第6話 遊園地デート!

 九条さんが観光ガイドのように豊富な知識で案内してくれるため、チャイナタウンから海に面した公園までとても楽しく過ごすことができた。


 そこから港湾未来地区へ向かう小型観光船では、朝河・七澤コンビと、俺と九条さんコンビの席が大きく離れていた。


 そのため、二人から目を離して港の景色を見ながら、九条さんとゆっくり話すことが出来た。


「吉川さんって、とてもミステリアスな方だったんですね。涼真りょうま君から聞いた印象は、地味だけど勇気があるってことだけでしたけど」


「全くもって朝河の印象通りだと思うけど」

 海風に揺れる長い髪を抑えながら、九条さんが悪戯いたずらっぽく微笑ほほえむ。


「いいえ。吉川さんからは、日本にはない異国の風を感じます。あっ、うちの母が外国人なので、そういう背負う文化の違いみたいなのは敏感なつもりなんです」


 九条さんの鋭さに俺は感心する。俺は確かにルミアス人だ。育った文化は全く違う。


「でも、吉川さんは全くそれを感じさせないくらい、普通の日本の高校生でいることが出来る。これをミステリアスと言わずして、何を言うのでしょう?」


 それ以上その件に突っ込まれるのが苦しい俺は、九条さんを見る。


「九条さんだって、とてもミステリアスだ。そんなにパッチリ大きな目を眼鏡で隠している」


 九条さんがこちらを見て、明らかに動揺した様子で顔を真っ赤にする。


「そ、そ、それ、は、初めて言われましたよ。だ、誰も私の眼鏡の奥なんて見ようとしないので」


「それは、見る目のないやつばかりだ」

 耳まで真っ赤にしてうつむいた九条さんが、消え入るような声になる。


「い、いやぁ、困りました。女子校育ちのデメリットです。だ、男性に褒められることに慣れなくて。すみません、ど、動揺しすぎですね」


「いや、そういうところも可愛げがあって、悪くない。」


「ま、待ってください。は、鼻血を出させる気ですか!? そ、それ以上は、お、お許しを……」


 急にモジモジし始めた九条さんを眺めていると、ふと前方からの殺気に溢れた眼差しに気づく。


 海に見とれている朝河の隣で、七澤が後ろに身を乗り出して青筋を浮かべているのだった。


 しばらくして、観光船が港湾未来地区に着く。


 港湾未来地区に着いた俺達は、お洒落な小物店などが多く入ったショッピングモールの中で昼食をることにした。


 ハワイアンな雰囲気のレストランには、多くのカップルや若者グループがおり、その中に俺達も溶け込んでいる。


 向こうの世界で貴族のパーティーに紛れ込んだこともあるが、貴族は貴族なりのしがらみの中で生きているので、ここまで開放的な空気ではなかった。


 平和で自由な日本だからこその明るい雰囲気なのだと思う。


 朝河も九条さんもコミュ力が高いので、七澤もくつろいで楽しんでいるように見える。


 小学生くらいの子供を見ながら、朝河があの頃は良かったと言い始めた。

「自分が本気で望めばなんでも出来るって感覚、もうなくなっちまったなぁ」


「この年齢になれば、多少は現実的な考え方になりますね」

 九条さんも同意する。


「私、子供の頃はバレリーナになりたかったなぁ」

 七澤が意外なことをいう。


「俺はアメリカのプロバスケットプレーヤーになりたかった! 今となっては身長も体力も技術も全部足りないって分かっちゃったけど。そういえば、あやめの夢ってなんだっけ?」


