第2話 誘拐!
翌朝、学校に行った俺は全校上げての「帰還祝い」とやらに巻き込まれる。
「我々放送委員会が、我が校のヒーロー、
「こちらは新聞部です! 昨日はどうして女子生徒が
「映画部です。あなたを主演にした映画を撮影したいのですが……」
俺は自分を取り囲む生徒たちの中へダイブすると、どうにか囲いを破って走り始める。
「逃げたぞ!」
誰かの一言で、人の群れが一斉に動き出す。以前に、群集心理を利用した作戦を担当したことがある。集団になった人間の怖さは、痛いほどよく知っているつもりだ。
「右へ曲がったぞ」
「絶対に逃がすな」
ドタドタと無数の足音に追われ、俺は
逃げ回る俺の目の前で、部屋の中から手が見えて、俺を誘っている。いちかばちか、その手に招かれるまま部屋に飛び込んでみる。
そこにいたのは、唯一の友達である朝河だった。
「あっちだ、あっちに行ったぞ」
朝河が偽の情報を叫ぶと、群集は迷いなくその方向に走り去っていった。
「た、助かった。朝河、すまん!」
「いいってことよ。友達だろ?」
「それにしても、あいつらなぜ俺をつけ回すんだ」
「そりゃあ、女生徒を命がけで守ったヒーローに興味があるからだろ」
「命がけ? あののろい鉄の馬車……」
言いかけて、俺は口をつぐむ。
「まぁ、トラックに当たりはしたが」
「そうだよ。正に命がけの行動じゃないか」
あれにぶつかって死ぬ奴は、はぐれゴブリン一匹に殺されることだろう。そう言いたいのを我慢する。
何かとトロくさい七澤だからこそ、心配になって助けただけのことだ。
「ところでさ、いつまでもあいつらにつけ回されるのも困るだろ。俺にいいアイデアがあるんだけど」
「なに? それ、聞かせてくれ」
◆
その日の昼休み、俺と
「はい、では、会場提供者の放送委員会さんから、どうぞ」
「あの、できれば取材料もまけてもらえないんでしょうか」
「えー、それは僕の一存ではぁ。改めて生徒会長の許可を取り直すから、他のグループさんが先かな」
「あ、いえ、そういうことならいいんです」
放送委員は慌てて前言を撤回する。
朝河のアイデアというのは、生徒会への寄付を名目に取材料をとることだった。それにより、不要な取材を減らし、生徒会の権威で順番を守らせることができるというものだ。
「それでは、吉川くん、どうして命がけで七澤さんを守ったのか、教えてください」
「あっ、あの」
そこでどうしてか、七澤が横から口を出す。
「き、吉川くんと私は、特別な関係なんです」
「な、なんと! そこのところ、詳しくお願いします」
特別な関係? なんのことだろうか?
放送委員も朝河も、とても興味深そうに耳を傾けている。
「わ、私と吉川くんは、清掃委員会の仲間で、毎日同じ道を帰ったり、いつも傍にいる仲なん……」
俺は慌てて七澤の腕をつかむ。
「それはお前が一方的につけてくるだけだろうが」
「え? え? もう少し詳しく」
「毎日暗くなるまで一緒なんです!」
「誤解して下さいと言わんばかりの台詞を吐くな、ストーカー!」
「つまり、ふたりは付き合ってると?」
「待て、あんたも俺の話をきけ」
「うふ」
「肯定してると思わせぶりな態度をとるな!」
俺は頭を抱える。嘘だろうが、妄想だろうが、俺と交際してると思われていると、七澤自身が危険な目に合う確率が高くなる。
諜報員の恋人なり家族なりを狙うのは、俺の住む世界では定番のやり口なのだ。
俺は暴走する七澤を止めることができず、ひたすらため息をつきながら頭を抱えるほかなかった。
◆
放課後、遅くまでいろんな連中に取材され、クタクタになって帰路につく。
「あー、つ、疲れたね、吉川くん」
七澤は数々のインタビューで、誤解されまくることを言い放ったのが疲労の原因だろう。
俺は、七澤にいちいちツッコミをいれることに疲れていた。
「お前が言うな、妄想ストーカー女! お前のせいでこっちはクタクタなんだよ」
「き、き、吉川くん、そんなに休憩したいの……?」
七澤がなぜか顔を真っ赤にしている。
休憩は確かにしたい。こいつの隣にいると死ぬほど疲れる。
「休憩はしたいが、お前のマンションはすぐそこだろ?」
「え? い、いきなり、うちで??」
何を勘違いしてる、このピンボケ女。
俺がふと目を開けると、そこには「ホテルあおい靴」と書かれた看板がある。ご休憩平日昼間二時間4000円って、ラブホテルじゃねぇか!
