第7話 爆発!
列はテンポ良く進んでいき、木製のトロッコを
朝河・七澤組が先頭になり、俺と九条さんの組が続く。安全バーの点検のあと、車両が動き出したときに、九条さんの右手が改めて俺の左手を掴む。
九条さんが事前に教えてくれていたとおり、都市型の小型コースターなので時間は短かかった。プール中央の穴に落ちるところや、二重ループのところはそれなりにスリルがあったが、あっという間に終わった。
俺は余裕があるので、他の乗客の
まさかと思ってコースターを降りる朝河を見ていると、真っ青になり、足元がふらつくほどぐったりしている。
七澤も同様で、九条さんに至ってはプールダイブのときに風の影響で水がかかったのか、白いワンピースの下の水色のブラジャーが透けてしまっていて、涙目になっている。
全く、誰得だよ。無理して乗るなよ。
俺は九条さんの手を引いて人の流れから外れたところに行くと、人目から隠すように立ち、ハンカチを渡した。
「あ、ありがとうございます。ひどい目に遭いました。まだドキドキしているので、ちょっとだけ胸を貸してもらえませんか」
上目づかいにそう言った九条さんは、俺の胸に額を当ててゆっくりと呼吸をする。
小柄な九条さんの髪の毛がちょうど俺の鼻の近くにあり、甘い花の香りがする。
「大変だったな。乾くまでここにいよう」
「ありがとうございます」
俺のハンカチを使い、手に届く範囲で拭いてやっていると、突然、後ろから強い力で肩を引かれる。
七澤が、唇をへの字にし、
「そんなに見せつけなくてもいいじゃん。どうせ私は、簡単な仕事しかできない足手まといかもしれないよ。でも、私には冷たいのに、他の子にだけそんなに優しくするのなんて見たくない」
「七澤……」
「もうやだ!」
人混みの中を走り出した七澤を見て、九条さんが俺の肩に手を置く。いつの間にか、眼鏡をかけている。
「行ってあげて下さい。そうしてあげたいんですよね、吉川さん」
九条さんの落ち着いた声でそう言われると、無視しておく訳にもいかないような気分になってくる。
「すまん、ちょっと行ってくる」
人混みを
「一緒に七澤を追ってくれ」
「は!?」
詳しく説明していると七澤を完全に見失いそうだったので、詳しくは九条さんに聞いてくれと言い残し、人混みの中を進む。
身体が細い七澤が器用に人を
ジェットコースター乗り場のあるビルから地上に降りた所で、完全に見失ってしまった。
その後はゲームセンターやアメニティショップ、コーヒーカップの方に戻ってみたりもしたが、見つけられず、運河沿いの遊歩道を歩きながらため息をつく。
そういえば、あいつの連絡先すら知らなかった。
どうしたものかと考えていると、キョロキョロと周りを探しながら歩いている九条さんを見つけて声をかけた。
「吉川さん。七澤さん、見つかりましたか」
「見つからない。一人で帰ったのか」
「七澤さんに、悪いことをしてしまいました」
「九条さんは悪いことなんてしてない。むしろ、俺と七澤が九条さんと朝河を巻き込んでしまっているんだ」
「その、余計なお節介かも知れませんが、七澤さんに多少でも好意を持っているなら、付き合ってみるというわけにはいかないんですか」
その場しのぎではぐらかそうとしても、
「事情があるんですね。そうなると、私も脈がなさそうですね」
短い時間でそれなりに好感を持ってくれた様子なので、申し訳なくて何も言えない。
「本当に、いろいろごめん」
「いえいえ。私の友達には、いわゆる上流階級のお家の子もいますから、本人の意向だけではどうにもならないような話はたまに聞きます。それだけに、ロミオとジュリエットみたいな話にもより憧れるんですけどね」
近くでバイブの音がして、九条さんがバッグからスマホをとりだす。慣れた動作で画面を操作すると、安心したようにこちらに笑顔を見せる。
「涼真君が七澤さんを見つけたそうです。落ち着いてる様子だから、任せて欲しいそうです」
「そっか。見つかったなら良かった」
俺の言葉に、九条さんが本音を探るような顔をする。
「涼真君が見つけて、ちょっと残念なんじゃないですか」
「い、いや、二人がくっついてくれたらいいなってのは、本音だから」
「そうすれば、七澤さんへの未練を断ち切れるから?」
「九条さん、意外に意地悪だな」
「私も、ひょっとして恋が出来るかもと思ったら、相手には始めからその気がなかったなんて、ひどい目にあったばかりなので」
「あ、その、済まない」
なんとも、言い訳のしようもない。
「
九条さんに手を引かれて、カフェスペースのテーブル席に腰を掛ける。
気づけば、空は赤みを帯びてきていた。
俺と九条さんはソフトクリームを食べながらお互いの学校のことを話したり、SNSの連絡先を交換したりしながら、小一時間を過ごした。
朝河に〈そっちはどう?〉とメッセージを送っても返信がないので、九条さんの希望で観覧車「スペースクロック」に乗ることにする。
ゴンドラは見る間に高度を増し、眼下に海とシートゥモロー地区の街並みが広がる。
街はもう夜の気が濃くなり、至る所でイルミネーションが色づき始めている。
ライトアップされた古い
観覧車が頂点に差し掛かる頃、九条さんが
「吉川さんは、ミステリアス過ぎです。どこか異国を思わせる雰囲気と、リラックスしているようで、一瞬も隙を見せない話しぶり。好きな食べ物も好きな音楽も子供の頃の夢も、全部普通で当たり前すぎて、想定問答集でも用意したかのようです」
「いや、考えすぎだ」
鋭い。鋭すぎて、怖い。
「あくまでこれは私の妄想ですが、何か特別な任務のために日本の生活に紛れ込んだ大国の
「あ!? も、もしそうだとしたら俺、格好いいな!」
これまでに何件も内偵をこなして来たが、ここまで追い詰められたのは始めてだった。九条あやめ、恐ろしい女の子だ。違う学校で良かった。
「そうなんです。それくらいのミステリアスさが、格好いいんです。やっぱり、私、吉川さんのことが気になりすぎます!」
九条さんが前のめりになり、眼鏡を鋭く光らせている。
そこに、ドンっという大きな音がして、観覧車が止まる。九条さんは勢い余って俺の膝の上に倒れる。
ゴンドラが揺れるギィ、ギィ、という音が、頭上だけでなく、あちこちから聞こえる。
「九条さん、大丈夫?」
ちょうど膝に当たっている柔らかい感触に少しドキドキしながら、九条さんを起こして隣に座らせる。
その時、背中がゾクッとする感触がして、窓の外を確かめる。先ほどまであちらこちらを飾っていた街の灯りが、ひとつもない。
間違いない。これは、暗黒魔法の領域結界だ。
「なにこれ、こ、怖いです」
九条さんが腕にしがみついてくる。当然、柔らかい物が俺の腕に押し付けられる。
俺はなんとか雑念を振り払って、辺りの気配に耳を澄ます。
きゃぁぁぁぁ。
近くのゴンドラから聞こえた悲鳴に、そちらに目をやる。
「ゆ、幽霊ぃ!?」
九条さんが腰を抜かして席に倒れる。
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