第14話 吸血鬼!?
結局、車内で押し切られて
「せっかくだから、罰ゲームかなにかやろうよ」
七澤が余計なことを思いつく。
「それいいね。罰に限らず、一番で上がった人間が、指名した相手とデートするなんてどうかな?」
あやめが楽しそうに話に乗ってきた。七澤は露骨に俺の顔を見てから、それいいね、と目を輝かせる。
「吉川くんと朝河くんも頑張ってね」
あやめは眼鏡をかけているが、以前のような表情を隠すほどのぶ厚い眼鏡ではない。大きな目をより引き立てており、魅力的である。
爺抜きと多少ルールが異なるが、ルミアスにも似たようなカードゲームは存在する。そして、俺たち諜報員は勝つも負けるも自由にできるよう訓練されている。
案外、貴族や王族のような感覚がおかしい人間相手だと、こんなカードゲームの結果次第で戦争をしたり戦争を止めたりできるものなのだ。
そんな俺が日本の普通の高校生相手に負けるはずはなく、余裕で一抜けすることに成功する。
しかし、俺はすぐにそれを後悔することになる。
「どっちとデートしたい?」
七澤が真剣すぎて怖い。
「私と、楓花ちゃんのどっちを選ぶんですか?」
あやめはそれとなく豊かな胸を寄せて、アピールしているようだ。
「ええ!? 俺は別にデートとかは……」
「吉川さん、そんなノリの悪さは許されませんよ。しっかり選んでください」
「え〜〜、うーん。じゃ、ジャンケンで勝った方と!」
逃げた。俺、超絶わかりやすく逃げた!
不満だろうと二人を見ると、真剣な表情でジャンケンを始めている。そして、壮絶なまでにあいこばかりが続いている。
「絶対負けないから!」
「私だって、負けるわけにはいきません」
窓枠に肘をついて外を見ていると、長い高速道路の整備具合に感心してしまう。
日本は、この高速道路網なり、鉄道網なりが国土に張り巡らされていて、誰もが目的に応じて自由に移動している。
ルミアスにも馬車通りくらいはあるが、敷石で固められているのは都市部に限られている。
やはり、日本という国は途方もなく巨大な国だと思う。この国との友好関係は、ルミアス皇国にとってかなり重要なものとなるだろう。
「やった! 勝った。私が勝ったよ、吉川くん」
七澤の大きな声に振り向くと、ガッツポーズをする七澤と、膝から崩れ落ちたあやめの姿が目に入る。
「まだやってたのかよ……」
「当たり前でしょ。ヤッホー! 吉川くんとデート!」
「あやめは、また今度な」
俺がフォローすると、目を輝かせたあやめが力強く
「もうちょっとで着きそうだな」
朝河が窓の外を眺めている。
「あれ? 朝河いたんだ」
「おいおい、それは
泣きそうな顔の朝河を見て、七澤とあやめが楽しそうに笑った。
◆
ホテルの駐車場に着き、男女入れ替えつつ水着に着がえる。時間的に、海の家で昼食をとることになった。
砂浜までの道を歩く途中、
比較的のどかな風景に感じられるが、その中に潜んでいる不穏な空気に、嫌な予感を覚える。
「吉川くん、なんか、変な感じがするよね、ここ」
七澤の声に振り向くと、心配そうにこちらを見ていた。
「何か、感じるのか」
「うーん。ゲリラ豪雨の前の冷たい風みたいな……よくわからないけど」
七澤によると、ナディシュに身体を乗っ取られて以降、以前より感覚が鋭敏になった気がするらしい。
そして、ファナの指導で簡単な魔法を使えるようになったことが確認されている。
ルミアス皇国でも屈指の魔法使いだったナディシュと触れ合うことで、七澤に眠っていた魔法の才能が開花しつつあるのではないかとファナは言った。
しかし、同時にそれは、知らなければ良かったトラブルに関わってしまうリスクを広げることでもある。
例えば、俺がどこかで魔物退治をしているとき、七澤が様子を見に来て巻き込まれるといったケースだ。
中途半端な力なら、ない方がいい。そのことを七澤に伝えるも、なかなか本人には届かない。
むしろ、俺を助けたいと張り切ってしまっているくらいだ。
今回の小旅行で改めて説得しようと思っていたが、少し怖い目にあってもいいかもしれない。
