第25話 異端賢者イシュナン!
俺は先制攻撃をしたくて、イシュナンに飛びかかる。無意識に身体強化魔法や防御結界が張られ、イシュナンに拳をぶつける。
しかし、イシュナンは柔軟性のある動きで俺の拳を払い、バランスを崩した俺に膝蹴りを食らわせる。
「無意識結界も身体強化も同じ条件だ。格闘術なら勝てると思ったのか」
膝蹴りの流れから、イシュナンがハイキックをする。とっさに姿勢を低くしたところを、ハイキックから切り替えた踵落としを頭のてっぺんに食らう。
結界越しとはいえ、一瞬意識が飛びかける。
イシュナンは俺と距離をとり、息ひとつ切らさずに高笑いする。
「補助魔法の条件が同じなら、より厳しい修練に耐えてきた方が勝つ。君の動きは魔法任せでお粗末過ぎる」
俺はどこかに行きかけた自分の意識を、頭を振って元に戻す。――ならば、これはどうだ。
極大炎熱魔法……、極大雷魔法……、極大水弾魔法……、極大氷結魔法……、最大出力の魔法を無詠唱無動作で連発し、様子を見る。
周辺の惨状は問題があるものの、イシュナンを倒せたなら言い訳もできる。
しかし、五つもの極大魔法が繰り出され荒れ果てた大地では、涼しい顔のイシュナンが笑みを浮かべている。
「結局、魔力の大きさに物を言わせたお粗末な攻撃ばかりか。それでは、貴様の中で眠る悪魔の
「そうか。それが賢者と呼ばれた男の力か」
「おや、人間に嗅ぎつけられたようだ。今宵はこれにて失礼することにした。ご機嫌よう、
イシュナンの姿が消える。転移魔法のようだ。確かに空から、ヘリコプターの音が近づいてきている。
俺は迷彩魔法を使い姿を隠すと、風魔法で素早くその場を去る。イシュナンの思わぬ手ごわさに、少し動揺しているが、一度相まみえることができたのは幸運だったのだろう。
俺は次の戦いのことを考えながら、秋の夜風を浴びつつ跳ねた。
◆
しばらくの間、とにかく数が増したゴブリンやコボルトを退治しつつ、俺たち女神の影日本支部のメンバーはイシュナンの倒し方、有効な拷問の方法などを話し合った。
いずれにせよ、力任せにどうにかなる相手ではないとわかった以上、俺が工夫して戦うことが大事になる。
慌ただしく毎日が過ぎていく中、あやめと七澤から、ハイキングの誘いがあった。朝河とファナは都合がつかなかったため、セヴェリナさんを誘って四人で出掛けることになった。
横磯で一番高い山である野丸山を目指して、朝七時にはセヴェリナさん運転のバンに乗り込む。
登山コース下の駐車場に車を置くと、念のためしっかりと準備した登山セットを持ち山登りを始める。
山の途中には、綺麗に色づいた紅葉の樹木があり、目を楽しませることができる。七澤もあやめもとても楽しそうで、息抜きに来てよかったと思う。
豊かな森の中を歩くと、一時間もしないうちに、横磯市内を一望できる展望台に到着する。
秋の海に面した横磯の街は、いかにも平和そうに見える。まさかここに、無数の魔物が潜んでいるなど、平和慣れした日本人にはピンと来ないだろう。
「吉川くん、難しい顔してる」
「今日くらいは、お仕事を忘れて楽しみましょう、吉川さん」
「ん? ああ、すまない」
俺は固くなった表情を
横磯の街に多く点在する森を見ていると、そのどこかでイシュナンの姿が見つかるような気がしてしまうのだ。
「さぁ、山頂からも景色は眺められます。行きましょう」
セヴェリナさんの声をきっかけに、俺たちは一列になって山登りを再開する。
セヴェリナさんは、世界間ゲートの見張りをする警備員たちを統括するほか、自身の魔物との戦闘力を上げるため、七澤と一緒にファナの指導も受けている。
いきなり強大な魔力に振り回されてばかりの七澤と比べて、一から順に身につけていくセヴェリナさんの方が実戦で早く使い物になるとファナは言った。
実際、俺の元で何回か実戦を経験し、元から持っていた高い判断力や冷静さに加えて魔法の打撃力が加わり、一人前の魔物ハンターになっている。
