第2話 雑魚、お嬢様の望みを聞く
リムジンの中、僕は黄金崎さんと向かい合う。
「あの、色々と聞きたいんですが」
「どうぞお好きに聞いてくださいまし!!」
「まずお名前は?」
「黄金崎綾乃ですわー!!!」
「黄金崎さん、ですね。僕の名前は久我優斗です」
「存じ上げてますわーー!!! というかあなたのことならだいたいなんでも知っていますわー!!!」
「なんでもってことはないでしょう」
「今日、合格発表を確認しにいった高校は〇〇高校で、受験番号はxxxxxですわよね?」
「…………その通りです」
「なんでも知ってますわーーー!!!」
高らかに笑っているが僕は改めてこの人の意味不明さに恐怖する。
この黄金崎さんはいったい何者なんだ?
聞きたいことは無限に湧いてくるが、まず一番気になることを聞くことにした。
「……黄金崎さんは、僕に何をさせたいんですか」
「あら、話が早いですわね」
黄金崎さんはにっこりと笑う。
「久我優斗。あなたにはVTuberをやってもらいますわー!!!」
「ぶい、ちゅーばー?」
知らない単語だった。
「ユーチューバーは分かりまして?」
「聞いたことはあります。動画投稿サイトに動画投稿をして広告収入を得ている人のことですよね?」
「あんまり詳しくなさそうですわね」
「見たことないので」
「なるほどですわ。そのユーチューバーがやることを、何かしらのモデルを介して行うことをヴァーチャルなユーチューバー、略してVTuberと言うと思ってくださいませ」
「何かしらのモデル、というのは?」
「見せた方が早いですわね」
スマホを手渡される。
画面には女の子のイラストが映っている。
真正面を向いた制服姿の女の子で、微妙に左右に揺れながら口がパクパクと動いていた。
音声もあわせて見てみると、どうやら人がしゃべるのとあわせてイラストも動いているようだ。
「こちらがVTuberさんですか?」
「ですわ」
「これはアニメに合わせて声優が声を当てているんですか?」
「違いますわ。これは実際に人が喋っている映像をトラッキングしてキャラクターが動いていますのよ」
「トラッキング、なるほど」
詳しくはないが聞いたことはある。
人や物の動きを読み込んで、それをモーションとして取り込む。
例えば野球であれば投球や打球を高性能なカメラの映像で取り込み、その速度や軌道を精確なデータにすることができるそうだ。
他にも、ダンスをする人のモーションをトラッキングし、踊り自体をデータにしてしまうこともできるらしい。
トラッキングしてイラストを動かしていることは理解できた。
しかしそれはそれとしてさっぱり分からないことがある。
「これは何のためにイラストを動かしているんですか? 映画やアニメの映像として用いるためではないですよね?」
このイラストをトラッキングして動かすことの意味がさっぱり分からなかった。
映画やアニメの映像作りのためではないだろう、動きとしては地味すぎるしアニメーションとしての魅力はあまり感じない。
その理由は、黄金崎さんが僕にVTuberをやらせようとする意味と直結しているに違いない。
僕は黄金崎さんの顔をじっと見て答えを待った。
「それはですね」
彼女は待ってましたと言わんばかりの満面の笑みを浮かべ、そして言った。
「あなたには口で説明しても今は絶対に伝わらないのでそのうち教えますわーー!!」
自信満々で教えることを拒否された。
あらかじめ拒否することを決めていたと言わんばかりの勢いだった。
「……そうですか」
どんなに頼み込んでも教えてもらえる気はしなかった。
VTuberとはいったいなんなんだろうか……
それを教えてもらえないとなると、また別のことが気になった。
そしてそれに気づいた瞬間から、胸が高鳴るのを感じた。
「あの、聞いてもいいですか」
「なんですの?」
VTuberがどんなものなのかもさっぱりわからないのに、この質問をすることに僕は間違いなく緊張していた。
それは、もしかすると僕が望んでやまない答えが聞けるかもしれないという予感があったからだ。
「VTuberがどういうものなのかは聞きません。ですが僕にそれをやらせようとするということは――」
万感の思いをもって、僕は聞いた。
「――僕にVTuberとしての才能があると?」
彼女はますますの笑顔を浮かべて口をぱっかーんと開けて満面の笑みで答えた。
「知りませんわーー!!!」
どうしようもなく明るい彼女を目の前にして、僕は泣きそうだった。
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