夏休みと吉川くん

第12話 大豪邸!

 朝河が全員の家を知っていたので、九条宗光むねみつ氏の車は、まずは朝河の家に行き、朝河の案内で七澤を乗せ、最後にうちに回って来るとのことだった。


 家の前でロッシュ、ファナ、俺の三人で待っていると、角から大きな黒塗りの車が姿を現した。


 その堂々とした車体が家の前に止まり、中から長身の男性と小柄な少女が現れる。


「吉川さん、こんにちは。こちらは、父の宗光です」


 今日は眼鏡をつけていない九条あやめさんは、青みがかったストレートの髪を大きなリボンで後ろに縛り、品の良い白のブラウスと紺色のふわりとしたスカートがとても良く似合っている。


 紹介を受けた男性は、白いカジュアルなワイシャツに紺色のベストを重ね、ブランドものと思しきグレーパンツがよく似合っている。


 頭には上品なメッシュが入っている。


「九条宗光です。昨日は娘を助けていただき、ありがとうございました」

 低く威厳のある声に、緊張する。


「いえ、助けると言うほどのことは。当然のことをしたまでです。改めて、吉川希きっかわまれと申します。こちらは父のいわお、こちらは姉のはなです」


 ロッシュとファナが九条宗光氏に挨拶あいさつをする。その合間に、ファナが小声で話しかけてくる。


「あやめさん、とっても美人じゃない。中にいる子も、七澤さん? あの子も美人ね。なんで希があんな子たちにもてるの?」


 俺にそれを言われても知らない。ファナに脇腹をつつかれるのがウザイ。


「今日は急だったのに時間をくれてありがとう。あやめとより親しくしてもらえたらと思ってね。さあ、乗りたまえ」


 車中では、ガチガチに緊張した朝河と七澤が俺を待っていた。


 車が出発すると、ロッシュとファナが満面の笑みで手を振っている。俺に大役を押し付けて、気楽なやつらめ。


 九条邸に向かう車中では、宗光氏は比較的前方に陣取り、タブレットで資料か何かを見ている。


 おそらく、車の中では子供たち同士会話しやすいようにとの気遣いもあってのことだろう。


 後ろ寄りの席で、九条さんが中心になって色々な話をして過ごす。


 九条さんは、本当に頭の回転が早くて、物知りで、話の切り出し方、切り込み方も豊富で、席がなごむ。

 育ちの良さという言葉は、彼女のためにあるような気がする。


 ちなみに、朝河は九条さんが九条グループの令嬢だとは知らず、眼鏡を外すと文句なしの美少女であることも初めて知ったようだ。


 七澤の前髪の件もそうだが、見る目なさ過ぎな気がする。なかなかイケメンなのに、何か足りない。まぁ、だからこそ、俺には親しみやすいのだが。


 横磯の街を縦断じゅうだんし、山手の高級住宅街のど真ん中に、昨日九条さんを送ってきた研修棟がある。


 家族三人の一般的な暮らしを経験するための施設だそうで。これだけで充分、大企業の社長さんの家って感じなのだが。

 今日はその奥に続く道を登っていく。


 山の上には、ヨーロッパの居住用の城を思わせる大豪邸が控えていた。


 車止めの先に執事やメイドが並んでいて、いらっしゃいませと深々と挨拶を受ける。

 門扉もんぴを開けてもらい、赤い絨毯じゅうたんの上を通って大きな門をくぐり、広々とした客間に通される。


 これまでも、ルミアスの大貴族や皇族の屋敷に出入りしたことはあるが、大抵は財力や権力を誇示しようという見栄ばかり全面に出て品の欠片かけらもなかった。


 一方で、ここは殊更なおさらに高価そうな物を見せびらかさない。しかし、椅子やテーブル、細かな調度品どれひとつとっても客人がくつろぐために細心の注意と心遣いが張り巡らされているところが、実に洗練されている。


 ルミアスでここに匹敵する場所は、女皇陛下の宮殿くらいだろう。


「改めて、昨日はあやめを助けてくれてありがとう。後で詳しい事情を話すつもりだが、君の活躍はよく把握している」


 俺は「把握している」という表現がとても気にかかる。


 会話はスムーズに進み、野丸学園高校の様子や、朝河とあやめさんの昔話など、当たりさわりのない話がテンポ良く進む。


「さて、私はビジネスマンなので、そろそろ本題の話をしたい。あやめ、吉川君との話は父さんに任せて、お二人の相手を頼む。グループ企業の紹介をする部屋が色々楽しめるだろうから、しっかりおもてなししてくれるか」