「ち、違うぞ! ここここういう意味の休憩でなくてだな。そして、俺はお前を家に送ったあとに一人でのんびり休憩したいんだ」
「一人でって……、き、吉川くん。我慢しなくていいよ。私、覚悟できてるから」
「覚悟しなくていい! カフェでコーヒーでも飲もうと思ってるだけだ」
ああ、頭がおかしくなりそうだ。
「す、すまん、七澤。俺もう疲労がピークだ。もうお前の家まで近いし、一人で帰ってくれないか」
「……わかった。吉川くんも気をつけて帰ってね」
七澤が少しさびしそうに、それでも大きく早く手を振っている。
俺はそれに対して片手を軽く上げる。
自宅に向かって歩きつつ、一応、感覚増大魔法で七澤の足音を確認する。特に異常はなさそうだ。
それにしても、ギャルゲとラノベとマンガが好きだとヲタク宣言をしているのに、いきなり好意を持たれたことには驚きを感じざるをえない。
オタク=ヲタクは非リア充であり、三次元女性にはモテないとテキストには書いてあった。今後の様子にもよるが、日本赴任者向けのテキストを書き直す必要もあるだろう。
考え事をしていた俺は足を止める。七澤の足音が、突然消えたのだ。そして、人間の裸足とも獣の足とも違う足音。
俺は振り返り、走り始める。時空魔法「時の遅滞」と、風の精霊魔法「
「時の遅滞」は効果持続時間が短い。それに合わせて「疾風の足音」の効果も強制終了するが、自力だけでも日本のアスリート並の速さを持っている。
平和な世界を生きて、一部のアスリートしか潜在能力を最大限引き出すことなどない日本人に比べ、ルミアス人は伸び代ギリギリまで身体能力を上げていることが多い。
それが魔族国家と敵対し、日常的に魔物のいる世界で生きる俺たちの特徴だ。
七澤がいる場所は、すぐに予想がついた。七澤のマンションのすぐ
俺は数メートル手前で足を止める。薄暗くなったとはいえ、駅も観光地も近いこの場所には多くの人目がある。
それにも関わらず、一瞬の魔の時間で捕らえられてしまったのだろう七澤は、悪い意味で引きが強いのだろう。
いわゆる、トラブルメーカーというやつだ。
俺がブルーシートのわすかな隙間から中に入ると、壊れかけのアパートの陰から、あからさまな殺気が感じられる。
気配で察するに、総数は四、ゴブリンメイジが一、ゴブリンが三というところか。そして、人の気配はその奥か。
俺が必要以上に刺激しないよう、
角度が変わったからか、奥で寝かせられているのだろう七澤の足が暴れているのが見える。
「キサマ、メガミノ、カゲ、カ」
「ああ。よく知ってるな」
「メガミノ、カゲ、ココデハ、テキ」
ゴブリン相手に敵も味方もないが、タリアにいる女神の影は、ゴブリンごときとわざわざ戦ったりしない。
それと比べて、日本にいる女神の影が積極的に駆除を行うのを、敵だというのだろう。
「オンナ、カエス。ワレワレノ、イノチ、ホショウ、シロ」
「ほーお。交渉か。ゴブリンでも魔法使いになると知恵があるんだな」
俺はメリットとデメリットを測りにかける。七澤が安全なのは、どちらか。
すぐに答えは出る。考えるまでもなかった。
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