ルミアスで改良された魔導具の拳銃を使用させる許可も出たので、そちらの威力も魔物ハンターとしての彼女の武器になってきている。
セヴェリナさんの声かけに従って山頂まで到達し、売店で軽食を調達してみんなで食べる。
ここからも市内全域が見渡すことができる。このような高いところからの捜索でイシュナンを見つけることができないかを考えてみる。
考えてもなかなかアイデアも出ず、俺は多少の苛立ちとともに押し黙る。
「吉川くん、考え事なら私にも教えて下さい〜」
七澤が核心をつく質問をしてくる。いつもはズレた質問しかしないくせに。
「いや、この街のどこかにイシュナンがいると思うと、早く見つけなければと思って」
「いるよ。多分、近くに」
「は!?」
「七澤さん、悪い冗談はやめましょう」
「え? なんで!? ホントだよ? 嘘なんてつかないよ!」
七澤のいかにも意外という表情を見て、これは本気で言っているんだとわかる。
「どっちの方向だ」
「あちこち」
「何?」
「魔物がね、こっちにふたぁつ、こっちは、ん〜いつつ! それから……」
「七澤、それって……」
俺がその場にいる全員に防御結界を張り終わったのと同時に、無数の矢が四方から飛んでくる。
「慌てるな、低い姿勢をとれ」
俺は今ここにいる中で唯一戦闘訓練を受けていない、あやめの
「セヴェリナさん、七澤、あやめを挟むようにして守って」
「はい!」
「了解でっす!」
矢が止まると、今度は森のあちこちからゴブリンが集団で襲ってくる。
俺は範囲風魔法でゴブリンを散り散りの肉片に変えていく。セヴェリナさんと七澤も、魔法を使って応戦している。
魔力の変化を感じた俺は、皆に張っている結界を魔法攻撃にも対応したものに変化させる。
程なく四方から無数の炎の塊が飛んでくる。俺はそれらの魔法につながっている魔力の糸を探りつつ、木々の枝を足場に、風魔法で飛び回り、敵のゴブリンメイジを次々に殺していく。
通常のゴブリンとゴブリンメイジの数の比率を考えるに、これが純粋にゴブリン族だけの群れではないとわかる。
通常、ゴブリンとゴブリンメイジの比は十対一程度なのに、今戦闘中の相手はゴブリンとゴブリンメイジがほぼ同数いる。
こういう場合、人間や吸血鬼など、上位の存在がゴブリンの群れを動かしていることが多い。
そして、現れた親玉の前に、俺は降り立つ。
「イシュナン、探していたぞ」
「そうか。奇遇だな。私も厄災の子に会いに行こうとしていたんだ」
俺は通信魔法を使い、セヴェリナさんに撤退の指示をする。
「わかりました。二人と一緒に山を降ります」
「結界は距離限界ギリギリまで掛けておきます。気をつけて!」
「了解」
前回、イシュナンの力を見誤り、まんまと逃げられてしまった。今度こそ、必ず倒してやりたい。
俺は油断せず、しっかり構えをとる。強化魔法も何重にもかけ、肉体の限界を引き出す。
俺が走り出すと、イシュナンは無数の結界を張り、俺が近づくのを嫌がる。
俺は結界を破壊しながら、距離を詰め、イシュナンに勢いを乗せた右ストレートをお見舞いする。
イシュナンは俺の拳を左掌で受け止めると、背負い投げで俺を山肌に投げつける。とっさに受け身をとり、ダメージを小さくするが、斜面になっているため、身体が滑り落ちていく。
足の下に物理結界を張って踏ん張ると、
俺はフェイントをいくつか入れつつ、イシュナンの腹に膝蹴りを当てる。イシュナンの表情は変わらないが、続いての左ジャブも命中し、少し距離をとる。
イシュナンは、静かに首を回す。
「物理結界だ。結界中和をしつつ戦っても、結局結界を壊しきらないと、まともなダメージなど与えられない。君が私を倒すことはできない」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます