第6話 忘れ物に注意

 部屋の中に、6人の男達の苦痛の叫びやうめき声、啜り泣きなどが満ちている。

 仕事では相手を即死させるのが私のやり方なので、こういう苦痛のうめき声や、死に損なった人間が這い回る姿には慣れていない。慣れところで、不快であることには変わりが無い。

 さっさと次の段階に移るとしよう。


 そのとき、視界の端に標的Eが這って寝室に逃げ込もうとしているのが映った。私はその後を追いかけ、無事なほうの足のアキレス腱を踏んづけた。急所を踏みつけられた標的Eの上半身が床から浮くほどに反り返り、首を絞められたアヒルのような声を上げた。

 私が履いている靴は見た目が革靴の安全靴で、底とつま先には鉄板が入っている。いざというときに足を怪我しないための配慮だが、こういう場合にも役に立つ。

「金を、金を出すから見逃してく……」

 涙目になってこちらを見上げてくるが、可憐な女性ならともかく、目つきの悪いチンピラにやられたところで気分が悪いだけだ。第一、金をもらって見逃すような契約違反をすれば、私のほうが依頼人に消されてしまう。


 黙らせるためにわき腹に靴先をめり込ませ、域を詰まらせたところで両手を撃ち抜いてやった。指が手の甲の側に折れ曲がり、右手の中指が千切れて飛んだ。

 私は痛みと衝撃で今度こそ黙った標的Eの左足首をつかみ、ダイニングとリビングの境目付近に引きずっていった。標的Eは引きずられながら手をばたつかせたが、血を絨毯に擦り付けるだけに終わった。

 同じように、部屋中に転がっている標的達を引きずって、一箇所に集めていく。無駄な抵抗をしようとしたり、やかましくわめいたりした場合には、まだ無事なほうの手か足を撃ったり、頭や顔に鉄板入りの靴底や銃のグリップの底を叩き込んだりしてやった。


 半死半生の泥棒どもを一箇所に集めると、私はポケットからスマートフォンを取り出し、うめいたりすすり泣いたりしている標的達の姿を動画で撮影した。

 まったく持って趣味が悪いとしか言いようが無いが、これを証拠として用意すればボーナスがもらえるだろう。

 だが、これでは不十分だ。もう少し味付けをする必要がある。動画を撮影し終わると、私は突き飛ばしたまま机にぶつかってとまっているワゴンを持ってきた。

 ワゴンの下段に乗せて、白いテーブルクロスをかけて隠していたのは、小さなウェストポーチと、10リットル入りのジェリカンだった。ポーチは銃やホルスターを隠して持ち出すためのもので、ジェリカンは泥棒達に最後の“お仕置き”をするために使う。これを持ってくるために、わざわざキャリーバッグでこのホテルに入ってきたのだ。


 私は重たいジェリカンを運び、中身――もちろんガソリン――を一か所に集めた泥棒達にぶっかけていった。石油のにおいが鼻を突く。

 これから自分達に何が起こるかを察して、今まで以上の声で叫び始めた。手でガソリンを払おうとする奴もいるが、そんなことをしても無駄だ。泣き叫んで逃走を図ろうとする者もいるが、もう遅い。

 私はダイニングのテーブルにあったホテルのブックマッチを取って火をつけた。火のついたマッチを手にしたまま反対の手でスマートフォンをもう一度取り出し、録画を始めると同時にマッチを投げた。


 炎が泥棒達を包み込み、顔が炙られるような熱と光が吹き付けてきた。一瞬遅れ、部屋の中に獣のような叫び声が響き渡った。泥棒達が、自分達をむさぼる炎から逃れようところが回る。

 私はその様子をスマートフォンで撮影しながら、胃の中身が食道を逆流してこようとするのを感じていた。

 今までも何人も殺し、人間が生きながら焼かれるのを見たこともあるが、自分の手で標的を焼き殺して、その様子を撮影するのは初めてだった。私が死ねば、間違いなく地獄に落とされて焼かれるだろう。

 とは言うものの、あるのかないのかわからない地獄よりは、この世に存在する金のほうが大事なのは確かだ。

 金を使うこと自体にはそれほど興味はないのだが、十分備えておくだけ備えておいて損なことはない。問題が起きて働けなくなっても保険は利かないし、手が後ろに回りそうになったらすぐに高飛びして新しいところで生活しできるようにしておかなくてはならない。

