第5話 仕事開始
インターホンを押すと、少しあってから返事が返ってきた。予想通り若い男の声で、イントネーションだけであまり品が良くない粗暴な人間の気配が聞き取れる。
『何だ?』
「ルームサービスでございます」
ごく自然に、それらしい口調で答える。インターフォンにはカメラが付いており、中でこちらの様子が見えているはずだが、私を”ボスの依頼を受けた人間”と見抜くのは難しい。
案の定、しばらくしてドアのロックが外れる音が聞こえてきた。ドアが少しだけ開いて、目つきの悪い若い男の顔が覗く。標的Fだ。こちらをじろじろと眺めまわしてから、ドアを開いて招き入れる。
ホテルのボーイらしい愛想の笑みを浮かべた裏で、私は呆れていた。
普通のサービスでは、食事を運んできたボーイが部屋に入って、セッティングをしてから退出する。だが、警戒しているならば、チェーンをかけた状態でドアを開け、伝票のやり取りをしてから、ワゴンを置いて帰らせればよいのだ。
それを忘れて他人を招き入れるとは、かなりマヌケとしか言いようがない。
こちらが一人だから油断したのかもしれないが、ドアを開けた瞬間になだれ込まれたらどうするつもりだったのだろうか? よくここまで逃げ延びることが出来たものだ。
まあ、チェーンが掛けてあっても、撃ち抜いてしまえばよいだけだ。拳銃弾でもチェーンを砕くことはできる。
部屋はエグゼティブスイートで、間取りは1LDK。入口の右側がクローゼットで左にトイレがある。さりげなくトイレの中の気配を探ったが、誰もいないようだった。
部屋のリビングは、入り口から向かって右に広がっている。
ドアの正面にしつらえられた応接セットには、テーブルの横に壁を背にして三人掛けのソファが一つ、置くと手前に一人掛けの椅子が一つずつ置いてある。
三人掛けのソファに一人、奥の椅子にもう一人座っていた。標的Bと標的Dだ。
テーブルの上にはスコッチのボトルとグラスが置いてある。ここからでは見えないが、標的Bの正面にはテーブルをはさんでもうひと組の椅子が置いてある。
部屋の奥には6人掛けのダイニングセットと、簡単な調理ができる設備と冷蔵庫が備わったキッチンが据えられている。
そのさらに奥がベッドルームで、ダブルのベッドと応接セット、書き物机が置いてある。シャワールームとウォークインクローゼットの入り口はそちらにある。
集まって酒を飲んでいるときには、ベッドルームには誰もいないはずだ。
私はワゴンを押して部屋に入り、リビングの入り口あたりまでワゴンを押していった。そしてそこで、腕にかけていたナプキンを落とした。
「失礼しました」
しまった、という表情を浮かべながら、私はナプキンを拾うふりをしてしゃがみこみ、すかさず右をワゴンの下に突っ込んだ。ワゴンの下に隠した拳銃のグリップを握り、引き抜きながら反対の手でワゴンを突き飛ばした。
ワゴンが前方にすっ飛んでソファにぶつかり、乗せられていた料理がぶちまけられた。目を丸くしてワゴンを見た泥棒達がこちらに向き直るよりも先に、私は立ち上がりながら、右手に握った銃を目標に向けた。
最初は一番近く、左斜め前方にいた標的F。私は前を見据えたまま、標的Fの骨盤左端に向けて引き金を引いた。
ガスが鋭く噴出する音と共に放たれた銃弾が狙った場所に正確に命中し、標的Fの骨盤の端を砕いた。標的Fが異常に気付いて自分の腰を見るよりも早く、私は銃口の角度を変えて2発撃ち、相手の左膝を撃ち抜いた。
排出された薬莢が絨毯に落ちるのと前後して、腰と左膝を砕かれた標的Fの体が、支えを失って崩れ落ちた。
前方では、ワゴンに気を取られていた泥棒たちがこちらを向くところだった。彼らが事態を把握する前に、私は銃を前に向けながら後退し、後ろ足でドアを蹴って閉めた。標的Fはもう立ち上がれないので、ドアを開けることが出来ない。
他の連中は、私を倒すか横をすり抜けるかしない限り、この部屋から出ることは出来なくなった。もちろん、そんなことをさせるつもりはまったくない。彼らにはこの部屋の中で罰を受けてもらう。