「わかりました。お父様」

 あやめさんはこちらにチラリと笑顔を見せ、立ち上がって朝河と七澤を誘う。


「では、吉川くん、君は私についてきてくれるかな」

「はい」


 広い邸内を九条宗光氏に案内されつつ歩いていく。


 戦後すぐに、進駐軍の接待を目的に建てられた本館は、時代に応じて様々な改修を施しつつも、古い時代の雰囲気を壊さないよう細心の注意をはらっているのだという。


 九条氏の大きな背中越しに、広大な庭が見えてくる。


 小山の頂点をならした敷地の外周は鬱蒼うっそうしげる森になっており、その内側は水路が張り巡らされた西洋風の庭園になっている。


 正面にもう一つ立派な館が一つと、右手に西洋の砦を思わせる建物内が見える。


「正面のは別館で、今は前妻との間に出来た息子に任せている。右手の建物が、今日の本題だ。魔導館、という」

「魔導館……」


 魔導館に向かう通路上に、赤い髪を後ろに束ねた長身の女性がいる。


 女性用のタキシードだろうか、華奢きゃしゃな身体のラインが良く出た正装をし、引き締まった表情でこちらを見ている。


 印象的な灰色の瞳が、油断なくこちらを見ている。


「吉川くん、彼女はセヴェリナ=バルバリッチ。九条家の私的な警護などをお願いしている人物だ」


「吉川希殿。面と向かってお会いするのは初めてになります。昨日はあやめお嬢様を助けていただき、本当にありがとうございました」

 丁寧に頭を下げられる。


「面と向かっては初めて、ということは、昨日はどこかから俺達を監視していたということですか」


「吉川くん、悪く思わないでくれ。あやめには自由に行動させてやりたいが、一方で、立場上警護もなしで歩き回らせる訳にもいかない。君達の邪魔にならないように、少し離れて見守っていたと解釈してもらえたら助かる」


「事情は了承しました」


 俺の立場からすると、離れて監視されるのは非常に嫌らしいことだが、九条家からすれば娘の自由と安全を両立するために仕方ないことなのだろうと頭では理解できる。


「ありがとう。では、魔導館に向かいながら話そう」


 九条氏が先頭、俺がそれに続き、セヴェリナと紹介された女性が後に続く。


「吉川君、セヴェリナは、一般的なボディーガードとしてのスキル以外に、宗教団体から切り離された独自の方法で除霊等を行うエクソシストのスキルを持っている。昨日、彼女をあやめに付けたのは、コズミック・ワールドで七人の若者が行方不明になっている事件があったから、その警戒のためだったんだ」


 エクソシスト。この世界でも、悪魔に取りかれた人間の除霊をする存在がいることは把握している。


 しかし、俺が知っているのは大きな宗教団体が公認している組織の情報程度で、彼等は非常に簡単な除霊しかしていないのだと思っていた。


 独自の除霊方法となると、光魔法のようなものを、使えるということだろうか。


「私は、遊園地から道路を挟んだビルの上で、皆さんの様子を見ていました。いざとなれば、いつでも駆けつけて、お嬢様を助けられる自信を持っていた。ところが、突然襲ってきた違和感、私のいる場所と、道を挟んだだけの遊園地の空間が、途轍とてつもなく離れた場所に切り離されたような感触があったのです」


 領域結界の魔法。結界内と結界外の干渉を防ぎ、術が解かれるまでは結界外に偽りの姿を見せ続ける大型魔法だ。


 結界が生きている限り、結界外から中に入ろうとしても様々な不思議な感覚にさいなまれて、中に入ることは出来ない。


 しかし、普通の人間なら、領域結界が張られたことに気づくこともない。

 セヴェリナさんという女性は、何かしら特別な感覚を持っているのかも知れない。


「私は焦って、遊園地に向かおうとしましたが、何故か遊園地の前の歩道を行ったり来たりしていたことに気づきました。呪いか何かの悪い力が働いているのかと思い、幻影を振り払う術を何度も試しました。結局、入ることは出来なかった。しかし、辛うじて、中で起きていることを見ることが出来たのです。吉川殿、貴方が魔女の亡霊と対峙たいじしているところを」


 俺は慎重に次に来る言葉を予想し、自分の言うべきことを考える。まさか、ナディシュの張った領域結界の中を外側から見られる人間がいるとは。


 タリアの魔法使いでも中々出来ることではない。地球の側の人間にそれが出来るとは、全くの想定外だった。


「貴方が魔女の亡霊を追い払った後、遊園地内の全ての人間を眠らせ、安全確保をした後、全ての人間を起こし、不思議な呪いを解除したところまで、全て見させてもらいました。まるで、神の奇蹟を見ている心地だった。貴方の力に戦慄せんりつし、貴方がどこの誰なのか、強い興味を抱いた」


 魔導館を前に、俺達は立ち止まった。振り返り、セヴェリナさんの目を見る。真摯しんしなグレーの瞳が、真っ直ぐにこちらに向いている。


「吉川君も、いきなりその興味に答えるのは難しいだろう。セヴェリナ、君の疑問のヒントが、この中にあると思う。そして、吉川君がこの世界でどう生きるかのヒントも、きっとここにある」


 九条氏は鉄扉てっぴの鍵を、大きな音を立てて開ける。


「さあ、ここが九条家最大の秘密が眠る場所。魔導館だ」

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