 それに、今更綺麗事を抜かす気もない。そんなことを気にする性格ならば、最初からこの仕事を選ぶはずもない。

 

 どのみち、マフィアの金を盗んだ時点で、この泥棒達が平穏な死に方を選ぶことが出来ないのは決定していた。ホテルのスイートルームでガソリンをかけられて燃やされるか、港の倉庫で体中を工具で刻まれてから、コンクリ詰めにされて海に投棄されるかの違いでしかない。

 私がやらなくても、金がたっぷりもらえるならば、仕事を引き受けたがる人間はいくらでも出てくる。中には、生きたままミディアムレアに焼かれる方がまだましだと思える手段をとる者もいるのだから。

 石油が燃えるにおいに混じって、化学繊維が焦げる刺激臭と、肉が焼ける香ばしい匂いが届き始めると、私は動画の撮影をやめて撤退することにした。

 これ以上ここにいると、胃の中身が口から吹き出してしまいかねない。無駄な証拠を現場に残すのは避けたい。

 火災報知機が反応してベルが鳴り始め、連動したスプリンクラーが散水を始めた。だが、水を少々かけてもガソリンの火は消えない。

 確実な仕事の仕上げのために、私はそれぞれの泥棒の頭に9mm弾を2発ずつくれてやって、彼らの苦痛に終止符を打ってやった。最後の情けにはなっただろう。

 

 その作業を終えると、私はワゴンからウェストポーチをとって腰に着け、拳銃の銃口から消音器をはずして、一緒にポーチの中に入れた。

 ジェリカンはその場に放置した。かさばるものを持っていくと目に付く。

 銃から排出された薬莢がそこら中に散らばっているが、これも放置した。どうせ泥棒達の体内や壁や床に弾丸が何発もめり込んでいるのだから、薬莢を拾ったところで意味は無い。

 私はドアから外に出て、エレベーターに乗って下に向かった。エレベーターの中で、白手袋をはずしてポーチに突っ込む。

 一階まで下りて、トイレで上着と荷物を回収した。注射で眠らせたかわいそうなボーイはまだ昏倒している。目が覚めたら警察にいろいろと聞かれるかもしれないが、そのときにポケットの千ドルをどうするかは彼次第だ。

 ロビーに戻り、避難誘導に従って外に出ようとする人々に混じり、ホテルから脱出した。混乱の人ごみの中で、キャリーバッグを引いた男の体から、わずかにガソリンと硝煙の臭いがしていることに気づいた者は誰もいなかった。


 私は誰の目にも止まることなく、ホテル前の道路まで出てタクシーを拾った。行き先を告げて目的地に着くまでの間、私はこれからの手順を再確認した。

 依頼内容①、マフィアから現金を奪って逃げたバカども6人に、“二度とバカなことをしないよう”お仕置きをすること。これはクリアした。

 その際、彼らが“自分達のやったことを後悔する機会”を提供できれば、ボーナスをはずむ。これもクリア。

 ニュースで6人の死と身元が放送されれば、依頼主に私の仕事が完了したことを証明することが出来る。その際、スマートフォンで取った動画の入ったメモリーを渡せば、彼らが非常に後悔したことが分かる。

 後は、私に仕事を斡旋した“ボスの知り合い”を通じて金を受け取ればいい。

 そこまで考え、私は何か大切なことを忘れていることに気が付いた。とっさには思いつかなかったが、“現金を受け取る”という言葉が記憶を呼び覚ました。

 依頼内容②、泥棒どもが奪った現金2千万ドルを回収。残った分だけでも良い。

「あ!」

 それを思い出した時、私は思わず声を上げていた。運転手が驚いて、片目で後ろを見てから、慌てて視線を前に戻した。

「お客さん、どうなすったかね?」

「あー、いや。少し忘れ物をしたことを思い出してね」

「そりゃ大変だ。戻りましょうか?」

 何とも答え様が無く、少し黙っていると、前方からサイレンの音が近づいてきた。反対車線を消防車がホテルの方に走ってゆく。

「いや、いい。もう遅い……」

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