海の家に到着して焼きそばを食べながら、俺は他の客の様子に気を配っている。
困っている人間はいないか、怪しい動作の者はいないか、注意深く観察する。
先ほどの禍々しい空気は、この砂浜にまで届いている。ごった返す砂浜のどこかに、人の姿を模した魔物が紛れている確率は高そうだ。
「吉川くん、まださっきの気にしてるの?」
「ああ。被害者が少ないうちに見つけられるに越したことはない」
「そうだね……。食べ終わったら、海に入る前にデートすることにして、辺りを調べてみるというのはどう?」
「七澤はそれでいいのか」
「私は、吉川くんの役に立ちたいから」
「それはありがたいが……」
「ねえ。吉川くんは、どうしてそんなに魔物が嫌いなの」
「別に。駆除するのが任務だから」
「そうなのかな。今まで、魔物を前にした吉川くんをみると、すごく怖い顔をしてたよ。魔物を憎んでるんでしょ」
「そうか? まぁ、そうかもな。俺が物心ついたときには、俺の生まれた街は廃墟になっていた。魔物に襲われたらしい。そして、俺だけが奇跡的に助かったんだ。そんなことがあったから、憎いのかもしれない」
俺は目の前の焼きそばをかき込む。自分が魔物に対して憎しみを抱いていることなど、考えたこともなかった。
しかし、実際には七澤の言うように、魔物を憎んでいるのかもしれない。ひたすら自分についてまわるシャルト・マレの厄災という伝説、そして、自らが唯一の生存者であることを忌むべきものとしているのは、自分なのか。
俺がふと視線を上げると、七澤とあやめが目に涙を一杯に溜めてこちらを見ていた。
「吉川くん、そうだったんだね」
「そんな過去を乗り越えて……吉川さん、すごいです」
「いや、別に……。その、大袈裟なことじゃ……」
俺は泣き出した二人を見て、罪悪感を覚える。俺の過去は、あくまで俺のものだ。二人を巻き込むつもりはない。
「ごめん、一番苦しいのは吉川くんなのに」
「そうですね、私たちがこんなじゃ、励ましにもならないですね」
「俺は大丈夫だ。つまらない話をして悪かった」
「私は、いつでも吉川くんの味方だよ」
「私もです、吉川さん。出来ることがあればいつでも
俺は焼きそばをかき込んで、呑みこなす。そして、立ち上がる。
「俺はちょっと様子を見てくる。七澤、悪いがみんなと待っててくれ」
「わかった。気をつけてね」
「ああ」
俺は砂浜の人ごみの中に出て、感覚を研ぎ澄ます。異物の、異形の存在を探す。きっとこの中に、人の姿で紛れているはずだ。
しばらく歩いていると、闇の気配をやや感じる集団がいる。しかし、確実に魔物の気配かどうかは確信が持てない。
――この感じ……。経験があるあいまいな反応に俺はため息をつく。人間に溶け込むのが非常にうまい魔物。いや、文明生活にも完全に溶け込める奴らは、魔人といってよい。
吸血鬼。もっとも人間の生活に肉薄できる魔人だ。人類との、交配もまじえた、共生とまで言いうる歴史の長さが、人間と吸血鬼との判別を困難にしている。
「あの、赤い水着の女の人」
耳元の
「しっ、静かに」
俺は七澤を黙らせる。
吸血鬼の聴力は、人間を遥かに超えている。もし聞かれれば、七澤の身に危険が降りかかる。
俺はそれとなく、赤い水着の女に目をやる。
その尋常ならぬ美しさは、確かに
俺は七澤の手を取り、赤い水着の女から距離をとる。女は、俺たちに気づいてか気付かずにか、三人の男を引き連れて砂浜から離れようとしている。
俺は
「助かった。だが、すごく危険だ。皆の所まで一人でいけるか?」
七澤は黙って頷く。
「俺は、めちゃくちゃに強い。俺に危険はないから、七澤は安全な場所で待っていてくれるか?」
「でも、吉川くん、気配を感じるのに苦労してたでしょ」
「確かにそうだが、もう大丈夫だ」
俺は七澤の肩をつかみ、皆のいる方向へ少しだけ押しやる。そして、赤い水着の女を見失わないよう歩き始める。
しばらくして、俺はため息をつく。
明らかに、七澤の気配が俺をつけてきている。
「なるようになれ、か……」
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