第5話 ダブルデート!?

「ちっ、気絶したか」


 俺は黙って火の精霊魔法・煉獄れんごくの炎でル・ガルーを焼きながら、俺たちを凝視していた七澤の元へ向かう。


 七澤の目に涙がたまっている。おそらく、俺の残虐行為に怯えているのだろう。俺は黙って猿ぐつわを外してやる。


「吉川くん、助けに来てくれてありがとう」


「お前、俺が、一応ヒトの形したものに対して何をしてたか見てたよな。怖くないのか」

「吉川くんはお仕事のためにやったんでしょ」


 俺は、ある意味恐ろしい七澤の言葉を聞いて、わざと嫌われたり怖がられたりする方法は通じなさそうだと判断する。


「俺は、こことは全く違う世界のルミアス皇国から来た。いわゆるエージェントだ」

「前のときも、言ってたよね」

「ああ。裏稼業だけに、目撃者には厳しい」


 七澤が不安そうにこちらを見上げる。

「口封じにお前を殺すか、そうでないなら、協力してもらうか」


「私、吉川くんの力になりたいよ。殺されるのが怖いとかじゃなくて、吉川くんの手伝いをしたい!」


 俺は、とっさの思いつきに狂喜する。俺は天才かもしれないと。


「わかった。なら、朝河の監視を頼む。じつは、朝河はルミアス皇国にとって重要な存在かもしれないんだ。できるだけ朝河と一緒にいて、変わったことがないか確認してほしい」


「わかった! 朝河くんのそばにいて監視、だね。頑張る!」


「じゃあ、まずはいま起きたことから。いまお前を助けてくれたのは朝河だ。朝河が不良を必死で追っ払ってくれて、そのあと気絶した。助けて貰った七澤が、朝河を起こす。オオカミ男なんて始めからどこにもいない。いいな?」


「わかった。その設定の方がいいんだね」

「そういうことだ。さすが、七澤だな」

「うん!」


「じゃあ、俺は先に帰るからな」

 七澤の拘束を解きながら、俺は七澤に笑顔をみせる。俺の思いつきも、七澤の反応も完璧だ。


 俺は疾風はやての足音を使って隣のビルの屋上に降り立つ。七澤と朝河の様子を確認してから、ファナに連絡をとった。



 七澤に朝河の監視を頼んでから、一週間ほどがたった。全ては俺の狙い通りに動いている。


 俺が七澤親衛隊のグループRINEを通じて朝河の活躍を大げさに広め、クラスでは朝河と七澤が付き合うのが当然という空気を作ることに成功したのだ。


 休み時間には七澤の隣の席が開けられるようになり、そこに朝河が座るよう誰かしらが声をかけるようになった。


 朝河と七澤は、帰り時間が合えば一緒に帰るようになったし、それを邪魔しようという人間もいない。


 七澤は俺の指示通り、可能な限り朝河のそばにいて監視を続けている。


 全てがうまくいっているのだが、俺の内心だけは、どういうわけか完全な平穏ではなかった。


 俺はその感情を無視して、うまくいったんだと自分に言い聞かせる。


 ある日の昼休み、朝河に屋上の扉の前へ誘われた。


 鍵がかかっているので屋上にいくわけではなく、単に人の気配が少ない場所だからだ。


 壁にもたれかかった朝河は、真剣な表情で俺を見ている。

 かと思うと、急に両手を合わせて俺に頭を下げた。


「頼む、今週末、ダブルデートに付き合ってくれ」


 朝河がいうには、七澤は朝河のことをいつも見てくれており、多分両思いだと思うとのこと。


 一方でイマイチ距離が縮まらずに悩んでいるそうだ。


「それでさ、俺の通ってた小学校って、女子校の付属でさ、中学からは男子の募集はないんだけど。今でも友だちしてる女の子がたくさんいるんだ。可愛い子が多いって評判の学校なんだぞ! そこの友だち紹介するから、頼む! ダブルデート、付き合ってくれ!!」


