吉川の憂鬱

第4話 拷問!

 七澤が急にモテ始めてから二日目、俺が登校すると、七澤の周りには無数の男子生徒が控えていた。


「七澤親衛隊です。吉川くんも名誉親衛隊員になってくれないか」

「なんだそれ」


「とりあえずはRINEグループに」

「ああ……、それだけなら、別にいいけど」


 俺がRINEグループに入る操作を終えたところで、俺の腕をちょんちょん触れていた朝河に手を引かれる。


「な、なぁ、吉川」

 廊下の片隅に連れて行かれ、小声で相談される。

「お、俺も七澤さん親衛隊に入りたいんだけど……」


「お前もか。いや、まぁ、いいんだけど。勝手に入れよ」

「そういうなよ。出遅れたから、なんか気まずくってさ。お前から推薦的な感じで口利き……」


「おーい、朝河も入るそうだ」

 俺は朝河を教室に引き込んで、七澤の周囲にいる男子たちに引き渡した。


 朝からくだらないことばかりやらされて、俺は大きな欠伸あくびをしながら、自分の席に向かった。



 放課後、俺はまた七澤のことを親衛隊とやらに任せて、ファナのクリニックに向かっていた。


 今日はクリニックは休診で、ルミアス本国との連絡を手伝うためだ。


 転移ゲートが開いていなくとも、連絡手段を確保するため、俺とファナはいくつもの方法を試した。


 その中で、事前に使い魔をもっている場合には連絡手段があることがわかった。

 使い魔を召喚魔法でこちらに呼び出し、召喚魔法解除で女神の影本部の召喚獣管理所に帰すことができる。


 それを応用すれば、簡単な文書や物品の輸送が出来ることがわかったのだ。


 俺が召喚魔法を使うと、床に自然と魔法陣が描かれ、ミグレという種類の蝙蝠猫こうもりねこが召喚される。


 ミグレは前肢の長い小指の先から後肢にかけて被膜があり、それを広げて空を飛ぶことができる。不可視魔法も使えるので、主に偵察目的の使い魔だ。


 被膜を折りたたんでいるときには、上を向いた前肢の長い小指と畳まれた被膜以外、ほとんど猫に見える。


 毛色が真っ黒なものを選んでテイムしたので、つやつやの黒い毛が光を反射している。


 ミグレの後肢に、本国からの書類が結びつけてあり、それを解く。


 単なる定期連絡のようなので、それをそのままファナに渡す。


「それで、今回むこうに送る物は?」

「これ」

 気づけば、ファナが片手に拳銃を持っている。


「これと、整備に関する書類を送るの」

「拳銃か。魔導銃の改良に役立つのか?」


「細かなことは、わからない。ただ、こちらの銃は魔導銃と違って、射手のスキルを上げる効率が高いらしいの。まずは、職人がこれを分解して、研究してみないとね」


「魔法のない銃の方が、か」

 ファナが日本の風呂敷というバッグ代わりの布に、拳銃と定期報告書を包む。


 ミグレに風呂敷を結びつけると、おれを見てウィンクする。

 俺が召喚解除をすると、ミグレは光に包まれていなくなった。


「さて。昨日の話の続きだけど、七澤さんだったかな。どうするか、方針は決まった?」


「ああ。今のところ、親衛隊に任せておけばいいかな、と」


「なるほどね。でも、そういう烏合うごうの衆みたいのより、誰かひとり、くっつけちゃう方がいいと思うよ」

「うん、まぁ、な……」


 俺のスマホが突然鳴り出したので、慌てて学生ズボンのポケットから取り出す。

「……確かに、烏合の衆だな」


「何かあったの」

「七澤が変な不良に絡まれて、親衛隊はひとり残らず逃げたみたいだ」


「仮にも好きだっていってた女を置いて」

「みたいだ」


「ちょっと行ってくる」

「いいけど、その気もないのにあんまり優しくするのは良くないからね!」

「ああ」


 俺はクリニックを出るなり、自分に迷彩魔法をかける。時の遅滞魔法、疾風はやての足音をかけて、空中に地面と平行な物理結界を張る。

 

