第8話 幽霊屋敷!

 女のゴーストが、ゴンドラの中に入り込もうとしているのか周りをぐるぐる回っている。


 立て続けに至る所から悲鳴が上がり、他のゴンドラでも同様の事態が起きていることを知る。


「ひ、ひぃ、きっ、吉川さん!? こっちにも!」

 俺たちのゴンドラにもゴーストが現れて、隙間を探して外壁をいじっている。


 目撃者の管理が面倒そうだが、これは緊急を要する。


「九条さん、俺は外に出るけど、扉を閉めて大人しく待っていて。必ず助けるから」

 そう言うと俺は扉を蹴破けやぶる。


 それに反応したゴーストがそこから侵入しようとしたため、九条さんが絶叫する。


 俺は右手を上げて素早く光の矢を形成し、ゴーストを撃ち抜く。悲痛な叫びと共にゴーストが跡形もなく消える。


「改めて、念のため扉は閉める。俺を信じて待ってろ。いいな」

 真っ青な顔の九条さんが、弱々しくうなずく。


 俺は風の精霊の補助も得てゴンドラの上に飛び乗る。すると、そこら中にいたゴーストたちが、俺の存在に気づき寄ってくる。


 両手に魔力を込め、立て続けに光の矢を放つ。知性の低いゴーストたちは次々光の矢に浄化されていくが、どこからともなく湧いてくるので、キリがない。


 大きな防御結界でも作れればいいのに、と思うと、最近ミグレを使ってタリアとやりとりする中で取り寄せた聖水を持っていたことを思い出す。


 ゴーストを立て続けに撃ち抜きながら観覧車の下まで降りると、バッグから取り出した聖水を素早く観覧車の足元四隅にまく。


 そして少し目を閉じて祈りを込め、光魔法の守護結界で観覧車全体をおおうことに成功する。

 大量の魔力を消費するが、特に疲れは感じない。

 これでここはしばらく持つ。


 地上付近にいた人たちを見ると、苦しそうな表情で眠っている。


「生気を吸い取られた訳ではない!? 悪夢を強要されているのか」

 そうなると、こいつらの親玉に心当たりがある。


 七澤と朝河のことも心配だったが、まずは親玉を抑えないと、いくらでもゴーストが湧き出してきてキリがない。


 深呼吸をしてから、精神を集中する。近づいてくるゴーストは無意識でも撃ち抜くことができる。


 目を閉じ、自分を取り巻く暗黒の領域結界のわずかなほころびを見つけ、そこから強制的に魔力回路にアクセスする。


 探知されていることに気づいたのか、誰だ貴様、私と知って挑むのか、とくだらない口上を述べ立てながら抵抗してくる。


 しかし、俺の魔力回路の分析は止まることなく、やがてひとつのアトラクションに魔力源を特定する。


「さて、覚悟しろ、ベタ野郎」

 俺はお化け屋敷に向かって走り始めた。


 直線的に襲いかかってくるゴーストを光の矢で消滅させながら、コーヒーカップのすぐそばにあるお化け屋敷「幽霊船の冒険」にたどり着く。


「ゴーストの親玉がお化け屋敷にいるって、ベタ過ぎだろ」


 早速、入口のビニール製の長いのれんをくぐる。


 薄暗い空間に入って数歩、アトラクションが稼働して突然人影が現れた。無視して進もうとするが、その人影は出てきた勢いそのままに襲いかかってくる。


 素早い動きに、左ほほが切られる。


 次撃の動作を捉え、包丁らしき刃物を持った右手を抑える。相手は白衣を着てコック帽をつけた、料理人の見た目をしている。


「生身の、人間?」

 決して屈強には見えない、線の細い男だ。


 しかし、見た目とは裏腹に強烈な力でつかまれた右手を振りほどこうと暴れてくる。


「魔法強化か。操られているのか」


 とっさに手を離し、体勢を崩した相手を蹴り飛ばす。多少の手加減をするが、魔法で強化されているためか、すぐに立ち上がり包丁を振り回してくる。


「力加減が面倒だ!」

 もう一度、相手の包丁を持った右手を抑える。

 そこで、俺の右手に魔力を集め、相手の顔を鷲掴みにする。