 俺は思わずため息をつきそうになり、なんとかこらえる。そこまで世話をしなきゃダメなのかよ。


「……わかった。どこに行くかとか、任せるからな」

「ああ。必ず可愛い子を紹介するから!」



 初夏の日差しが降り注ぐ土曜日、俺は石山町駅に降り立った。


 それまで使ったことのなかったチャイナタウン側の改札の外は、たくさんの若者や家族連れで賑わっていた。


「吉川ー!」

 いつも通り爽やかな朝河涼真りょうまの声に、俺は手を振って応えた。


 真っ白なシャツとタイトなジーンズがよく似合っている朝河は、いかにも育ちの良い男の子という印象だ。


 後から着いてきた七澤は、赤いスウェットパーカーの下にデニムのショートパンツをはき、長くてスリムな足が目に眩しい。


 紺色のスニーカーには小さなリボンがついており、女の子らしさもしっかり出してきている。


 更に後ろから、真っ白なワンピースを着た小柄な女の子が現れた。


 青みがかったストレートの長い髪に、真っ直ぐ整えられた前髪。眼鏡は度の強いものらしく、正面からは目の表情が分からない。


「九条あやめです。今日は涼真君のためにわざわざ来てくれて、ありがとうございます」


 柔らかさのある愛らしい声と、嫌味にならない程度の丁寧な話しぶりに、吉川は安心感を持った。これがアニ声ってやつなんだろうな。


「吉川希です。こちらこそ、今日はよろしく」

朝河に肩を掴まれて少し遠くに連れて行かれる。


「ごめん、返事を貰ってから探したから、一番地味な友達になっちまった。でも、性格はすごくいい子だから。あと、噂によると隠れ巨乳らしい」


 最後の情報は余計だと思ったが、おそらく朝河なりにフォローしたつもりなのだろう。


 朝河と七澤が先に行き、俺と九条さんが後ろから着いていく。チャイナタウンを見物しながら、海に面した公園まで行くらしい。


 赤や金など鮮やかな色彩で溢れるチャイナタウンには、たくさんの観光客が人混みをなしている。


 二人並んで歩きながらも、どこかぎこちない朝河と七澤の後ろ姿を見ながら、人見知りのなさそうな朗らかな声で、九条さんが話しかけてきてくれる。


「涼真君は、ああ見えて昔から、好きな女の子の前ではヘタレなんです。私みたいに意識してない女友達となら自然で楽しく会話が出来るんですけど」


「そうなのか。七澤が変わり者だから苦労してるんだとばかり思ってたよ」


「今日は涼真君の古い友人として、本当に感謝してます。吉川さんは、横磯に来て間もないと聞いているので、せめて観光程度には楽しんでいただきたいと思っています。加えて、もしお嫌でなければ、私とも仲良くして下さい」


 厚い眼鏡越しでもわかる優しそうな笑顔に、俺も笑顔を返す。

「こちらこそ、よろしく」


「早速ですが、七澤さんの反応が見たいので、腕をお借りしてもいいでしょうか?」

「腕を?」

「こういうことです」


 九条さんが俺の腕を取り、身体を寄せてくる。肘の下辺りに、すごく柔らかくて張りのある感触が伝わってくる。本当に、隠れ巨乳だ。


「七澤さんは、どう出るでしょうか」


 俺は意外に大胆な九条さんの行動にドキマギしながら、七澤の視線がこちらに向くのを待つ。


 チャイナタウンの土産物に関心を持った七澤の顔がこちらを向き、すぐに固まったような見開いた目でこちらを見てくる。


 次の瞬間、殺気でギラついた視線が俺に突き刺さる。そして、五十センチは離れていた朝河の腕を強引に掴むと、自分の方へ引き寄せた。


 突然のことに朝河は転びそうになるが、七澤を見てニヘラ〜と浮かれた顔になる。


「涼真君は喜んでますけど、明らかに目的は吉川さんへの当てつけですね。そういうところは鈍いんです、彼」


俺は九条さんの冷静な分析を聞きながら、オタクとはいえイケメンで恋愛偏差値が高い印象だった朝河に、妙な親近感を覚える。


「でも、当初の目的はともかく、身体が触れ合うことを通して愛着が出てくるのも人の性です。涼真君がこのチャンスを活かせるか、見物ですね」


 眼鏡を輝かせる九条さんを見ながら、俺と九条さんも愛着が出てくるんだろうかと疑問に思う。

 まぁ、この胸の感触は癖になりそうだけど。

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