第20話 占い師!

「父から、許嫁いいなずけの件は聞いてらっしゃいますね」

「ああ」

「私は、許嫁なんてしたくありません」

「お、おう」


 あやめからの反応が以外で、思わず赤面してしまう。俺だけが悩んでいたのだろうか。


「私は吉川さんを縛りたくないんです。何かに縛られて私とお付き合いするのではなく、吉川さんが私を好きになってくれてお付き合いしたいんです」


 あやめの真剣な眼差しに、俺は少し戸惑う。しかし、意を決して向き合う。


「わかった。あやめがそう思ってるなら、許嫁の約束はしない。政略結婚のメリットとか考えずに、あやめを好きになったら、それを伝えるよ」


「はい。ありがとうございます」

あやめは緊張感しすぎていたのか、少し涙ぐんでいる。


 俺はあやめを抱きしめてやりたくなるが、今はそうすべきでない気がして、日本のいにしえの民俗画や、崩し字で書かれている和歌とやらを眺めた。


 俺はあやめを好きになっている。しかし、七澤のことも同じくらい気にかかっている。中途半端なうちは、俺は何もするべきではない。


「日本は高い建物が多い先進的な文明を持っているが、こういう古い時代の伝統も残しているのだな」


「はい。日本の国歌だって、元々は万葉集という古い和歌集の歌が元になってるんですよ。一三〇〇年も前の歌が」


「素晴らしいな。今のルミアスは時代に合わないと、古い物を大切にしていない。日本のように古い時代の文化も残すようにしたいな」


「そういっていただけると、日本人として誇らしいです」


 俺とあやめは廊下で待っていた店番の子に声をかけて、別の教室に向かう。


「次は占いをやってみませんか」

「ああ。日本の占卜せんぼくにも興味がある」

「ふふ。タロット占いと手相占いを混ぜた新しい占いらしいですよ。同級生がやってるんですけど、すごく良く当たるらしくて」


「楽しみだ」

 俺とあやめは二人並んで歩く。さりげなくだが、あやめは歩幅を俺に合わせてくれている。少し頑張っているのだろう。


「あそこです」

 占い館と書かれた看板がある。その教室には黒い布が張られ、外から中が見えない。


 しかし、俺は確実に魔族の臭いに気がつく。


「お一人ずつ、どうぞ」


 教室内から聞こえてきた声に、俺は禍々まがまがしさを感じて身構える。


「私からがいいですか?」

 俺がためらっている様子を見て、あやめが気をまわしてくれる。


「いや、俺から行く。あやめは少し離れて、そうだな……、あの休憩用の椅子のところで待っていてくれないか」

「はい……わかりました」


 あやめはいぶかしげに首をかしげつつも、言うとおりに距離を取ろうとしている。


 俺は慎重に黒いカーテンを開け、教室に入る。


「いらっしゃいませ。これはこれは、珍しいお客様ですわ」

「俺もこんなところでお前みたいな化け物と会うとは思ってなかった」


 俺は黒いローブを着こんだ少女を睨む。

 よく知った雰囲気だ。こんなところにも、吸血姫がいるとは。


「まぁ、せっかくですから、おかけくださいませ。お互い、目立つことはしたくないはずですわ」


 俺は言われるまま、占い用のテーブルを前にして椅子に座る。油断は禁物だが、お互い目立ちたくないことは同じだろう。


「いつから、この学校に紛れ込んだ」

「そうですねぇ。顔を変えて、何回か入学はしていますが……、かれこれ二十年にはなりますわ」


「そんなに昔からか。バレないよう、うまくやってきたということか」


「もちろん。最近と違って、二十年前にはこちらに迷い込む魔族もほとんどいませんでしたから、一人で無理のない暮らしをしておりましたのよ。もちろん、人間を殺したりせずに」


「どうだか」


「こちらの世界は、戸籍とかいう文書でほぼ全ての人間を登録してますでしょ。本当のことをいうと、最初の一人だけ殺してしまいましたわ。そのときに大変な騒ぎになって……」


