第5話 雑魚、倉林詠の自己紹介に戦慄する

 倉林さんは立ち上がってきょろきょろと皆を見渡す。

 そしておずおずと口を開いた。


「はい、えっと、私の名前は、倉林詠、です。中学三年生、です。四月から高校生です」


 予想はしていたが同い年のようだ。

 おそらく高校にも共に通うことになるのだろう。


「う、歌が好きです…… お、終わりです」


 倉林詠さんはそう言ってペコリと頭を下げた。

 拍手をしたのは僕だけで、獅子野さんは興味なさげにしていた。

 問題の黄金崎さんは、目を瞑ったままうんうんと頷いている。

 その様子を見て、先ほどの黄金崎さんの言葉を思い出した。


『ちなみにワタクシが喋ってほしいと思ったところを喋っていなかったら勝手に補足しますわーー!!!』


 正直、自己紹介としては物足りないようにも感じたが、補足は行われるのだろうか。

 そう思いながら黄金崎さんを見ていると、さっと立ち上がり目をカッと見開いた。


「全然足りませんので補足いたしますわーー!!!!!」


 黄金崎さんは再び手元のリモコンを操作するとスクリーンの映像が切り替わる。


『倉林詠の生態』


 でかでかとした文字が映り、また映像が切り替わる。

 映し出されたのは、幼稚園児たちがステージの上で踊っている様子だ。

 お遊戯会か何かだろうか、子供たちは何かの劇をしている。

 ひょっとするとこのステージの上に倉林さんがいるのだろうか。

 そんなことを考えつつ倉林さんの方をちらりと見る。


「あっ、あっ、あっ、あっ」


 倉林さんは顔を真っ赤にして口をパクパクさせていた。

 よほど恥ずかしいのだろう。

 しかしそんなに恥ずかしがるできごとが起きているようには見えない。

 そもそも倉林さんがこの映像のどこにいるのかもわからない。


「こちらは倉林詠が幼稚園児のときの映像ですわ! ステージ右側にご注目くださいませ!!!」


 言われた通りステージ右側に注目していると、ステージ右側から中央に駆け出してくる園児が現れた。

 そしてその子はまるで歌姫であるかのように何かを歌い始めている。

 周囲の環境音や声でちゃんとは聞こえないが、その歌声は幼稚園児とは思えないほどよく通る良い声だった。

 劇の主役なのだろう。

 とても立派に思えるのだが、と思っていた矢先だった。


 ステージわきから慌てて飛び出した先生に幼き倉林さんは一瞬で抱きかかえられ、あっという間にステージの脇へいってしまった。

 観客たちがどよどよとざわめき始める。

 そしてまたすぐにステージに向かって駆け出してくる園児がいる。

 まごうことなく幼き倉林さんだ。

 再び先生に抱きかかえられてステージわきへと連れていかれるが、とんでもなくよく通る声量での泣き声が響き渡り、観客たちはよりいっそうざわめき始める。


「幼き倉林詠は人前で歌うことに人一倍強いこだわりのある子供だったのですわーー!!!」


 人一倍で済ませていいこだわりだっただろうか?

 とはいえ、なかなか強烈なエピソードではあるものの、幼少期の微笑ましいエピソードといえる範囲ではある。


「お次はこちらですわー!!」


 映像が切り替わる。

 どうもまたお遊戯会の映像のようだ。


「こちらは先ほどの映像の一年後のものですわー!!!」


 映像はまたしてもステージ中央に駆け出して歌いだす幼き倉林さんを映していた。

 歌は去年よりも上手くなっているように思うがそこは問題ではないだろう。


「そしてこちらがさらに一年後のものですわー!!」

「こちらは小学一年生のときに運動会の表彰式の最中に歌いだしたときの映像ですわーー!!!」

「こちらは小学二年生のときに―――」

「こちらは小学三年生のときに―――」

「こちらは小学四年生のときに―――」

「こちらは小学五年生のときに―――」

「こちらは小学六年生のときに―――」


 次々と繰り出される突然歌いだすエピソード。

 これらをきっと倉林さんては秘匿しておきたかったはずだ。

 なんだか気の毒に思って倉林さんの方を見る。


「あは、えへ、うふふ、ひひ、ふふふ」


 照れくさそうにはにかみながら僕の方をじっと見ていた。

 思わずぎょっとする。

 てっきり恥ずかしがって俯いているのではないかと思っていた。


「あ、あの、どうですか、私の歌」


 唐突に質問をされて、僕は思ったままを答える。


「とても素敵です」

「へへへへへへへへ」


 倉林さんは顔をふにゃふにゃにして喜んでいる。


 倉林さんは僕が思っていたような人ではなかった。

 とんでもない人だ。


「ちなみに中学生になってからは先生たちに要注意人物として取り扱われて人前で歌うことはほとんどできませんでしたわ!! オマケにろくに友達もできずに細々と暮らしていましたわーー!!!」

「あ、え、その、はい……」


 倉林さんはどんよりと俯く。

 そうすると中学生の間は存分に歌えずに辛かったに違いない。


「当然このモンスターが我慢できるわけもありませんわ!! 倉林詠は動画投稿をするようになって、ネットの世界で羽ばたくようになりましたわー!!!!」

「えへへへへへへへ」


 モンスター呼ばわりされて嬉しそうにふにゃふにゃした顔になる倉林さん。

 歌のことを褒められることが何よりも嬉しいようだ。


「高校ではなんとしても大活躍したいと思うものの、友達付き合いがろくにできないことから色々とナーバスになっているところに付け込んでここに連れてきましたわーーー!!!」

「えへへ、連れてこられちゃいました」


 倉林さんは嬉しそうだ。

 細かいことを気にするのはやめよう。

 僕の常識では倉林さんを推し量ることはできない。


 色々ととんでもなかったが倉林さんをよく知ることができた。


「次は獅子野虎子の番ですわーー!!!」


 そう言って黄金崎さんは獅子野さんを指差した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る