吉川君と世界間ゲート

第24話 世界間ゲート!

 夏休みも終わり、昼は学校、夜は魔物退治という生活に戻った。

 それから数週間がたち、セヴェリナさんの世界間ゲートの捜索が、ある程度の結果を示し始めている。


 かなり片付いて、テーブルや椅子も用意された魔導館一階で、俺とロッシュ、ファナはセヴェリナさんから調査結果を聞いている。


「世界間ゲートの目撃情報や魔物の目撃データを組み合わせると、ゲートの発生地は横磯周辺に偏っていることがわかりました」


「予想はしていたが、やはりか」

 ロッシュがコーヒーを飲みながら、横磯市の地図を見ている。


「更には、魔物目撃情報のほとんどが横磯市沿岸部に集中しています。これは、ゲートから来た魔物が、こちらの世界に馴染むまでの間に目撃されていると思われます」


 ファナは自分で用意したアイスティーを飲みつつ、セヴェリナさんのまとめた資料を見ている。

「右も左もわからないうちに、人間に目撃されているということね。ゲート自体の目撃情報は少ないけど、これも沿岸部に偏ってるわね」


「はい。そのため、世界間ゲートが開くのは横磯市の沿岸部であり、そこに集中して人員を配置すれば、ゲート出現時の天候などのデータをとり、イシュナンの行方に関する情報も得られるのではないかと思います」


 俺はそこで資料の次のページをみる。

「横磯の沿岸部といっても長大だから、九条家で人を確保するということか」


「はい。九条グループの警備会社の余剰人員を全てつぎ込めば、継続的に監視が可能かと」


「大したものだな。まるで私兵を持つ大貴族みたいだ」


「本当に。私も招聘しょうへいされて以来、驚くことばかりです」


 その後もセヴェリナさんからの報告と提案は続き、今後の監視体制についておおむね話をまとめることができた。


 少し前までは、別館に吸血鬼が住んでいることに気づけなかったと落ち込んでいたが、どうやら持ち直したようだ。


 一方で、七澤の魔法の不安定さはほとんど改善を見せない。


 普通、魔力は少しずつ育っていくものなので、強力な魔法を使えるようになる頃には、経験によって魔力操作ができるようになっている。


 七澤の場合、全く経験のない状態から強力な魔法を使えるがゆえに、魔力操作ができず、気分がたかぶると力任せに魔法を発動させてしまう。


 俺の魔法に匹敵するくらい破壊力があるだけに、危険極まりない。


 この日は、セヴェリナさんが帰ったあと、七澤に対するファナの愚痴を聞き、一時間後に会議終了となった。



 残暑も少しずつ収まり、夜の風が涼やかになってきた。その夜、魔物の目撃情報も気配もないことがわかった俺は、海沿いの公園で足を休めていた。


 約八十メートル毎に配置されている九条グループの警備員たちの様子も見つつ、俺は海を眺めていた。


 俺が長く暮らしたルミアスの皇都は海に接しておらず、海を見ると少しだけ気分が昂ぶる。


 日本では寄せては返す波というが、本当に無限に繰り返される波を見ていると、あっという間に時間が過ぎてしまう。


 どれだけ休んだか、しばらくすると、海沿いの空間にわずかな光が発生する。


 夏に見たことがある蛍の光にも似たその光源は、少しずつ明るさと大きさを増していく。


 ――世界間ゲート!