「自分の保身のために殺さないことにしたんだな」


「そう悪意で受け取らないでくださいませ。人間には人間の闇がございますもの。共生関係というものですわ」


「都合のいい解釈だな」


「それを言うのでしたら、あなた様のその力、人間のものではございませんね。何をどうしたらそうなるのかしら」


「……俺にはわからない。物心がついたときには、この力はあった。魔物を殲滅せんめつするために、魔物の力が俺に宿っている。それだけのことだ」


「その、あなたたちが嫌う禍々しい力で人も殺していますでしょ、あなた。魂に血の臭いが染みついておりますもの」


「黙れ。火事に見せかけてお前を炭にすることも簡単にできるんだぞ」


「まぁ、恐ろしい。せめて、私の大切な学友たちがいないときにしてくださいな」


「本当にそう思っているなら、俺たちに協力しろ。こちらに、黒い夢のナディシュが来ていた。知っている情報はないか」


「あら、そう。ナディシュちゃんか。彼女は、きっと召喚されてきたんじゃないかしら」


「召喚?」


「ええ。詳しくは、具体的に、本当に召喚なのかとか、わかりませんけれど。魔物が増えているとしたら、誰かが召喚してるか、人為的にゲートを作り出しているか、それが原因ですわ」


「人為的にゲートを作り出す?」


「あなた、賢者イシュナンを知らないの」

「聞いたことはある。ヤバイ研究が多すぎて皇国魔導アカデミーから追放されたんだろ」


「まあ、そんなところですわね。彼は世界間ゲートを意図的にこじ開ける力についても研究していたらしいわ。きっと、最近の事件に関わっていると思う」


「了解した。命拾いしたな」


「あなたが乱暴なこと言うし、私にとっても、せっかく静かに暮らしてきたのを乱されるのは嫌だもの。今後、わかったことがあったら、どこに連絡すればいいの」


「ああ。スマホ、持ってるか」

「ふふ。あるわよ。便利よね、スマホって」

そう言うと吸血姫はコロコロと笑い出した。


「笑うな。名前は?」

「私はカルミラ。あなたは?」

「マレだ」


「吸血姫カルミラと、ルミアス人のマレが、スマホのRINEで連絡とるのね」

 カルミラはよほどツボにはまったのか、最後までコロコロと笑っていた。


「次の客は俺の仲間だ。変なことするなよ」

「しないわ。あなたが怖いし」


 しばらくして、俺はあやめと交代して廊下に出る。中の様子を知りたいため、廊下で聞き耳をたてる。


 あやめには申し訳ないが、まだ完全にカルミラを信用したわけではない。


 相談内容に俺が含まれていて、あやめに対して後ろめたい気持ちが強くなる。むしろ、ほとんど俺のことを相談して、占ってもらっている。


 その中で、カルミラが「兄妹関係に注意が必要」と言ったことが引っかかる。あやめには、腹違いの兄がいるはずだが、その人物のことを言っているのだろうか。


 占いの部屋から出てきたあやめと一緒に、校庭の屋台を回る。この中で、カルミラがどうごまかして生きているのかも気になる。


 一回りしたところで、七澤・朝河に合流し、しばらく話をしたところで終了時刻になった。


 翌朝の食事時に、昨夜の吸血姫カルミラの件をロッシュに報告する。日本の政治家に存在を知られていない上、得られる情報に価値があるため、当面は討伐せずに様子を見る方針ということで許可をもらう。


 RINEには、カルミラから「これからヨロ」という文とハートマークが届いていた。


 その日の夕方、ロッシュに呼び出され、横磯の有力市会議員の屋敷に行く。なんでも、俺と同じ野丸学園高校に通う孫が、行方不明になっているらしい。


「この件を解決できないなら、君たちとの密約は全てパーになると思え」


 幕末の開港で発展した横磯には珍しい、室町時代以前からの大地主の末裔まつえいは、ふんぞり返って俺たちを脅している。


「はい、先生。すみやかに調査にあたります」

 ロッシュと俺は、否応なく捜索を行うことになるのだった。

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