第22話 監視!

 俺とあやめ、そして七澤の三人は、九条家の地下壕ちかごうを歩いていた。戦争や自然災害に備え、山の中に無数のトンネルやシェルターを用意してあるのだという。


 あやめは迷うことなく薄暗いトンネルを進む。これは別館に通じているらしく、そこから潜入するか、盗聴器を仕掛けるかするつもりだ。


 あやめがこちらを向いてうなずく。別館の下に辿り着いたらしい。


 地下にいてもここまで近づけば、なんとなく不穏な気配を感じることはできる。俺は電池式の日本の盗聴器を仕掛ける。


 魔導具では、微弱な魔力に感づかれる危険が多い。その点電気式については、タリアであまり普及していない分だけ、発見されるリスクは少ない。


 数個の盗聴器をセットして、魔導館に戻る。既に用意してあった受信器を手に取る。雑音も多いが、中の声がよく聞こえる。


 吸血鬼たちはルミアス語で話しており、あやめや七澤が聞いても意味がわからなかった。


 そこで俺が日中、ファナとロッシュが夕方から深夜、深夜から早朝は三人で交代で聞いておき、録音もしておくことになった。


 盗聴器を仕掛けてから二日後、大きな動きがある。

 部屋替えでもあったのか、倉木光くらきこうと呼ばれる人物の声が聞こえるようになったのだ。


 監禁されているとはいえ、食事や風呂、衣服などは充分に与えられている様子だ。ひまつぶし用に本などもあるらしい。


「これで、未成年者誘拐ゆうかいは成立ね。あとは、九条宗太さんが見つけられればいいんだけど」


 ファナがヘッドフォンの音を聞きながら言う。


間取図まどりずによると、当主の執務室と寝室は二階と三階にあるらしい。地下に仕掛けた盗聴器で声を拾うのは難しいんじゃないか」


「確かにそうかもね」

 ファナは難しい顔になる。

「誰か、内偵できないかしら。マレ、前に魔物の小国に潜入したことあるわよね」


「あれは……。いざとなれば俺が国ごと皆殺しにすればいいという考えでやらされた作戦だ。それとこれでは状況が違いすぎる」


「あら、そうだった?」

「そうだ。結局はバレて皆殺しにした」


「そんな野蛮なこと、日本では出来ないものね」

「ああ、本当に」


「早く助ける必要もあるが、問題は、九条宗太さんのことだな。生きてるのか、とっくに食われてしまったのか」


「もしうまく化けられたとしたら、判断も難しいわね」


「ああ。操られているという可能性もあるし、本当に難しいところだ」


「あの……」

 驚いて目をやると、気まずそうにあやめが部屋に入ってくる。

「盗み聞きするつもりはなかったんですが」


「ああ。大丈夫だ。あやめのお陰で倉木光君を見つけられた」


「あの、兄が存命かどうか、私がこの目で確かめるというのはどうでしょう。私が幼い頃はいつも面倒を見てくれた兄なので」


「そんなに危険なこと、させられないわ。お兄さんのことを知りたい気持ちはよくわかるけど……」


「でも、私も、皆さんの役に立ちたいんです。それも、兄の生死が不明なために仕事が止まっているなら尚更……」


 俺はあやめのいる方向に身体を向ける。

「あやめ、気持ちはありがたいよ。でも、君だから確実にお兄さんかどうか見抜ける保障はないし、本当に危険なことなんだ」


「わかりました……」


「わかってくれて良かった。ありがとう」


 あやめが帰った後、俺は深夜の見張りに備えて仮眠をとることにする。


 別館の監視は、まだ長期化するだろうと考えながら、俺は眠りについた。



 仮眠を終え、ロッシュと監視役を交代した俺は、ヘッドフォンの音に耳を澄ませながら、間もなく終わる夏休みについて考えていた。


 夏に学生を休ませる発想は、ルミアスにはない。せいぜい、農繁期に当たるため許可をとって農家の子供たちが休みをとるくらいか。


 しかし、そもそも農家の子供はあまり学校に行かないため、ごく少数の豊かな農家の話だ。


 日本では、ほとんどの子供が学校に通い、最低限でも読み書き算盤そろばんを身につけている。


 日本の物質科学文明が圧倒的なまでに発展しているのは、教育普及率の高さが背景にありそうだ。


 そして、夏休みや冬休み、土曜に日曜と、こまめに休みを与えることで、子供たちが遊びを含めた自分の興味ある活動を積極的に行えるようにしている様子だ。


 間もなく夏休みが終わる。

 当面、望ましくないのは、俺が見張りを受け持てる時間が減ることだ。

 

 ロッシュとファナは、わずかな夏期休暇以外はこちらでの仕事をしながら、見張り当番を続けている。


 そのため、俺が長めの時間を受け持ってきていたが、夏休みが終わればそれが難しくなる。


 俺が別館を窓から眺めていると、強い光が発生し、爆音がヘッドフォンを通して俺の聴力にダメージを与える。


「なんだこれ、爆発!?」

 よく見ると、別館の一部で火災が発生している。ヘッドフォンを外すと、耳が役に立たなくなっていることに気づく。


 俺は胸騒ぎと共に、時間遅延の魔法と風魔法を併用して、大急ぎで別館に向かう。

 本館から飛び出して様子を見ている人たちに、近づかないよう声をかける。


「火事のことは任せてくれ。その他に危険があるから、絶対に近づかないように」


 別館から影が飛び出す。右手半分が大火傷した人間、左半分が蝙蝠姿の男だ。


 俺はためらいなく光の矢を放ち、その吸血鬼を殺す。


 別館の開け放たれた玄関から進入して、爆発のあった辺りを目指して走る。途中、人間と化け物が混じったような状態の吸血鬼二体にとどめを刺す。


 階段を上がると、煙の量が多いことに気づき、立ち止まって息を多く吸って、息を止めてから二階へいく。


 真っ黒な煙の中に、倒れている七澤とあやめを見つけ、二人同時に両肩で抱えて一階に降りる。俺が大きな声で呼びかけると、あやめが気づく。


「執務室に、兄になりすました男と、本物の兄と倉木くんも……」


「わかった。爆発は七澤が?」

「うん。やり過ぎちゃったって本人が」

「そうか。七澤が起きたら、絶対に来るなと伝えてくれ」

「わかりました」


 俺は対火炎結界を自分の周りに形成し、混乱している別館に改めて突っ込んだ。


 二階の煙は更に蔓延まんえんしつつあり、九条宗太氏と倉木光の安否についても不安が増す。以前見取り図で確認した執務室を目指し、煙の中を進んでいく。


 ドアが開け放たれた執務室を見つけ、勢いよく飛び込む。


 しかしそこは、七澤による爆発の中心地のためか損傷がひどく、壁は崩れ、室内のほとんどの物が炭化している。


「ここじゃ、ないか」

 俺は誰も居なかった執務室を出て、比較的まだ火災の被害が小さい所を探す。


「三階のベッドルームか」

 俺は急いで三階に向かう。間取り図と今の状況から考えて、一番火災の被害が小さいはずだ。


 煙で視界が悪い中、手足や皮膚の感覚で建物の様子を確認しつつ階段を昇り、廊下を走る。


 ベッドルームと思われる部屋の扉を開き一気に突入し、後ろ手に扉を閉める。

 床に転がっている物を確認すると、宗太氏と見られる人間と、倉木光と思われる人間だとわかる。


「よく来たな、女神の影よ」

「二人は……、息があるな。しかし、灯台もと暗し、という日本のことわざは本当なんだな。貴様、いつからここに」


「さあな。もう忘れたよ」

 少なくとも、俺たち女神の影が拠点を九条家の敷地内に移すずっと以前からここにいたのだろう。


「九条家の敷地に入り込み、九条宗太と、横磯の実力者・倉木の息子を監禁か。偶然とはいわせないぞ」


「なら、どうだと思う」

「お前の他に、もっと計算高い黒幕がいるということだ」


「それなら、どうする」

「俺の予想通りでも、違っても、やることは変わらない」


 俺は念のために、強化の光魔法で自分の筋力を増強してから、九条宗太と倉木光をそれぞれ左右の肩に抱える。


 その状態で、窓を破って外に飛び出す。庭の芝生に深い足跡ができ、着地に成功する。


 二人の男を肩から降ろし、自分の腹辺りに魔力を集中させる。


「生まれ出でよ、雨雲」


 急激に周囲の空気を暖め、上昇気流を発生させる。その気流がハイペースで強まっていくと、夜でもはっきりわかるような積乱雲が発生し、大粒の雨が降り始める。


 別館の火の勢いが収まったことを確認すると、一気に三階のベッドルームまで跳ね上がる。先ほど蹴破った窓から入り込むと、中で倒れている吸血鬼の頭を蹴り上げる。


「ぐぁぁ、ぐぶっ」

吸血鬼の口から血と折れた歯の数本が同時に吐き出される。

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