第4話 9mmを18発
バックステージドアを見つけて入ってから15分後に、私はトイレから従業員用通路に出た。
入ってきた時は普通のスーツを着てトランクを持っていたが、今はホテルのボーイの恰好をしている。まあ、上着の代わりにチョッキを着て、ネクタイを蝶ネクタイに変えただけだが。
これは自前ではなく、ホテルの従業員からの借り物だ。許可を得たわけではない。
借りる際には、相手の後ろから近付いて、腕の関節を極めながら壁に押し付け、腰にチオペンタールナトリウムの溶液を注射して昏倒してもらった。
死刑執行の際に、意識を失わせるために使われる薬だ。実際に心臓と呼吸を止めるのは別の薬なので、チオペンタールだけでは死なない。ただ、半日は昏倒したままだろう。
意識を失ったボーイは、トイレの個室に放り込んでおいた。目が覚めた時には鼻からプラスチックごみを目いっぱい詰め込まれたような気分になるはずだが、命には別状はない。謝礼と詫び料を兼ねて、気前よく千ドルのチップを胸ポケットに入れておいてやった。
通路に出た私は、用意してきた白手袋を嵌めて、準備を素早く済ませた。トランクの中に入れておいた道具を、先ほどまでボーイが押していたワゴンの下段に入れ、テーブルクロスを掛けて隠した。
これが見つかってしまうと、銃その物が見つかるのと同じぐらい不審がられてしまうが、部屋に入るまで人目から隠せればそれでいい。
ワゴンはルームサービスの食事を運ぶためのもので、クロッシュで覆われた皿がいくつも乗っている。アイスペールには氷と共にシャンパンが入れられていた。
一部屋に集まって酒を飲み、料理をつまみながら、今後の身の振り方について話し合うのだ。あらかじめホテルの回線をハックしておけば、外部との連絡の内容は簡単に知る事が出来た。
近くで待機していた私は、携帯端末に情報が入るとホテルに入り、料理が出来て運び出されるまでの間にバックステージドアに入る。そして、ボーイを見つけて昏倒させ、役目を代わってもらう。
巻き込まれたボーイには気の毒だったが、謝礼はしている。
それに、私の場合は料理だけでなく、別の物も届けなくてはならない。贈り物はまとめて届ける方が効率的だろう。
私は何食わぬ顔でワゴンを押し、一般客用の通路に出てエレベーターに乗った。ワゴンを入れて最上階へのボタンを押す。
ドアが閉まると、ワゴンの上の弾の裏側に張りつけた仕事道具にそっと触って、すぐに引き出すことが出来るかどうかをチェックした。
用意したのは、銃口に消音器を取り付けた自動拳銃。ホルスターに入れ、粘着テープで天版の裏側に張りつけている。
銃のグリップを掴んで引きだせば、そのまますぐに射撃が出来るように、すでに薬室に弾薬を装填している。
拳銃はいつも使っている.22口径の競技用や.38口径のリボルバーではなく、オーストリア製の自動拳銃だった。
弾倉には17発、薬室に1発で、計18発の9mmパラベラムの強装弾が装填されている。ベルトの後ろ腰の部分には、弾薬をいっぱいに詰めた弾倉を一つさしこんでいる。これで、合計35回弾を撃つことが出来る。
よく使っているリボルバーでは弾は6発しか入らず、6人を相手にするには不十分だ。全員殺すならば頭に一発ずつぶち込めば何とかなるが、殺さずに抵抗力を奪うと言う難問には、この弾数では都合が悪い。
競技用拳銃なら10発入るが、こちらは使用する弾薬が小口径なため、骨や筋肉を破壊して動きを止めるには不足がある。
そこで、十分な威力があって、6人を相手にした時でも十分な量の弾薬を使える銃として、今回の選定になった。
弾丸も普段のホローポイントではなく、フルメタルジャケット弾――鉛の芯を真鍮で覆った、先の部分が丸い弾丸――を選んだ。適度に貫通力が高く、弾道が安定している。