ドアが閉まる音がすると、床に倒れた標的Fが絶叫をほとばしらせた。自分の身に何が起こったのかをようやく理解したらしい。これで後5人。
叫び声を合図としたように、固まっていた部屋の中の時間が動き出した。
標的Dが椅子を倒しながら立ち上がる。標的Bは立とうとしたが、足をもつれさせてソファに倒れた。
私は前に足を踏み出した。わめいている標的Fの顔を蹴り飛ばして黙らせながらリビングに踏み込む。銃を両手で保持しつつ、突き出すようにして銃口を標的Dに向けた。
照準を覗かず、指差すような感覚で狙いをつけ、4m先にいる標的Dの右足首とすねを撃った。標的が倒れる前に所を、もう一発撃って下腹部に穴を開ける。
足の骨を砕かれた上に膀胱を穿たれた標的は、高級スコッチのグラスとビンを巻き添えにして机の上にぶっ倒れた。水揚げされたタラのように、激しくのたうち始める。これで後4人。
私はリビングを奥に向かいながら、ソファの上で腰を抜かしている標的Bのほうに軽く目をやった。現金強奪の主犯の1人だ。まだ事態が良く把握できていないらしく、引きつった表情のまま私のほうを見ている。
私は前に目を戻しながら右手で銃を標的Bに向け、右足首、左すね、さらに股間を順番に撃った。男性の大事な部分を吹っ飛ばされた標的Bが、人間のものとは思えない叫び声を上げる。
その声が標的Dの物と重なり、不快きわまるデュエットになって、綺麗に整えられたスイートルームに乱反射した。
リビングから続くダイニングには3人の男がいた。
ジンのボトルが乗ったダイニングテーブルの手前側に座っているのが標的C、反対側に座っているのが標的A、私の正面に立っているのが標的Eだった。
強奪主犯の片割れである標的Aだけが安物のスーツを着ており、他のチンピラはラフな格好をしていた。私はひとまず、椅子から立ち上がったばかりの標的Cを撃った。
椅子が邪魔になって足が狙えなかったので、右の骨盤の端と、腹部右側の肝臓、右肩を撃ち抜いた。弾丸の衝撃を受けた標的は、もんどりうって背後に倒れた。これで後2人。
標的Eは身を翻して奥の寝室に逃げ込もうとしたが、後ろを向いたときに、私は左の尻に弾を叩き込んだ。仰け反って、走り出した勢いで前に倒れ込んだところで、右足の踵を撃ち抜いておいた。これで後1人。
そうしている間に、標的Aが椅子をつかんで立ち上がっていた。両手で保持した椅子の足をこちら向けて、槍のように突き出して突っ込んでくる。
他の馬鹿どもに比べると、現金強奪の首謀者である標的Aの判断力は優れているようだった。腰掛と背もたれで、頭や胸の急所の位置を隠すことが出来るし、椅子の足でつけばダメージを与えられる。壁に押し付けて動きを封じられるかもしれない。
だが、こちらはその程度でうろたえるほど経験が浅いわけではない。標的が反撃を試みた仕事は何度もあった。
私は銃口を標的に向け、椅子を持っている標的Aの左手の人差し指を撃った。弾丸は指を断裂させて椅子の腰掛を貫き、反対側にあった親指の付け根も吹き飛ばした。
指が千切れて血が噴出する。支えられなくなったことで椅子が落ち、それに躓いた標的Aが前のめりに転倒した。
倒れたところで、追加の弾丸を右肘、右尻、左のアキレス腱にプレゼントしてやる。標的Aはその場で激しく跳ね回った。
これで全員。殺さずに無力化できた。所要時間は20秒程度。拳銃一丁で6人を殺さずに無力化するにしては、よく出来た方だろう。
拳銃は弾薬を撃ち尽くし、遊底が後退したままになっている。私は銃のグリップについているボタンを親指で押して、空になった弾倉を抜いた。それをベルトの後ろに挿し込み、中身が入っている代わりの弾倉を取り出す。
新しい弾倉を銃に挿し込んで、グリップの右上のボタンを押すと、後退していた遊底が解放されて前に戻り、次の弾薬を装填した。
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