 物理結界を足場に、ビルの屋上までジャンプし、ビルからビルへと渡っていく。


 何分もかからず、七澤の家がある石山町駅近辺に到着する。いつの間にか、暗くなりつつある。俺は駅と直結の、この辺りで一番高いビルの屋上まで跳んでいく。


 街を見下ろして、七澤の姿を探す。そのときにスマホが鳴り、手に取って開く。


「朝河!?」


 RINEのタイムラインを追うと、生徒会活動を終えた朝河が、七澤の救出に向かっているようだった。およそ三十分前のことで、おそらく俺より早くこの近辺に着いただろう。


 朝河は他の親衛隊員のメッセージから、七澤がどこへ連れて行かれたかを推理したようだ。


 朝河によれば、この近辺はどこにいっても他人の目を逃れにくいため、ビルの屋上が怪しいという。


 今日、七澤が連れ去られた場所を起点に、セキュリティが甘そうなビルをこの近所の親衛隊員から聞き出し、怪しいビルに突入しようとしている。


「どこだ、朝河、七澤」


 俺があちこち探していると、どこかから若い男の叫び声が聞こえた。とっさに目をやると、三人分の人影が見える。


 ひとりは柵に縛り付けられた七澤。また一人は腰を抜かした様子で怯えている朝河。もう一人は、銀色の毛が月明かりを返すオオカミ男だ。


 オオカミ男が鋭い牙をむきながら、朝河に近づいていく。朝河は腰を抜かしたまま後ずさりするも、中に階段があると見られるコンクリート構造物に背中が当たってしまう。


 朝河は、さらに近づくオオカミ男を牽制けんせいするかのように甲高い悲鳴を上げて、力尽きたように倒れる。


「気絶か。朝河、いいがんばりだったな」

 俺はそう呟きながら、疾風の足音と結界の足場を組み合わせて、朝河と七澤がいるビルへと降りていく。


 俺が目的地のビルに降り立つと、オオカミ男は機嫌悪そうにこちらに振り向く。


「ははーん。お前か。ゴブリン共を皆殺しにした人間は」


「ああ。俺だ。ル・ガルー」

「ルミアス語だと? なんでルミアス人がこんなところに」


ル・ガルーとは、オオカミ男の種類だ。身体能力も高いが、何よりも魔法を使える魔物だ。そして、何より厄介なのは魔法耐性がかなり強いことだ。


「知ってるよな。女神の影だよ。日本の政治家の依頼で、お前らはぐれものを処分する任務があってな」


「ほう。噂に名高い女神の影か。ゴブリンでは手も足も出なかったわけだ。どれ、同じ魔法使い同士、勝負だ!」


 ル・ガルーは両手をこちらに向けて火の精霊魔法・火焔を放つ。

 しかし、俺は無意識に結界を張る。そして、屋上の床を蹴り、ル・ガルーの鼻っ柱を力強く殴った。


「ぐぁぁぁぁ! 痛ってぇぇぇ!!」


 鼻を押さえて曲がった身体の中心部、みぞおちに蹴りを喰らわせる。

 ル・ガルーは痛みのあまり倒れて転げまわっている。


 俺はル・ガルーの膝を踏みつける。

「おい、お前とゴブリンにボスはいるのか」

「安く見てもらっちゃぁこまるぜ。ボス!? なんだそれ食い物かぁ」


 俺は踏みつけていたル・ガルーの膝を踏み潰す。ル・ガルーが情けない鳴き声を上げて自分の膝を見る。


 そして更に情けない叫びがきこえてくる。

「卑怯者、魔法使い同士、魔法で勝負じゃなかったのか」


「俺が一言でもそれに同意したか? 魔法耐性の強いお前をやるなら格闘の方が手間がない」


 俺はル・ガルーの右手に脚を押し付ける。

「くそっ、えげつねぇ。人でなしめ」


「人間以外のものに言われてもな。そんで、お前らのボスは誰だ」

「誰が言うかぁ」


 俺はル・ガルーの右手を踏み潰す。今度は出血も伴って、ル・ガルーの泣き叫ぶ声がよく響く。


「くそっ、悪魔めぇ」

「はい。ボスがいることは確定」


 そう言いつつ、ル・ガルーの身体をひとまたぎして、左手を踏みつける。


「今度は指一本ずついくか? お前らのボスは横磯のどこかにいるのか?」

「糞がぁ、ひと思いに殺しやがれぇ」


 俺はしゃがみ込み、ル・ガルーの左手を両手で掴む。そして、小指を折る。

 またル・ガルーの情けない叫びが夜空に響き渡る。


 その後も指一本ずつ折りながら、聞き込みを続けるも、ボスが横磯にいることが確定できた以外に収穫はなかった。

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