第7話 雑魚、もとい久我優斗、自己紹介をする

「改めまして、久我優斗です」


 言いながら三人を見まわす。


 倉林さんは興味深々といった様子で僕の言葉を待っている。

 人付き合いは得意ではなさそうに見えたが、人付き合いが嫌いなタイプではないようだ。


 獅子野さんは先ほどの自己紹介のショックが抜けないのか、僕の自己紹介どころではないようだ。

 どこか虚ろな表情をしている。


 黄金崎さんは目をかっと見開いてこちらを見ている。

 全てを見透かされているような、力のある目だ。


 正直なところ、僕の自己紹介はどうしても暗い内容になるし面白味もない。

 しかし、黄金崎さんに補足させるのもどうかと思うので、自分でできる限りのことは話そう。


「両親は僕が五歳の時に事故死しました」


 この言葉に倉林さんははっとして真剣な面持ちになる。

 獅子野さんも困惑した様子でこちらを見る。

 黄金崎さんは一切動揺した様子はない。

 叔父さんと直接交渉しているのだから、そのあたりの事情は全部知っているに違いない。


「父も母もいつも入れ替わるように海外を飛び回っていて、三人でゆっくりできる時間は少なかったです」


 基本的に父さんか母さんのどちらかが一緒にいてくれていたが、三人ともいる時間というのは珍しかった。


「父も母も多忙の身ではありましたが、当時の幼い僕でもわかるほどに愛されて育ちました」


 二人とも家に帰って来た時はいつも僕に構ってくれていたし、三人でいられた時はたくさん甘やかしてくれた。

 両親の顔が思い出される。

 二人ともいつも笑顔だった。


「二人とも自分のやるべきことに向き合っていて、自分もそうなりたいと思いました。だから、二人が事故で亡くなった後は自分の使命を見つけるために色んなことに挑戦してきました」


 倉林さんも獅子野さんも、真剣に僕の話を聞いてくれている。


「スポーツだったり芸術だったり、色んなことに挑戦してきましたが、自分が使命とできるようなものはありませんでした。何をしてもこれといった才能がなかったんです。いわゆる受験勉強さえもろくにできない始末でした」


 恥ずべき事ではあるが、隠す意味もない。


「実は今日が合格発表日で、残念ながら合格することができませんでした。家に帰ったらなぜか黄金崎さんがいて、あれよあれよという間にここに連れてこられました」


 ここまで言って黄金崎さんを見る。

 気のせいではなく、怖い表情をしている。

 怒らせるような自己紹介をしたつもりはない。

 なんなら今のこの状況なら僕が怒っても許されそうなものだ。


「正直、自分を見失っていましたが、もしも僕に何か才能があってできることがあるなら、精一杯頑張るつもりです。よろしくお願いします」


 一礼する。

 倉林さんと獅子野さんが控えめながらも拍手をしてくれる。


 そして、全員の視線が黄金崎さんへと向く。

 何も言わないわけがないと皆が思っていた。


「では、補足しますわ」


 黄金崎さんはにっこりと笑っている。

 僕はなんだか嫌な予感がして背筋が寒くなる。


「今の久我優斗の自己紹介は、あくまでも久我優斗の認識上の話ですの。実態は違いますわ」


 黄金崎さんはリモコンを操作し、スクリーンの映像を切り替える。


 映し出されたのは年表だ。

 その内容に心当たりがあった。


「僕がこれまで取り組んできたことが年表になっているんですね」

「その通りですわ。例えば野球に取り組んでいる期間はわずか一か月!! この男はたった一か月野球に打ち込んだだけで、自分に野球の才能はないと決めつけ、野球を引退しましたわ!!」


 諦めが早すぎる、とでも言いたいのだろうか。

 期限を決めて才能があるかどうかを判断しないと、本当に自分に向いていることは見つけられない。

 一か月という期間はむしろ長すぎるくらいだと思うのだが。


「一か月もあれば才能があるかどうかぐらい分かると思うのですが」


 冷静にそう意見すると、黄金崎さんは僕を指差して笑った。


「浅はかですわーーー!!!!」

「は?」

「未経験のスポーツを10代の子供がちょっとかじっただけで才能の有無なんてわかるはずありませんわー!!!!!」

「いや、そんなことないですが???」

「その自信はどこから来てますの????? サッカーなんて小学二年生の時の一か月だけですわよね? 小学二年生の判断力を信じすぎではありませんこと????」

「いやでも周りの子供と比較してですね」

「小学生が客観的に周りの子と比較して自分の才能を客観視できると本気でお考えですの????」

「考えてますが?」

「バカですわーーー!!!!!!」


 確かに僕に勉強の才能はないけれど、ちゃんと考えて取り組んでいるのですが?


