第13話 魔導館!

 開かれた鉄扉てっぴの向こうには、ステンドグラスで色のついた薄暗い玄関がある。


 定期的に掃除をしているのか、ほこりっぽさはあまりない。九条氏について靴を脱ぎ中に入ったとき、靴下に埃がつくこともなかった。


 全員スリッパに履き替えて、九条氏は玄関奥の扉を開ける。ついて入ると、物置小屋のような空間に、様々な魔導具らしき機材が置かれている。


「これは私の祖父がルミアス皇国との交易で手に入れた品々なんだ」

「祖父……おじい様がですか」


「ああ。祖父はいわゆる異世界転移をしてルミアスに行き、戻ってきた。祖父の代には交易がかなり活発だったようだ」


「古い時代にも、日本とルミアスには繋がりがあったんですね……しかし、なぜ魔道具が……」


「祖父は自分のことを、魔導師だと言っていた。異世界で魔法使いの力を手に入れたと」


 日本からの転移者について、ファナが作ってくれた資料を読んだことがある。以前から数年にひとり、日本からルミアスに迷い込む人間がいるというものだ。


 しかし、その詳細については記録が残されておらず、役に立ちそうな情報は隠蔽いんぺいされているように感じられた。


 ルミアスで見つかった資料はすべて地方行政機関の書類で、異邦人が見つかったので皇都に報告したといった形式ばかりだった。


 おそらく、異世界人が見つかり次第皇都に招き、以後は情報の拡散を防いでいたのだろう。


「二階もあるんだ。行こう」

 九条氏について階段を上がる。二階には大きな書棚があり、無数のファイルが並べられている。


「これは祖父の日記を整理したものだ。興味深い記述や、詳細をわざとぼかしたような内容もある。おいおい、君にも読んでもらいたい」


「こんなにたくさんあるんですね。ところで、どうして今はルミアスとの交易をしていないんですか」


「父の方針だよ。僕の代になってからも、父がしっかり目を光らせていて、ルミアスとの繋がりを持たないようにさせられていた」


「それは、何故ですか」


「おそらく、何かしらのリスクを感じていたんじゃないかと思うんだが。詳しくは、最後まで教えてもらえなかった」


「リスク……」


「その点については、今後、互いの情報をすり合わせて調べられればいいと思っている。吉川くん、君は、ルミアス皇国の命令でさっきの人たちとこちらに来たんだろう?」


「はい。おおむねね、ご想像の通りです」


「うん。――こっちには、現代日本のコンピューターに似た機械もあるんだ」


 九条氏が指さす先には、ガラス製の画面や、キーボードなどが付属した大型の機械が置かれている。


 それについては旧型の通信機器だとわかっていた。しかし、今それについて九条氏に伝えていいかは、俺が判断できることではない。


 全ては、日本責任者のロッシュと本国とで検討して決めることだ。


「こちらには、祖父が独自に研究した魔導学の応用研究の資料が山ほどある。これは魔法に関連した鉱物試料、更に上の階には、天体観測用の機材があり、その上は天文台になっている」


「凄い施設ですね」


「ああ。加えて、そこに後付けしたエレベーターで、麓にある屋敷まで繋がっているんだ。君たちがよければ、その屋敷とここを合わせて使ってもらって構わない」


「それは、素晴らしい提案です。しかし、何故そこまで肩入れしてくださるんですか」


 九条氏は手近にあった椅子を三脚ならべ、俺とセヴェリナさんを座らせ、自らも腰掛けた。


「ぜひ、君の上司に伝えて欲しいのだが、私はルミアスとの交易を再開したいと考えている。その利益を九条で独占したいということだ。そして、祖父が目指したであろう魔導学と科学の融合を実現させていきたい。そのため、君たちを保護し、ここにある全ての資料を利用して自由に使って欲しい。更には、セヴェリナを君たちの助手として働かせたい」


「九条さんがおっしゃることは、わかりました。上司にありのままを報告します」


「すまないね。上司の方の判断に関わらず、あやめとは仲良くしてやって欲しい。資料を見るくらいなら、いつでもここに来て構わないから」


「はい。ありがとうございます」


 しばらく魔導館を見学させてもらったあと、朝河たちと合流して高級そうなランチをご馳走になる。しばらくの後、車でそれぞれの家まで送ってもらって、その日のお呼ばれは終了した。



 俺が帰宅すると、ロッシュとファナが興味津々といった様子で待ち構えていた。


「ねぇ、どうだった? 九条さんと仲良くなれた?」

「ああ。ロッシュへの伝言を預かってきた」


 俺は九条氏の狙いと、想定している我々への支援についてロッシュに伝える。魔導館の話になると、二人とも目を輝かせて話を聞いていた。


「なるほど。アジトの提供と魔導館の利用を条件に、交易の再開とその独占、魔導研究の成果を共有することが狙いなんだな」


「ああ。俺にはそれが釣り合ってる条件なのかわからないから、全て保留にしてある」


 ロッシュは大きくうなずきながら腕を組む。しばらく考えた後に、納得したようにまた大きく頷く。


「本国からは、おそらくゴーサインが来るだろう。利益は大きそうだし、向こうの狙いがはっきりしているのは好ましい」


 そう言ったロッシュは、ファナと俺を交互に見ながら続ける。


「急いで報告と提案を仕上げることにする。緊急のミグレ便はすぐに用意できるか?」

「ああ。問題ない」

「緊急時にいつでも使える体制になってるわ」


 俺はさっそくミグレを喚びだし、ロッシュが書いた提案書を足に縛り付ける。


「じゃあ、マレ、女神の影宿直室をイメージして」

「ああ」


 ミグレが消える。

 そして、すぐに喚び戻す。


「宿直官の受領証だ。あとは、返したミグレを明日の定時に喚び戻すだけだな」



 翌日の夕方、ミグレ便を召喚するとロッシュの提案への返答がなされた。


 それは九条さんの提案に乗るというものだけではなく、国交樹立のための交渉や魔物除去作業への協力なども求めるものだった。


 俺は九条氏に連絡をして改めてロッシュを紹介し、二人が直接連絡し合えるようにとりはかった。


 協議が進む間にも、魔物の出現状況は微増傾向にあり、ゴブリンの群れを五つ、コボルトの群れを三つ、人狼族を四人討伐した。


 ロッシュは堅実に交渉を進め、俺たち高校生組が夏休みに入る直前には、九条家と女神の影日本支部との協力体制が完成した。


 ロッシュとファナと俺は九条家で用意した館に住むことになり、引っ越しもした。


 頼りになる協力者を得て、日本におけるルミアス皇国の活動は活発化されるだろう。


 夏休みに入り、魔導館での研究も本格化しつつある頃、ファナの申し出で海に遊びにいくことになる。


 メンバーは引率者ファナ、俺、朝河、七澤、あやめ、セヴェリナさんの合わせて六人で、二浦海岸で宿もとって泊まりがけでいく計画だ。


 女性陣はあらかじめ水着を買うために一緒に出かけ、何やら異様な結束力を発揮している。


 俺と朝河も適当な水着を買いに出かけたものの、朝河にはもう七澤を振り向かせる気力はないそうで、女性陣とは全く違うのんびりモードで当日まで過ごした。


 九条家のキャンピングカーを借りて、ドライバーはファナとセヴェリナさんの二人、俺と朝河は車中で寝るつもり、七澤とあやめは移動中にゲームをやるつもりで張り切っている。


 夏の強い陽射しをキャンピングカーの窓越しに浴びながら、二浦海岸海水浴場に向けて出発するのだった。

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