「弱化魔法」


 相手の力が弱くなったのを確認し、顔から手を離し、鳩尾みぞおちに一発こぶしを入れる。うっ、と力ない呻き声が聞こえ、崩れ落ちる。


 ハンカチを取り出し、左頬の血を拭う。

 意識するまでもなく、傷口は回復魔法でふさがれている。


 次のフロアでも、現れたのは生身の人間だった。野球のユニフォームを着た男が、バットを持って大上段に殴りかかってくる。


 身を屈めてタックルを食らわせ、顔をつかんで弱化魔法をかける。グリップエンドで殴られるが、弱化した後なので俺の表面結界に弾かれて痛みも感じない。


 体を入れ替えて男の右脇に右肩を入れると、自分の腰を相手の重心に下からぶつけて背負い投げをする。


 苦悶の表情を浮かべる相手に、念のため睡眠魔法をかける。


「現地人保護任務を課されてると、こういうの面倒臭ぇな」

 魔力も体力も全く問題ない状態だが、精神的な疲れはある。


 戸籍制度のある日本では、人一人がいなくなるのはそうそう見過ごされるものではない。


 万が一、誤って現地人を死なせてしまえば、偽装工作の手間は大きいし、警察でも動けば以降の活動に大きな支障が出る。


 だからといって、現地人に対して力加減で迷っている間に、致命傷を負うことも考えられる。厄介やっかいな相手には違いない。


 次のフロアに行くと、やや広い空間の中央に蝋燭ろうそくを模した光源がいくつか並んだシャンデリア風の照明があり、それまでの部屋より明るさがあった。


 そこには、五人の男女がいた。


 白衣を着て聴診器をかけた医者風の男。看護師風の服を着た女。エレキギターを構えた男。エプロンをして花をたくさん持った女。同じくエプロンをして、不気味な顔をした赤ん坊の人形を持った女。


 花を持った女が両手を上げると、無数の花が宙に浮かぶ。それらの花は急激に回転を始め、女が手を下ろすと共に、こちらに飛んでくる。


 とっさに物理防御結界を張ると、それらは火花のような小さな光を発して結界に弾かれる。

 そのとき、突然エレキギターの音が鳴り始め、その音はけたたましいものとなる。


 うるさい、と思ったときには物理防御結界を超えて侵入してきた花に全身の服や皮膚を傷つけられていた。


 花を払いながらギターの男への距離を詰めるが、あと一歩のところで背中に激痛をおぼえる。


 身体をひねって状況を見ると、不気味な赤ん坊の人形がナイフを持ち、俺の身体に突き立てていた。


 振り払おうか迷った隙に看護師の女が間近に迫っており、何か液体が入った注射器を刺そうとしてくるのを、ギリギリで抑える。


 エレキギターの音は結界を無効化するだけでなく、俺が気配を感じることを邪魔しているようで、花は絶え間なく襲いかかってきて、避けきれない俺の治ったばかりの皮膚を繰り返し切り裂いてくる。


 背中のナイフが抜かれ、また突き立てられる痛みが全身を貫く。


 そこに生まれた意識の切れ間に、看護師の女が注射器の針をより俺の近くまで押し込んできている。


 そこで左手に激痛が走る。

 医者風の男のメスにやられたのだと分かったときには、看護師の注射針が俺の首筋に刺し込まれていた。


 透明な液体が俺の身体に流し込まれる。

 間もなく、視界がかすみ、明滅を始める。背中にもう一刺しを食らい、俺はうつ伏せに倒れる。


 視界がぐるぐる回転する。俺を取り囲む足の上の方から、子供みたいに楽しそうな笑い声が重なって聞こえてくる。


 無邪気な笑い声。


 子供が遊んでいるときの。透明な笑い声だ。


 ギターの演奏はピークを迎えたのか、爆音が部屋に響いている。その音が更に俺の頭の中で繰り返し反響し、ひどく耳障みみざわりに思える。


 やがて、ギター演奏が終わる。

 透明な笑い声だけが残る。

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