「だいたい受験勉強も三か月でどうにかしようという発想がもうバカか天才しかしませんのよ」

「いやでもちゃんと普段から授業は聞いてましたから」

「高校受験ナメすぎですわーー!!!! そのへんの高校ならともかく、偏差値が70前後の高校を受けるに当たってそんなアマアマな認識で受かるわけありませんわーー!!!」

「そんなことないですから! 天才だったら受かりますよ!! 倉林さん、獅子野さん、どう思いますか!?」


 僕は味方を求めて二人の方に向き直る。


「え、えっと…… この年表のところに合唱や楽器をやっている期間がありますよね……?」


 倉林さんは恐る恐るという様子でスクリーンの年表を指差す。


「はい、やってました」

「この期間だけで諦めちゃったんですか……?」

「諦めたというと聞こえは悪いですが、そうですね。切り替えて次の目標に取り組んでいました」

「ほ、ほえぇ……」


 倉林さんはとんでもないものを見たかのように大げさに驚いて見せる。


「あの、あたしも質問、いいッスか」


 獅子野さんがおずおずと手を挙げる。

 彼女の素のしゃべり方はこんなかんじだったのか。


「ええ、もちろん」

「Eスポーツの類がないのはわかるんスけど、将棋とか囲碁とかそういうタイプのものも全然やってないように見えるんスけど」

「そういう類のものは最初から除外しました」

「え。な、なんでッスか……?」

「使命とするのに相応しくないからです」

「…………使命に、相応しくない……?」


 獅子野さんは僕の言葉に対して、明らかに不機嫌になった。

 ゲームで遊んでいる彼女にしてみれば、侮辱のように感じられたのだろうか。


「ストップですわーー!!!」


 少し険悪なムードになった瞬間に黄金崎さんが会話に割って入る。


「お二人ともお分かりの通り、この男、大真面目ではありますけれど、大バカでもありますのよ!!!」

「さっきからバカバカ言い過ぎではありませんか??」


 頭が良くないというのはその通りだし、色んなことに才能がないのもその通りだが、バカバカ言われるのはどうにも納得がいかない。


「久我優斗のこの『使命探し』とでも言うべき奇行の大本をたどると、彼のご両親にいきつきますわ」


 黄金崎さんはとうとうと語り続ける。


「彼のご両親はそれはもう立派な方でしたわ。おそらく、久我優斗自身はそれを親族から嫌というほど聞かされているはずですわ」


 なんでそんなことまで知っているんだ。


「『お父さんのように、お母さんのように、立派になるんだよ、頑張るんだよ』とそんな言葉ばかり浴びせられ続けたことで、久我優斗は立派になることを自分の使命だと思い込み始めましたわ!!」

「そんな悪いことのように言わないでもらえませんか」

「ええ、ええ。そうですわね。普通ならただの励ましの声かけですわ。あなたのご親族の皆様は何も悪くはありません」

「……僕が悪いとでも言いたいんですか」

「悪いわけではありませんわ。やりたいことに熱中するのは素敵なことだと思いましてよ。でもあなたの場合はそれが普通じゃなかった。普通の子供なら、自分の才能やら使命やらを本気で探そうとなんてしませんわ」

「自分に向いていることを探すことがいけないことだっていうんですか!!」


 咄嗟に出た声が大きくて、自分でもびっくりしてしまった。

 倉林さんと獅子野さんも驚いて目を丸くしている。


「いいえ、何もいけないことではありませんわ。でもね、いいこと? 普通の子は、自分のやりたいことをやるものなんですのよ」

「僕だってやりたいことを探そうとして」

「やりたいことを探そうとしていた、ということは……この年表に記載されていることはどれもやりたいことではなかったのですのよね?」


 言われて改めて年表を見る。

 本当に色んなことに取り組んできた。

 でも、どれも僕に才能があるとは思えず、次の種目へと切り替え続けてきた。


「この年表を見ると久我優斗が恐ろしく飽き性で映り気な人間にも見えますわ。でもこの男は、少なくともこの年表に記載されている期間は全力で、それこそ一分一秒を惜しむようなスケジュールで取り組んできましたわ」

