第23話 夏の終わり!

「寝るな」

「き、貴様、何をした?」


「拘束魔法だ。知ってるよな」

「それはわかっている。なぜこの私が、知らない間にこんな魔法に……」


「お前が日本で安穏あんのんと暮らしている間、俺は血生臭い人間世界の闇で命を賭けてきた。お前たち吸血鬼は意外にも同族同士の争いを好まないが、人間はそれが死ぬほど好きでな。敵をだまして殺す技術は、お前たち魔物と経験値が違うんだよ」


「くっ、下劣な」

「なんとでも言え」


 俺は吸血鬼のみぞおちを蹴り上げる。

「あが、が……」


「お前たちのボスは誰だ。素直に教えれば許してやる」

「嘘つきが!」


 俺はまた、吸血鬼の身体を全力で蹴り上げる。先ほどの強化魔法の影響が残っているらしく、吸血鬼はゴムボールのように天井に勢いよくぶつかり、落っこちてきた。


「で、ボスは? お前たち魔物って、結構義理固いよな。尊敬するよ。じゃあ、言わなきゃこれからお前たちの同族を皆殺ししに行くわ。日本で肩身が狭くても細々頑張ってる奴らを、お前のせいで殺さなくちゃならないとは、全く心が痛むよ」


「豚野郎!」

「なんとでも、言えっ」


 蹴り飛ばすと、吸血鬼はまた天井にぶつかり、勢いよく落ちてくる。


 そろそろ吐かないと、吸血鬼が死ぬ。出来ればその前に吐いて欲しい。日本で細々暮らす吸血鬼どもを皆殺しにするのも面倒で、こいつらの黒幕を一から探すのも骨が折れる。


「くっ、言わないと本当に我が同族を殺すつもりのようだな」


「賢いな。次からの話題の種にするために、有限実行するつもりだ。面倒臭いが、次の拷問のためにやる」


「同族を死なせてまでの義理はない。異端の賢者イシュナンを知っているか」

「ああ。知っているとも」


「そいつが、我が一族をこの世界に連れてきた。ここに拠点を作るのも、さっきのガキ共を幽閉したのも、イシュナンの指示だ」


「イシュナンの目的は」

「異世界間ゲートを自由に操れるようにすることだと言っていた。その理由までは、よくわからない」


「そうか。いい話を聞かせてもらった」

「我を殺すのだろう。今日ここから逃げ出した我が子たちも、殺さないでいてくれ、頼む」


「ああ」

「よし。それでは、なぶるなりなんなり、我を殺すとよい」


「許すって、言ったろ?」

「……!」


 俺は吸血鬼の身体を見下ろす。許すと言った以上、ひと思いに即死できる方法を用いた。


「安らかな顔なんかすんじゃねぇよ」


 窓から飛び降りて別館全体を見ると、俺の魔法による雨と、九条家の自衛消防団の放水により、火事は収まりかけていた。



「今回の件、私からも礼を言わせて欲しい。ありがとう」


 九条宗光氏が俺の手をとる。目には涙まで浮かべている。続いて、俺の横にいた七澤の手をとり頭を下げている。


 九条氏に感謝され、七澤は居心地悪そうにモジモジしている。別館の一部をぶっ飛ばした上に、半焼の火事まで起こしてしまい、怒られると思っていたらしい。感謝されても素直に喜べないのだろう。


