第19話 納涼祭!

 夏休み中だったこともあり、魔導館と付属の家の片づけは順調に進んでいた。


 旧式の通信機器はファナが修理して本国と通信できるようになったし、召喚獣しょうかんじゅうのミグレをいつでも呼び出せるよう固定魔法陣も用意できた。


 本国からは最新の通信魔導具が支給され、俺とロッシュ、ファナはいつでも必要なときに念慮ねんりょするだけで話ができるようにもなった。


 俺は時折、九条会長の祖父であり、九条家中興の祖である九条源三郎氏の日記に目を通していた。


 その中で、晩年の源三郎が連絡をとっていたイシュナンという賢者のことが気になっている。


 皇立魔導アカデミーで除名処分を受けたことで知られる、禁断の魔法に取りかれた人間だ。


 更に読み進めていけば、源三郎とイシュナンの関係がわかるだろう。そして、一度は確立した異世界間貿易が途絶えた理由も、わかるかもしれない。


「入りまーす」

 あやめの元気の良い声が聞こえる。おそらく、また掃除を手伝いにきてくれたのだろう。


「いらっしゃい」

「吉川さん! おはようございます」


 あやめの笑顔を見ると、昨夜の九条会長との会話が思い出されて、意識してしまう。赤面していることを自覚すると、余計に緊張感が高まってくる。


 あやめは作業しやすいようにティーシャツ・ジーンズの格好なのだが、いつも通り、胸の膨らみが非常に目につく。


「吉川さん、体調が悪いんですか? 顔が赤いですよ」

「あ、いや、君のひいおじいさんの日記を読んでたかぶってて」


「ふーん」

 あやめは納得したのか、しなかったのか、よくわからない態度でホコリとりを手にして、上の階に向かう。


「そうだ。今度の水曜、ウチの学校で納涼祭をやるんですが、吉川さんも遊びに来ませんか」

「ああ。行ってみたいな。連れてってくれ」


「やった! ありがとうございます。嬉しいな」

 そういって、あやめは機嫌良さそうに上階へあがっていった。


「納涼祭か。……シャルト・マレにも似たような祭りがあった気がするな」


 ◆


「吉川さん、私は自分の係が一時間で終わりますから、そのあと、ポプラの木の下で待ち合わせでお願いします」

「ああ。そこには、俺だけ行けばいいんだな」


「はい。朝河さんに頼んで、二人きりになれるようお願いしてあるので……」

「わ、わかった……」


 あやめと二人きりになると想像すると、妙にドキドキする自分に呆れてしまう。先日の九条会長の話がまだ消化しきれていないからだろう。


 最近の俺は、あやめに会えば照れてしまい、七澤に会うとなんだか七澤に対して後ろめたいような感情におそわれる。


 二人とも、女神の影の協力者に過ぎないはずなのに、気になって仕方がないのだ。


 九条会長からの提案をロッシュに相談したとき、ロッシュはただ笑って、お前の好きに決めていいというだけだった。


 もっと、ルミアスの国益のためにどちらがいいとか相談したかったのに、何を話そうとしてもロッシュはお前が決めていいというのだ。


 ファナは逆に、その話は絶対ダメだという。しかし、なぜかという理由については、顔を赤くして教えてくれない。


 それを見て、俺があやめと七澤の二人の少女に性的関心を持っていると思うかと聞いても、それは違うという。そして、妙にくっついてきて優しくしてくれるのだった。


 俺の周囲の大人で、一番親身になって聞いてくれたのはセヴェリナさんだった。セヴェリナさんは、俺とあやめと七澤は、三角関係になっていると教えてくれた。


 三角関係にもいろいろあるが、今回は俺が性的関心をあやめか七澤のどちらかに絞る必要があるということだった。


 俺がどちらかをはっきり選んで、勇気を出しさえすれば、どちらかと恋人関係になれるだろうという。


 しかし、選ぶ基準について質問すると、色々な基準があるという。より好みの見た目、より好みの声、一緒にいるときの居心地のよさ、性交の相性など無数の基準を教えてくれた。そして、最後は、より深く愛を感じる方と結ばれるのが良いとのことだった。


 シャルト・マレの厄災直後、ロッシュに抱き上げられるまでの記憶は俺にはない。ロッシュはその後、数日かけて俺を皇都まで連れて行き、この身を養ってくれると決まった皇族の家まで届けてくれた。


 そこから先は、いかにこの命を女皇陛下に捧げるかだけを教えられ、数年後にロッシュが迎えにきたあとは、女神の影の養成機関で引き続き女皇陛下のために死ぬ方法を教えられてきた。


 恋という言葉を日本語学習中に初めて知り、三角関係という言葉をセヴェリナさんに教えてもらったばかりの俺には、今の自分の立場をどうすればいいのか全く検討もつかないのだ。


 俺が悩んでいると、朝河と七澤がうちまで迎えに来てくれる。


 玄関を開け、二人と会ったとき、俺はぼんやりと七澤を見続けていたらしい。日本の夏用の民族衣装である浴衣が、とても似合っていたからだ。


「おーい、吉川! 聞こえるか? 俺の浴衣持ってきたけど、着るか?」

「お、俺が?」

「ああ。体型似てるから着れるだろうと思って持ってきたんだ。試しに着てみたらどうだ」

「おう、着てみる」


 七澤を玄関先に待たせ、家の中で朝河に浴衣を着せてもらう。前の合わせ方や帯の締めなおし方を教わり、準備万端で外に出る。


「凄い! 吉川くん、すごい! めっちゃ似合ってるよ。格好いい」


 七澤のストレートな感想に、俺の頬が赤くなる。七澤はそうするのが当然のように俺の腕をとり、歩き始めようとする。


 朝河を監視する任務については、なし崩しになくなってしまっている。


 朝河は朝河で、そんな俺と七澤の後ろを平和そうに着いてくる。もうすっかり、七澤に興味がないようだった。


「こうしてみると、吉川くんって外国人だけど日本人ぽいよね。髪もほとんど黒に近いし、瞳の色も茶色くらいだし、日本人にもいるもんね」


「そうか。馴染なじんでるなら良かった」

「でも、すっごいイケメンだけどね」


「ありがとう。で、なんだ、この距離の近さは?」

「何を今さら〜。二人の仲で〜」

「なんの仲だよ」

「ぐふふふふ……」


「お前、笑い方キモいからな。気をつけろ」

「ぐふ……。自覚はあるんだけどぉ。ぐふふふふ……」


 七澤の胸の柔らかさがわかるまで密着したので、俺は強制的に手を振り払う。


 やはり、セヴェリナさんの言うとおり、俺は七澤に性的関心を持っているようだ。それだけに、胸の柔らかさと心地よさを甘んじて受けるわけにはいかない。


「んもー、吉川くんたら、照れ屋さんなんだからぁ」

「いいから行くぞ」


 坂道を登ってしばらく歩くと、あやめが通っている横磯三つ葉中学高等学校が見えてくる。

 近隣の他の女子中高と並んで御三家と呼ばれたりもする名門女子校だ。


 まだ明るさを残した空の色ながら、様々な照明が照らす校庭はエキゾチックで神秘的な空間になっている。


 校門から中に入ると、夏用の制服を着こんだ生徒たちが、場所の案内などをしてくれる。そういえば、あやめの制服姿を見たことがない。


 俺たちは縁日のように並ぶ屋台を見て回りつつ、生徒によるガールズバンドやダンスを見ながら時間を過ごした。


 そして、俺とあやめの待ち合わせの時間になると、朝河が急に七澤の手をとりつつ俺のそばから連れ出した。


 身軽になった俺は、あやめとの待ち合わせ場所に向かう。


「あっ、吉川さん、ここです!」

 あやめの声に目をやると、夏用制服姿のあやめが手を振っていた。


「ごめん、待ったか?」

「今来たところです」

 笑顔のあやめが首を横に振りつつ言う。


 制服のリボンに目をやると、それが乗っている大きな膨らみに目がいってしまう。


 シャツが先ほどの小雨で少し濡れたようで、ブラジャーの紐が微かに透けて見えており、俺は気まずく目をそらす。


「吉川さん、浴衣似合うんですね。格好いいです。本当は吉川さんに抱きつきたい気持ちなんですけど、うちの学校、そういうのは不純異性交遊になっちゃうので……」

 あやめが顔を真っ赤にして言う。


「さ、校舎の中にも少し見世物があるんですよ」

 あやめに手招きされ、校舎内に移動する。


 床にシートが張られた廊下を進むと、和歌研究会という看板を見つける。あやめが指さして自分も参加していると教えてくれる。


 和歌研究会のブースに入ると、中には日本の民俗をよく表した印刷物がある。


「これ、日本の古い絵の写しなんです。写実的ではないですが、おもむきがあっていいという人もたくさんいるんですよ」


 そう言ったあやめは、店番をしている子に声をかける。すると、店番の子は席を離れ、部屋の中は俺とあやめの二人きりになる。


「吉川さん、大切なお話をしてもいいですか」

 あやめが顔を赤くして、汗を拭きながら俺の目を見る。

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