第18話 外務省!

 俺はロッシュと共に東京かすみせきの外務省を訪れている。この建物の一室で、九条会長、外務大臣、防衛大臣と待ち合わせているのだ。


 先に部屋に通された俺たちは、監視カメラや盗聴器の有無を軽く確認する。予想通り、両方ともしかけられている。


 ノックが聞こえ、麻布あざぶ外相が二人のSPと共に入室する。


「これは、大変お待たせしました。外務大臣の麻布清行きよゆきです。九条会長と岩場さんはもう少しかかりそうなので、先立っての鬼の襲撃についてお話を伺ってよろしいか」


「はい。もちろんです。遅れましたが、私が吉川巌きっかわいわお、こちらは吉川希きっかわまれです」

 ロッシュが堂々と返答する。


 互いに軽く挨拶あいさつと雑談を終えて、オーガ襲撃事件の話題となる。


「日本政府としては、世界間ゲートがあること、ごくまれに向こうの生物が迷い込むことがあることを発表させてもらいました。鬼の件も大ニュースですが、世界間ゲート自体も各国が注視する大事件なのですよ。ルミアス皇国としては、今回の発表をどう受け止めていらっしゃるのかな」


「はい。ルミアス政府としては、日本政府の発表を全面的に支持しています。世界間ゲートについて少しずつ、前向きに日本国民に受け入れられていくことを強く望んでいます」


「その言い方からすると、ルミアス皇国の存在も公にして構わないと聞こえますが、発表していいとお考えなのですか」


「はい。女皇陛下も、大宰相だいさいしょうも、ルミアス皇国の存在を日本国民に明らかにしてくださって構わないと思っております。魔物討伐のお手伝いについても、同時に発表してくださるものと期待します」


「なるほど。日本国民に好意的に受け止めてほしいということですな」


「はい。正に、その通りです。そして、ルミアス人が、地球人と全く同じDNAを持った隣人であることも知ってほしいところです」


 そこで扉がノックされ、九条会長と岩場門司いわばもんじ防衛大臣が入ってくる。


 改めて挨拶が交わされ、全員が席に着く。


 麻布外相が、改めて鬼襲撃事件について尋ねてくる。

「ところで、あれだけ大きい鬼が八体も現れて、ルミアス皇国側ではそれをつかめていなかったというのは、どうしてでしょうか」


 日本政府がこちらの弱みとして使ってくるだろうと予想していた通り、麻布外相はルミアスの落ち度を探しに入った。


「はい。ルミアス皇国として、世界間ゲートが発生しやすい地域をつかんでおり、そこには多数の歩哨ほしょうを配置しています。しかし、最近の傾向を見ると、その地域以外のゲートが活発になっている可能性があります」


「つまり、皇国側に落ち度と言われるほどの失敗はないとおっしゃりたいのですな」


「はい。ゲートが開いた場所がルミアス皇国以外ではないかと推測しています」


「わかりました。推測ではそうだと。では、鬼がこちらについてからの戦闘で、日本政府と地方自治体などが利用する合同庁舎の上半分が消し飛んだ件について弁明したいことはありますか」


「麻布きょう、私たちは日本政府に詰問きつもんされるために招かれたのでしょうか」

 ロッシュは表情を固くして、威厳のある声で問い返す。


「麻布大臣」

 九条会長が穏やかな声で外相を見る。


「彼らの力があってこそ、被害が抑えられたのはご存知のはずです。彼らがいなくて、警察と自衛隊に任せていたらどうなっていたでしょうか。ここは、互いに前向きな場である必要があるとは思いませんか、麻布さん」


「ぬぬ……いえ、九条会長。そうですね」

 麻布外相は少し悔しそうに口をつぐむ。


「この会談で取り決めておくべきは、二つ。ルミアス皇国には可能な限り一般に知られる前に魔物事件を解決してもらうこと。もうひとつは、昨夜のように衆目しゅうもくにさらされてしまう事態になったときに、いかに情報漏洩ろうえいを防ぎつつ魔物を駆除するかのノウハウを学ぶこと」


「まったく、その通りだ。我々の自衛隊で対処できることはしておく必要がある」

 岩場防衛相が九条会長に同意する。


「ルミアスとしては、魔法の存在は自衛官にも隠しておきたいのですが」

 ロッシュが大切なことだと強調する。


「せっかく同じ人間なのに、魔法が使えるとなると、ルミアス人を化け物と感じる人が多くなるでしょう。両国の友好にプラスに働くとは思えません」


「しかし、昨日の映像を見る限り、強力な魔法の力無しで化け物を倒せるでしょうか」

 麻布外相が疑うような目でこちらを見る。


「マレ、魔法と地球の兵器の特徴をお伝えしてくれ」


「はい。魔法は強力な武器になりますが、その使い手は天性の才能があるものに限られ、適切で非常に長い訓練を積んで始めて役に立ちます。一方で自衛隊の兵器は数年学べば習熟できて、使える人間も兵器も多く、しかも高度な魔導師と同じ威力を持っています。自衛隊の力を正しく評価して戦術を作れば、非常に強力な対魔物戦力になるかと」


「なるほどな。我々の現代兵器だけでも魔物は充分に駆逐くちくできるということか」


 その後は、魔物の索敵のためのレーダーの共同開発や、対魔物専用混成旅団の整備などが議題に上がる。


 マスコミ対応や相互技術移転を含め、これまで曖昧あいまいになっていた部分が制度化に向けて大きく前進した。


 会談が終わったとき、すでに夜になっており、俺はロッシュの運転する車に乗ろうとした。しかし、そこで九条会長に声をかけられる。


「帰る場所は同じなんだ。希くん、少し話さないか」

「はい。そうさせてもらいます」


 俺は九条会長のリムジンに乗り込む。運転席は厚いガラスで仕切られており、秘密の会話が可能だと九条会長は笑った。


「最近、あやめの機嫌が見るからに良くなってるんだ。同世代の友達を作るのが苦手な子だったんだが、君や七澤さんと友達になれて喜んでいるようだ」


「こちらこそ、あやめさんにはいろんな仕事を手伝ってもらっていて、すごく助かります」


「ふふふ。本当に喜んでやっているみたいだ。さて、希くん、ここから大人の事情も含めた話になるのだけど、心の準備をしてくれないか」


「は、はい。なんでしょうか」


「なんてこともない。あやめの許嫁いいなずけになってくれないか?」

「あ……。そっち方面でしたか」


「ふふ、そっち方面だ。君も祖国でなら成人している年齢だよね」

「はい。向こうは十五で成人です」


「仕事がら、政略結婚などもいろいろ見てきたのでは?」

「はい……、まぁ……」


「私は九条家とルミアスに強いパイプが欲しい。家柄に関わらずルミアス政府の信任が厚い君が九条家の人間になることがとてもいいアイデアだと思っている」


「あ……、あの。ご存知かと思いますが、私は魔物災害で生き残った孤児です。血筋もわからず、魔物のような強大な力を気味悪がられている存在なんです。そんな人間が、由緒正ゆいしょただしい九条家に相応しいはずがありません」


「それでこそ、だよ。希くん。九条家は品のいい貴族の二男坊を迎えて、ルミアス政府の高官に取り入りたいわけじゃない。実力重視で合理的な存在に思われたい。もちろん、君の答えによっては良家のボンボンをあやめにつけることになる。どう思う」


 希は黙り込む。難しい質問だ。


「おそらく、あやめのことを憎からず思ってくれているんだろう。血筋だけの馬鹿男のものにするくらいならって、私なら思うよ」


 九条会長は楽しそうな笑顔を向けてくる。

「まぁ、すぐにどうにかしないといけないことでもない。九条には、今は少し距離を取っているが、別館に長男もいる。二番目の子の夫なら、気楽なものさ。ゆっくりでいいから、前向きに考えてくれたら嬉しい」


 その後は、何気ない世間話をして、家の前に下ろしてもらう。俺は走り去るリムジンに向かってお辞儀をしつつ、九条会長の考えを理解しようと必死に考えていた。

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