 九条氏との会話のあと、俺と七澤は二人、気まずく応接室に残る。


「だから、力加減ができるようになるまでは魔法禁止って言ったんだろ」

 七澤はバツが悪そうに下を向いている。

「だって、あやめちゃんが危なかったんだもん」


「そのあと、お前が起こした火事でも、あやめに命の危険があったんだぞ」

「ごめんなさい」


「そもそも、あやめの相談を受けた時点で、俺に連絡をすべきだ。それを、二人だけで吸血鬼の巣に飛び入るなんて」

「ごめんなさい」


 俺は小言をいいつつ、大きなため息をつく。鬼が出たときの合同庁舎に引き続き、今度は九条邸別館という歴史的建造物を破壊しているのだ。


「ファナにも今まで以上にトレーニングを厳しくと言ってある」

「え〜〜、ファナさん怖いぃ。吉川くんの授業がいい」


「俺は物心つく頃には魔法のコントロールができてたから、教えようがないんだよ。ファナみたいに一から学んで身につけた人の方が教え方はうまいはずだ」


「でもぉ、ファナさん、なんかしょっちゅうマウント取ってくるし、怖いんだよぅ」


「エルフは気位きぐらいが高いんだ。それくらい我慢しろ」

「……わかった。愛する旦那様のために小姑こじゅうとと向きあうワン」


「……」

 七澤なりに真剣なんだ。そう自分に言い聞かせて怒りの衝動を抑える。


 そこに、ノック音がする。返事をすると、あやめが応接室に入ってくる。


 あやめは煙を吸い込んで、気管に炎症を起こし、軽い火傷もあった。対して、七澤が無傷なのはおそらく無意識に結界を展開していたのではないか。


「もう大丈夫なのか?」

「はい! お陰様で」


「この度は、私の軽率な行いのせいで吉川さんや楓香ちゃんや皆さんを巻き込んでしまい、申し訳ありませんでした」


 あやめはどうしても兄の安否を確かめたくて、七澤と仕組んでこっそり別館に潜入したらしい。


 そこで、幽閉されていた九条宗太と倉木光を見つけ、吸血鬼の親玉とやり合うことになったという。


「なんにしても、二人とも無事でなによりだ。頼むから、無茶はこれを最後にしてくれよ」


「わかりました」

「わかったワン!」


 やはり、七澤はわかってないな。ファナに特訓を頼まなければ……。



 九条家別館爆発事件から数日、ひぃひぃ言いながらファナの指導を受けている七澤を横目に見つつ、俺は魔導館二階の資料をあさっていた。


 九条家先々代党首、九条源三郎とイシュナンのつながりを確認するためだ。


 異世界間ゲートが頻繁ひんぱんに発生する場所を直接探す仕事はセヴェリナさんに任せ、俺は資料を漁ることを選んだ。


 資料によっては、日本語だけでなく、ルミアス語や神聖語で書かれたものも多く、日本語に詳しく、かつタリアの諸言語に明るい俺とファナが適任だ。


 ファナには七澤の力の暴走を防ぐための特訓をしてもらうため、俺が資料にあたることとしたのだ。


 資料にあたってわかってきたのは、九条源三郎と異端の賢者イシュナンの関係が非常に深いことだ。


 源三郎は、異世界転移してルミアスに行った後、魔導師として魔王国討伐に参加していた。


 源三郎がルミアスの皇都で一通りの修行を終え、実戦経験を積むために旅に出たとき、在野の優秀な賢者と出会う。


 それがイシュナンで、しばらく一緒に旅をしながら、魔法のノウハウを教えてもらった。いわば、第二の師匠と弟子といった関係なのだ。


 そこから先、源三郎は何かある度にイシュナンの元を訪ね、魔法の修練を重ね、様々なことを相談し、協力を得ている。その代わりとして、当時の地球で最先端の技術について話を聞かせている。


 その後も交流が続き、源三郎が日本に戻った後も、世界間ゲートが開く度に手紙などを通して交流している。


 その中で、イシュナンに人間の力で世界間ゲートを発生させられないか相談もしている。


 その辺りが、現在にもつながっている可能性を感じる。


「吉川さん、今日はそれくらいにしておきませんか」

 あやめの声に顔を上げると、浴衣ゆかた姿のあやめが恥ずかしそうにこちらを見ている。


「私も浴衣を着てみたくて。吉川さんも着替えますよね」

「ああ。もうそんな時間か」


 今日は山上公園の花火イベントの最終日にあたり、皆で見に行くことに決めていたのだった。


 俺も着替えようと部屋にこもって苦戦していると、朝河がやってきて着付けをしてくれる。


「俺、こう見えても日舞の習い事をやっててさ。和服の着付けなら任せてくれ」

「朝河が日本舞踊を? イメージと違うな」

「人間のイメージなんて、偏見の塊だよ」


「そんなものか」

「そんなものさ」


 朝河に浴衣を着せてもらいつつ、自分が吸血鬼に抱いていた憎しみの感情も、自分で作った勝手なイメージが元だったのかと考えてみる。


「おーい、終わったぞ」

「おう、すまない」

「皆が待ってるから、行こう」


 山上公園はいつになく人が多く、夏の終わりの花火を楽しもうとしているようだった。


 ロッシュとファナ、朝河、七澤、あやめ、セヴェリナさん、そして俺が、人ごみの中でバラバラにならないよう固まっている。


 花火が上がる度に、大きな歓声があがる。


「吉川くん、今年の夏はいつもの何倍も楽しかった!」

「私もです、吉川さん。これも全て、吉川さんがいてくれたからだと思います」


 思わず笑みがこぼれてしまい、何となく気恥ずかしい。

「俺もだ。日本に来て、お前たちと会えて良かった」


「来年は受験とか忙しいかもしれないけど、また一緒に遊ぼうね」

 花火の彩りに顔を照らされながら、七澤が大きな笑顔でいう。


「約束しましょう、楓香ちゃん、朝河くん、吉川さん」


「ああ。約束だ」


 これが、日本語の「青春」というやつか。ルミアス人にも教えてやりたいし、「青春」を壊すような真似まねをするあらゆるものを殲滅せんめつしてやりたいと思う。


 日本は、想像の何倍も素敵な国だった。

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