.38口径のホローポイント弾が胴体に命中して体内で潰れれば、内蔵が文字通り引き裂かれる。そうなれば、ゴリラであっても即死しかねない。私のボーナスのためには、泥棒たちが反省する機会も無しに、意識を失ってあの世に旅立ってしまっては困るのだ。
仮に弾丸が胴体に命中して内臓を少々傷つけても、そのまま貫通すればダメージは小さくて済む。直径が1cmほどの穴が開いただけでは、人間はなかなか死なない。
もちろん穴があけば痛くて苦しいし、撃たれたことに体や精神がショックを受けて動けなくなることが多い。
こちらとしては、まさにそうなってもらえば願ったりかなったりといったところだ。
そうしている間に目的の最上階についた。ワゴンを押して目的の部屋に向かう。ボディガードは雇っていないようだった。廊下には誰もいない。
最上階は泥棒たちが貸し切っているので、いくら暴れたところで誰にも迷惑はかからない。好都合だ。
念のため、目的の部屋以外の部屋も、順番にインターフォンを押してまわって確認して見たが、誰もいなかった。
居たところで仕事の順番が前後するだけなのだが、一か所にかたまっていてくれた方が、こちらとしてはやりやすい。
狙うのは足、腕、胴体のみぞおちから下の部分。いつも使っている物とは違うとはいえ、私はこの手の銃もかなり使い慣れている。
相手の方をほとんど見なくとも正確に狙った場所を撃ち抜くことが出来るのは、私の最大の特技だ。
足は膝から下の部分が狙い目だ。逆に太ももは良くない。筋肉の量が多いため、少々穴が開いても倒れない事がある。大腿骨を砕く事が出来ればよいが、大腿動脈が破壊されれば失血死する危険性がある。
膝や脛なら骨が皮膚のすぐ下にあるので、確実に動けなくさせる事が出来る。骨が砕けるので、地獄のごとき痛みを味わうことになるだろう。
下腹部――みぞおちを中心に胴体を四分割した時の下半分――を狙う時は少々コツが要る。骨盤の端から内側に5~8cmの部分を撃つのだ。骨盤を砕かれれば、どのような動物でも立てなくなる。
腎臓、肝臓、膀胱、性器などの器官も狙い目だ。肝臓や腎臓の損傷は大出血を引き起こす可能性があるが、格闘技での急所として狙われるように、ここへのダメージは強烈な痛みを引き起こす。死ぬまでの間に、のたうちまわるはめになるだろう。
フルメタルジャケット弾で貫通銃創を作れば、痛みだけ与えて出血はある程度抑えることもできる。
膀胱も狙うのも良い。恥骨の後ろ側にあり、銃弾が骨を砕きつつ膀胱も破壊する。ここも神経が集まっているので、傷を受ければ想像するだけで恐ろしいことになる。
もしも狙いが少々下に逸れた場合は、撃たれた者は更に恐ろしい事態に陥る。泥棒たちは全員男なので、両足の付け根を狙う戦術は非常に有効だ。股間に付いた大事な物が吹っ飛ばされるというのは、男として考えられる限りで最大級の痛みに違いない。
腕に関しては少し考える必要がある。肩を撃てば腕全体を動かなくすることが出来るが、頭や首、胸が近くにあるために、少々慎重にならなくてはいけない。
さらに、腕を撃たれても、走って逃げるには支障はあまりないし、反対側の手で物を投げて反撃することもできる。どちらかと言えば、下半身にダメージを与えて倒した後に、追い打ちで狙う場所だ。
肘にダメージを与えれば上腕が動かなくなり、手首の正中神経を破壊すれば手のひらと腕全体が麻痺する。
手のひらや指は神経が発達しているために、撃たれるとすさまじい激痛が走る。足を撃って倒した際に、這って逃げようとする奴の動きを止めるのに有効だ。
頭の中で手順を再検討し終わると、私は今度こそ目的の部屋のインターフォンを押した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます