再び全身の能力強化を何重にもかけ、準備する。


「もういい、力でねじ伏せてやる」

 フェイントを入れてイシュナンの顔を殴るが、微動だにしない。左ジャブ、右ストレート、右ハイキックと続けても、イシュナンは涼しい顔で痛がりもせず、身体が揺らぐこともない。


 ――ダミーか?


 本物と同じ気配を持つダミーに騙されたか、そう思った瞬間、何かで後頭部を殴られる。結界越しでも脳が揺さぶられ、意識が飛びそうになる。


 膝から崩れた俺を、背後にいたイシュナンが棍棒で何度も打ち下ろす。その度にイシュナンは結界を中和し、俺が受けるダメージは大きくなっていく。


 最終的に無意識の表面結界だけになると、骨が砕かれ、それが無意識の回復魔法で治り、直後にまた砕かれる繰り返しになり、苦痛も大きくなる。


 ほぉ、とイシュナンが関心を示す。

「回復魔法も無意識にやっているのか。並大抵の攻撃なら結界が防ぎ、なんとか刃が届いてもすぐに回復魔法が発動する。なるほど、これならシャルト・マレの厄災でも幼くして生き残ることができるわけだ」


 イシュナンは顔を歪めて微笑む。

「だが、これならどうだ」


 棍棒が俺の顔面に入る。顔の骨が陥没する音が響く。俺は地面にへたり込み、血を吐くが、すぐに回復魔法で元に戻る。すると、またイシュナンの棍棒が俺の顔を殴る。


「おい、どうだ。傷がすぐに治るにしても、この恐怖は君に擦り付けられていくのではないか?」

 回復した俺の顔面を、またもイシュナンが棍棒で叩き潰す。


 顔面の回復状況を感じつつ、次の一撃に備える。しかし、タイミングが来ても殴られない。


 視界の隅で大量の血液が落ちてくる。


 顔を上げると、イシュナンの右手首より先が無くなっている。


「なんのつもりか」


イシュナンが自分のものとみられる手首を拾い、回復魔法で元通りに治す。


「その子を殺すのは私だって約束したわよね」

「なに、この化け物はまだまだ死にやしないさ」

「でも、その顔、私のお気に入りなんだから。そこに手を出さないで」


 俺は立ち上がり、視界の隅にいる少女に見える女に気づく。

「ナディシュ?」


「もう、そんなピンチみたいなやられ方してるから、ほっとけなくなっちゃったよ」


「お前、イシュナンに逆らったら、殺されるぞ」

「顔を血だらけにされてる貴方に言われたくないわよ」


 確かに、顔の傷や腫れは回復魔法で治っても、血の汚れは消えない。さぞや酷い顔になっているかと思うと、初めてのことに笑みがこぼれてしまう。


「余裕だな、厄災の子」

「あんた、いい加減にその呼び方やめなよ。かわいそうじゃない」

随分ずいぶん入れ込んでいるな。……目障りだ」


 イシュナンの光魔法を、ナディシュはすれすれで避ける。ナディシュは暗黒魔法を放ち、それをイシュナンの目の前で炸裂さくれつさせる。


 暗黒魔法が作り出した局地的な闇が漂う中、俺は手を引かれてイシュナンから離れた場所へと移動する。


「あいつ、ああ見えて近接戦に強いんだから。相手の土俵で戦ってどうするのよ」

「ああ、確かにそうだな」

「貴方の一番の強みは、無限に近い圧倒的な魔力量なんだから。遠距離の撃ち合いしてれば、あいつだっていつかは魔力が途切れるんだよ」


 ナディシュの作った闇が晴れかけると同時に、俺は極大氷魔法を放つ。


 闇が晴れると、氷に閉じ込められたイシュナンの姿が見える。

「やはり、距離を詰めて来ていたな」


 氷は一瞬で砕け、イシュナンが炎魔法を放ってくる。それを結界で弾きつつ、極大雷魔法を撃ち込む。


 炎魔法を結界と移動でかわして、極大風魔法と極大氷魔法を組み合わせて、無数の氷柱を作り、イシュナンに向けて放つ。


 そこに、ナディシュが得意技の黒雷魔法をぶち込む。


 イシュナンは無数の結界を張って防御姿勢をとっていたようで、一通りの魔法の効果が落ち着くと、ニヤリと不敵に微笑む。


「さて、この戦いが終わるまで、人間共の邪魔は入らないだろうか。君の魔力が無限大なら、私の魔力も一無量大数程はある」


 俺も考えていたことをイシュナンは言う。確かに、これまでに無い長期戦になるだろうし、それまで日本のマスメディアが黙っているとは考えられない。


「でも、あいつがそれを言い出すなら、魔力切れが近いのかもよ」

 ナディシュがもっともなことを言う。


 しかし、ここまでの魔法戦で周囲の森林はボロボロになってしまったし、ハイキング中にすれ違った何人かの一般人が巻き込まれない保証はない。


「クソッ」

「私の時間稼ぎも終わったことだし、今日は失礼する」


「待てっ」

 俺は急いで拘束魔法を放つが、間に合わない。

「時間稼ぎ……」


 俺は嫌な予感がして、通信魔法でセヴェリナさんに話しかける。何度か呼び出すが、全く返答がない。


「まさか!」

 俺が急いで走り出すと、ナディシュが着いてくる。

「どうしたの?」


「俺の仲間に何かあったかもしれない」

「手を離さないでね!」

 ナディシュはそう言うと、俺の左手をつかんで空を飛び始める。


「すまない。ハイキングコース沿いに頼む」

「わかった」


 ナディシュの飛行魔法に身を委ねていると、しばらく飛んだ先に、赤い髪の女性が倒れている。


「セヴェリナさん!」

 ナディシュに着地を頼んだ俺は、セヴェリナさんの元に駆けつける。


 魔力の動きが感じられるので、まだ死んではいないようだ。


 俺は回復魔法をかけながら、セヴェリナさんに何度も呼びかける。一通りの応急措置が終わったところで、セヴェリナさんの意識が戻る。容態を本人にも確認してから、何があったのか訊ねる。


「急にゴブリンキングやボブゴブリンの群れが現れて……、お嬢様と楓花さんを連れて行かれてしまいました」


「ホブゴブリンの群れ!?」


 ホブゴブリンとキングの群れなど、自然状態では絶対にあり得ない。おそらくイシュナンが率いているのだろう。


「時間稼ぎというのは、それだったか」


 俺は目の前のイシュナンを倒すことだけに夢中になり、七澤とあやめ、セヴェリナさんの身を危険にさらしてしまった。


「ナディシュ、セヴェリナさんを九条家まで連れて行ってもらえないか」

「それはいいけど……、あなたはどうするの」

さらわれた二人を必ず見つけ出す」


「でも、探知系の魔法は少し苦手なんでしょ。私がいれば……」

「使い魔にミグレがいるから、嗅覚に頼る。ゴブリンキングの体臭は特徴的らしいから、何とかなるだろう」


「そう。私も彼女を送り届けたら合流するわ」

「お前……どうして。なぜ助けてくれるんだ」


「あー、全く! 野暮な男なんだから。貴方の過去に同情してるの。今はそんな理由でも味方が欲しいときでしょ。裏切ったりしないから、頼って」


「そうか……、すまない。ありがとう」


 俺はナディシュがセヴェリナさんを背負って飛んでいくのを見送りつつ、ミグレを召喚してこの辺りの臭いを覚えさせる。


「お前の得意な仕事だ。頼んだ」

 ミグレが飛び立つと、俺は迷彩魔法と風魔法を組み合わせて、ジャンプしつつ追いかける。


「イシュナンが隠れそうなところ、あるいは、二人を人質に交渉しそうな相手……」


 ミグレは時々高度を下げて臭いを確認しつつ飛んでいく。


「絶対に見つけ出す!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る