「あ、私は……」

 九条さんは少し俯いて照れくさそうにする。


「小学校の卒業文集には、お嫁さんって書いたと思います」

「あっ、そうだ、そうだ。今どき乙女おとめ過ぎるってクラスがちょっとざわついたよな」


「あの、吉川さんは子供の頃の夢ってあったんですか?」

 あー、と少し考えたふりをして、俺は用意していた内容を答える。


「パン屋さん」

「えーーーー!」


 意外過ぎると場がざわつく。


 スポーツ選手が夢だと、そのスポーツに詳しくないと不自然になる。


 パン屋ならルミアスにもあるし、内偵で貴族御用達ごようたし店のパン職人になりきったこともある。だから、子供の頃の夢と言われれば、パン屋さんが無難な答えだ。


 日本の子供には将来の夢というものがある。プロスポーツ選手とか、医者とか、弁護士とか、お花屋さんとか。


 ルミアスでも、一般の子供なら家業を継ぐとか、小作人なら自分の畑を持つとか、見通しみたいのはあることが多いようだ。


 だが、俺は物心がついたときには、処分されないのであれば、何かしらの形で国の兵器にされることが決まっていた。


 周りの大人達は俺に対して、丁寧に優しく接してくれたが、俺に隠れてするコソコソ話の内容は大体聞こえていた。


 処分されるのはいやだという気持ちくらいはあったが、生きられるのであればその生かされ方に文句を言う権利はないようだったし、言うつもりもなかった。


 女神の影で諜報員エージェントになれと言われたときは、ただ「御意ぎょいに」としか思わなかった。


 今の仕事に意義を感じて使命感を持ったのも、多少のやりがいを感じているのも、なった後の話だ。


 それにしても、仮に俺がパン屋さんを夢見たとして、何が問題なのか。三人そろって大騒ぎしている。


 納得いかない思いを抱えたまま、巨大なハンバーガーにかじりつくと、七澤がキラキラした目でこちらを見ている。


 可愛い顔でこっち見るな。お前の監視対象は朝河だ。


 七澤の視線に気を取られてつい頬張ほおばり過ぎた俺を見て、九条さんが自然な動作で飲み物を渡してくれる。


 ムッとした表情に変わる七澤と、その様子を気にする風もなくまだパン屋の話題で笑いこけている朝河を見て、これはダメかも、と思うのだった。


 コズミックワールドは港湾未来地区の高層ビル群を背景に、ヨーロッパの城に似た結婚式場や複合温泉施設、無数の運河に囲まれた都市型の遊園地だ。


 夜になるとライトアップされる時計つきの観覧車はスペースクロックの愛称で呼ばれ、街の景観のひとつとして親しまれているらしい。


 九条さんの豊富な知識にうなずいていると、気づけば七澤も顔を後ろに向けて同じように九条さんの話に頷いていた。


 朝河も一緒に頷いており、もはや七澤と二人きりになる気があるかどうかも疑わしい。


 俺達は、コーヒーカップや海賊船などのアトラクションに乗ったあと、プールに向けて高速で落ちていくのが売りのジェットコースターの列に並んでいた。


 七澤はその時から、俺と九条さんの様子を気にしていることをもはや隠そうともせず、しきりにこちらばかり見ていた。


 九条さんはいつでも自然体で話題も豊富なため、ごく自然に和やかな空気になる。

 

 しかし、七澤はそれが気になって仕方ないがないようだった。


「七澤さん、絶叫系大丈夫なの?」

 朝河がひねり出したような話題を切り出す。

「あ、あんまり得意じゃないかな」


「そうなんだ。でも、隣に俺がいるから、安心して」

「うん……」

 爽やか男子にそう言われても、七澤はいまいち反応が悪い。


「九条は、苦手だったよな」

「はい。苦手ですが、何か?」

 その話題になってから、九条さんから珍しく負のオーラが出始めている。


「無理して乗らなくてもいいんじゃない?」

 誰得な状況になりそうで、俺が消極的な提案をする。


「私は大丈夫です。吉川さんに、手をつないでもらえれば」

 九条さんは眼鏡を外してケースにしまい、バッグに入れる。


「そっか。わかった」

 眼鏡を外した九条さんをエスコートする意味も兼ねて、彼女の手を取る。


「七澤さん、俺の左手も空いてるよ」

「だ、大丈夫」

 七澤が俯いて答える。


 いやいや、そこは取りあえず甘えておいてもいいんじゃないか? 俺は呆れつつも、頑固な七澤と頼りない朝河を黙って見守った。

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