第17話 鬼盗伐!
俺が現場付近に駆けつけると、空に警察や報道のヘリコプターが幾つも飛んでいて、地上ではパトカーで駆けつけたのだろう警察官が慌ててバリケードを作ろうとしている。
――人が多すぎる。
いくら迷彩魔法を使っているからといって、完全に不可視になるわけではない。しかも、戦闘などしてしまえば、明らかに不自然な動きを見られてしまうだろう。
どう殺すか。
平和だった横磯の街を破壊している鬼たちに憎しみが湧く。
――貴様らはいつも、奪う、壊す、
俺は急速に鬼と警察による戦域を離れていく。鬼共を必ず皆殺しにする。一切の容赦なく。
◆
ロッシュたち居残り組は、魔導館に設置したテレビを通して状況を見守っている。
八体もの鬼が、横磯の街を
現時点で警察が対処しているが、間もなく県知事の出動要請を受けた自衛隊も戦列に加わる見込みらしい。
「自衛隊か。かなりの大事になったな。これを機に異世界の存在を発表せざるをえなくなるかもしれん」
「吉川さん、大丈夫でしょうか」
セヴェリナと共に駆けつけたあやめは、吉川を心配していう。
「マレのことだから、何かしら考えると思う。ただ、面倒臭い状況なのは確かね」
ファナが通信機器を操作しつつ答える。
ロッシュとセヴェリナは、海外出張中の九条や、異世界の存在を知る政治家たちと連絡を取り合っている。
ファナは修理して使えるようになったばかりの旧型通信機を使い、ルミアス本国へ状況を報せつつ、今回の鬼についての問い合わせを行っている。
鬼八体ともなれば、転移前にルミアスの方でも目撃情報なり世界間ゲートの兆候なりがあったはずだという考えからだという。
あやめは報道を見ながら、大きな動きがあればロッシュやセヴェリナに伝える役割を担っている。
鬼の一体が金棒を振り上げ、警察が築いたバリケードを壊そうとする。
周囲に残っていた警察官たちが慌てて後退している。
そのとき、光の矢のようなものが鬼の心臓あたりを貫いた。悲鳴をあげ、鬼が仰向けに倒れる。胸の穴から大量の血液が噴き出している。
ヘリコプターから実況をしている男性キャスターが、興奮して自衛隊の新兵器だろうかとまくしたてる。
続いて、少し違う角度からきた光の矢が別の鬼の頭部を焼き消す。またもや大量の出血と共に、鬼の身体が崩れ落ちる。
キャスターはまた大声でレーザー兵器のようなものが鬼を倒したと繰り返す。
違う角度から発射される光の矢によって、鬼が一体ずつ仕留められていく。
残りが三体になったところで、キャスターが陸上自衛隊の戦車の到着を告げる。
一気に走り出した鬼たちが、戦車部隊に向けて突進していく。
また光の矢が一閃すると、先頭の鬼が倒れ、後ろの鬼がそれに
鬼が悔しそうに倒れる。三番手の鬼は流れ弾を避けつつ走り続け、戦車隊の目前まで迫る。
慌てた戦車が後退しようとして、後続車両にぶつかり動けなくなる。
金棒が振り上げられた瞬間に、横から現れた光が、鬼の肩より上と、合同庁舎の上階を吹き飛ばす。
「今、至近距離から放たれたレーザー兵器のようなものが、凄まじい威力で自衛隊員たちを守りました……いえ、その方向には何もありません。ひ、とかげ、でしょうか、スカートをはいた女性……少女のようなシルエットだけが見えます。――パイロットさん、高度下げられる? 暗がりの中、少女のような人影が微かに見えます。まさか、あの少女が光の矢すべてを放ったのでしょうか?」
「あれ、楓花ちゃん? 大変です、楓花ちゃんが顔バレしそうです」
「なんだって!?」
ロッシュが大慌てでテレビ画面に食らいつく。
しかし、その瞬間、黒い影がテレビ画面を右から左へ通り抜ける。おそらく、充分に注視しても画像の乱れと判別がつかないほどの速さだ。