 一瞬見とれてしまっていた俺は、大急ぎで世界間ゲートに向かう。


 やがて、ゲートの中に影が現れる。おそらく、魔物だ。

「危ないから離れて!」

 俺は間近にいた警備員に避難させる。


 世界間ゲートのそばで少し待つと、ゲートも中に見える影もどんどん大きくなっていく。

「大物か?」


 ゲートの中から、突然の炎が俺を襲う。無意識の結界で事なきを得るが、高温の炎を吐く大型の魔物となると、市街地に行かせる訳にはいかない。


 ゲートから大きな頭が飛び出す。トカゲの頭部が腐敗したような見た目の、大きな頭だ。

 やや長めのクビ、肋骨が露わになった胸部。

「ドラゴンゾンビか」


 俺は右手をドラゴンゾンビに向け、アンデッド系モンスターが苦手とする光魔法を準備する。


「極大浄化魔法」


 巨大な光の弾がドラゴンゾンビに当たり、その姿を掻き消すほどの明るい塊となる。


 強い明かりが収まり、ドラゴンゾンビの身体が全てを現す。


「無傷だと。――結界か」


 ドラゴンゾンビに魔法は使えない。


 ドラゴンゾンビを操る力、俺の極大魔法を防ぐ結界を作れる……あいつしかいない。


「黒い夢のナディシュ! どこに隠れている」


「あら、つまらない隠れんぼ。もうわかっちゃったの」

「お前のやり口が単純だからな」


「いきなりの力業でドラゴンゾンビを殺しちゃえって発想をする貴方に言われたくないわね」


「なんの目的でこんなことをしている」

「目的……また、貴方に会うためかな……」

「ふざけてるのか」

「ちょっと本気なんだけど。むしろ、死霊しりょう魔導師がアンデッド連れて歩くのがそんなに特別なことかしら」


「こっちの世界ではお前に関わる全てが異常事態だ」


「なにそれ、ちょっとひど……」


 俺は極大炎魔法を使い、今度はナディシュごと燃やすことにする。


 ドラゴンゾンビの足下から、巨大なヘビにみえる巨大な炎が現れる。ドラゴンゾンビは全身を焼かれて苦しみ、焔のひとかたまりがナディシュに迫る。


「ちょっと! 熱いじゃないの!!」

 ナディシュは慌てて結界を張る。


 ドラゴンゾンビの分は間に合わないらしく、黒こげのドラゴンが堤防の上に身体を横たえる。


「あーあ、せっかく連れて来たのにぃ……」


「誰の指示だ」

「言えば信じてくれる? 私、脅されてるのよ」


「お前を? 詳細はわからんが、異端賢者イシュナンが関係してるんだろ」


「なんだ、知ってるのか。それでね、イシュナンが私のスリーサイズを貴方にばらすっていうから、仕方なく」


「ふざけてるだろ」

「真剣だよ?」


 そういって、ちゃかり逃げようとするナディシュに拘束魔法を絡みつかせる。


「あわわわわわわ!」

 空を飛ぼうとしていたナディシュは、思い切り地面に顔をぶつける。


「いったぁ! レディーに何するのよ」

「お前はレディーじゃない。死にそこねの死霊魔導師だ」


 俺はナディシュの紫の髪を容赦なく掴み、上半身を持ち上げる。

「このDV男!」

「お前とドメスティックな関係はない」


 俺は調子を狂わされつつも、冷静に本題に入る。

「イシュナンはどこにいる?」

「横磯のどこかの森よ。頻繁ひんぱんに居場所を変えて、見つかりにくくしてるみたいよ」


 横磯の森。横磯はかなり発展した大都市だが、意外に緑は多い。それだけの情報では足りない。


「なら、イシュナンがどこの森にいるか知る方法は?」

「ないわ。向こうから呼び出される一方なの」


 ナディシュの雰囲気からして、嘘をついている可能性はなさそうだ。ならば、ここまでか。


「私を殺すの?」

「ああ」

「ならせめて、最後にキスして」

「誰がだまされるか、死霊魔導師!」


「ダメだったかー!」

 ナディシュにキスされると、身体を乗っ取られるリスクがある。


「でも、貴方、またすごく寂しい気持ちになるんじゃないの。人殺しなんてしたくないって、顔に書いてあるよ」


「お前はもう人じゃないから大丈夫だ」

「吸血鬼にまで同情してるくせに」


「せめてひと思いに死なせてやる」

 俺が拘束魔法に力を送ろうとした瞬間、ナディシュの姿が消える。


「空間転移魔法?」

 俺は急ぎ転移魔法に使われた魔力の残滓ざんしを追う。おそらくその先に、イシュナンがいる。


「ここだよ」

 慌てて振り向くと、灰色のローブをまとった背の高い男が立っている。


「とっさに魔力の回路を追おうなど、なかなかに自分の力を使いこなしているな」


「お前が……」


「ああ。俺がイシュナンだ。ルミアスから追放された、しがない魔導師だ」


「しかし、大きくなったな、厄災の子よ」

 俺は感情的になりそうな自分の心を静め、深呼吸する。

「俺のことを知ってるのか」


「ああ。禁断の呪法で生き残った運命の子」

「お前ではないのか」

「んー?」

「俺をこんなにしたのは、お前ではないのか」


「そうか、お前に悪魔の臓物を埋め込んだのが私ではないかと疑っているのか」

「ああ」


「残念ながら、私ではないし、誰なのかも知らん。期待させてすまない」

「期待? ふざけるな。えせ魔導師の分際で!」


 俺は無詠唱無動作で最大の火魔法を発動する。イシュナンはあっけなく劫火ごうかに飲み込まれる。


 詳しく事情を探る前に殺してしまうのはよくないと冷静さを取り戻すも、今から火を止めても間に合わないかもしれない。


 勢いを弱める炎の中、イシュナンはローブひとつ焦げ付かせることもなく、平然と立っていた。


「無意識の結界魔法、君だけの能力ではない」

「そうか。事情聴取の前に殺してしまったかと慌てていたが、たすかったぜ」


「事情聴取、なぁ。私を拘束できると思うのか」


 イシュナンの目が嬉しそうに輝く。

「相手になってやろう、厄災の子よ!」

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