「どうして黄金崎さんがそんなことを知っているんですか」


 まるで直接見てきたかのような物言いだった。


「あなたの叔父さんから色々と話は聞いてますわ」

「え」

「久我優斗がどんな態度でものごとに取り組んできたか。それを一番近くでサポートしてきたのはあなたの叔父の久我幸一さんですわ」

「そ、それは、その通りですけど」

「幸一叔父さんは、いつも悩んでいましたわ。病的なまでに色んなものに手を出し続けるあなたを止めるべきか、それとも支えるべきなのか」

「叔父さんが……悩んでいた……?」


 叔父さんにはいつも色んな手助けをしてもらっていて、申し訳ないと思っていた。

 ひょっとすると、手間だからという理由で手助けをしてもらえなくなる時が来るのではないかとも思っていた。

 でもまさか、止めるべきかどうかと悩んでいたなんて、思いもよらなかった。


「結果的に中学三年生の今の今まであなたが頑張り続けるのをサポートしてくれたことに感謝ですわね!!」

「それはもう本当に感謝してますが」

「そしてこれからはVTuberとして頑張ることですわ!!!」

「……どうして??」


 これからは叔父さんに迷惑かけずに細々と生きろ、という話なら分かる。

 だが、VTuberという話はいったいどこから飛んでくるのだ。


「どうして僕をここに連れてきたんですか」

「どうしてだと思います?」


 黄金崎さんはこちらをじっと見る。


「VTuberをやれると黄金崎さんが判断したからでは……?」

「その通りですわ!! ではどうしてやれると思ったのか教えて差し上げますわ」


 黄金崎さんはすぅと息を吸って、大きな声で言った。


「顔と声ですわーーー!!!!!!」


 そこには今まで通りのぺかーっと光る擬音が聞こえてくるんじゃないかという勢いで明るい黄金崎さんがいた。


「顔と声?」


 急に何の話だ。

 僕は冗談を聞きたいわけではないのだが。


「そうですわ。特に声がいいですわね。あなた本当に中学三年生ですの? 落ち着いた低い声はもう色気があると言ってもいいほどですわ。倉林詠、あなたもそう思いますわね?」

「えっ!? あのっ、えっ、私ですか!?」


 急に話題をふられて倉林さんは挙動不審になる。


「えーっと……すごく素敵な声だと思います。歌、聞いてみたいです」

「声が……素敵?」


 今まで全く意識したことがなかった。


「獅子野虎子! あなたはどう思いまして?」

「……や、正直、声聞いただけでこの人絶対声で採用されたでしょって思うくらいにはいい声っスけど」


 獅子野さんはぼそぼそと言った。

 思ってもみなかった部分を才能として上げられてしまって、力が抜けてしまった。

 冗談で言ってるようには思えないし、どうも本気で褒めてくれているようだ。


「そういうことなんですわ!! あなたの才能はVTuberで生きますわーーー!!!!」

「それはつまり、VTuberとしての才能があるということではないんですか?」

「声は重要な要素ではありますけれど、声だけで頑張れるほどVTuberは甘くありませんわーー!!!!」

「そ、そうですか」


 とりあえず声がいいというのは本気で言ってくれているらしい。

 だがどうしても得心いかない。

 声がいいというのはどういうことなのだろうか。

 自覚は全くできないし、理解もできない。

 でもそれが僕の才能であるなら、それを生かすのが――


「使命なんてものはありませんわよ」


 黄金崎さんは思考を読んでいるかのように、そう言った。


「まずやりたいことを見つけることですわ。あなたが思っているような使命なんてものはありませんから」

「やりたいこと……」


 ふと、叔父さんが口癖のように言っていた言葉が思い出される。


『自分に何が出来るのか、何をやりたいのか。まず見つけなさい。私の役目はそれを支えることだ』


 何が出来るのか。

 何をやりたいのか。


 思えば、何が出来るのかばかりを考えていた。

 自分にも何か才能があって、それを使って使命を果たす。

 そうありたかった。

 やりたいことなんて、考えたことがなかった。


「やりたいことが見つからないうちは、私が色々とやらせてさしあげますわーー!! 高校生活を棒に振る可能性もありますけれど、とにかく私について来いですわーーー!!!!!」

「棒に振るのは嫌ですけど……」


 めちゃくちゃなことを言う黄金崎さんに思わず笑ってしまう。


「笑うとそんな顔なんですわね」


 黄金崎さんは珍しく驚いた顔をしている。

 僕はなんだか黄金崎さんに初めて勝ったような気分がした。


「ええ、こんな顔です」

「では今後もそのようにヘラヘラと笑うことですわーーーー!!!」


 ヘラヘラ笑ったつもりはなかったのだが。


「自己紹介も終わったところで、今後の活動方針とここでの生活のルールについて私からお話しますわーーー!!!」


 黄金崎さんはそう言って、リモコンを操作してスクリーンの映像を切り替えた。

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