「ヘリコプターは徐々に少女の近くへ降りていきます。この辺りに、少女の人影があったようですが、現在は誰も見当たりません。正体不明の光の矢と、それを放った可能性のある少女の人影は謎のままです。――パイロットさん、可能な限りの低空飛行で辺りを回ってください。このあとも謎の光の矢と少女を捜索します」
◆
俺は七澤を抱えて跳びながら、内心で大きなため息をつく。
「グフフ、お姫様だっこ」
「そのキモい笑い方やめろ」
「キモいって、ひどぉい〜」
「七澤、あとさき考えずに人が多い場所で魔法試すなよ」
「だって、自衛隊の人がピンチだったんだもん」
俺は周囲にバレないよう少しずつ移動しながら魔法狙撃をした。そのために、自衛官の犠牲者が出かねない状況になったのは確かだ。
七澤がとっさに放った魔法のおかげで、犠牲者を減らせたといってよい。
しかし、その代償として、七澤が魔法を使えることを世間に知られるリスクが高く、とっさにフォローに入った俺にもリスクはある。
「目の前の命を助けたい気持ちはよくわかるが、自分が魔法を使える人間だとバレたら、その後の活動に取り返しのつかない影響が出るんだ。なにも考えずに助けてりゃいい話じゃないんだぞ」
「そんなの、わかんないよ!」
「わかんないなら、魔法を使うな」
「でも、助けられなかったら、吉川くんが後悔したでしょ」
俺が後悔?
俺は、単に魔物である鬼が憎くて戦った。日本の、それも軍人の犠牲者など、気にしてはいなかった。
もし、自衛官に犠牲が出たとして、俺は後悔をしただろうか。
「吉川くんは優しいもん。犠牲者が出たら、後悔するよ」
七澤がそう被せて言ってくる。
もしかしたら、そうかもしれない。しかし、俺はエージェントとして、ルミアスの国益を、女皇陛下の利益を第一に考えてきた。
最近になって、魔物を駆逐したいと考え始めたのも、それが女皇陛下のためにもなるからだ。
日本人が生きようが、死のうが、俺には関係のない話のはずだ。
俺は何も答えられず、七澤もそれ以上は何も言わない。
皆が待っているはずの魔導館にたどり着き、七澤を下ろす。
ここからは、事後処理の段階に入る。日本の公式発表への干渉や、マスコミ報道への適切な規制、俺と七澤の身元確定に繋がる情報のコントロールなど、やることは多い。
「おー、帰ってきたか。お疲れ」
魔導館全体に、ロッシュの太い声が響く。
「心配してるかもしれんが、楓花ちゃんもマレもカメラにはっきりとは映ってなかったそうだ。詳しくは、あやめちゃんがしっかり観てたから聞いてみるといい」
「吉川さん、楓花ちゃん、お帰りなさい。いろんな局の報道をチェックしたけど、どこも二人をはっきりとは撮れなかったみたい」
「そうか。ありがとう、あやめ」
「あやめちゃん、手伝いしてるの? 私も手伝いしたい」
「七澤、お前は……。手伝いの前にリスキーなことをするのをやめてほしい」
不満そうな七澤を無視して、ロッシュが何か言うかとそちらに目をやる。
「おそらく、九条会長に頼めば、これ以上の情報を報道しないよう動いてくれるだろう。でも、七澤さん、身バレするような行動は、これを最初で最後にしてくれよ」
「はーい」
「お前ナァ、次があったら、協力者から除外だ。それでいいな、ロッシュ」
「そうだな。それくらい、深刻なミスだよ、七澤さん。鬼の後ろのビルも半分けしちゃったしな」
「わかりましたってば……」
俺はしょげている七澤を放っておいて、異世界に詳しい政治家との電話工作の結果に目を通す。
一度、九条会長を交えて外務大臣と防衛大臣に面会するという決定事項を見つける。
「ロッシュ、いよいよだな。俺も行った方がいいか」
「ああ。魔物退治については、ウチが恩を売っている状況だ。お前の口から魔物の厄介さを話してほしい」
政府高官との面会を控え、勉強しなければいけないことも多そうだ。
「頼んだぞ、マレ」
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