エピローグ

「そういえば、怪獣って、なんで名前が無いんですか?」

 僕は聞いた。翠さんは、欠伸をしながら答えた。

「そもそも、名前を付けるなんて人間だけだよ? 犬だってうさぎだって恐竜だって、名前なんかつけない」

 なんだかはぐらかされた気分だ。

 翠さんは紙ストローでコーヒーを飲んでから、今度は多分真面目に言った。

「名前っていうのは、その人を忘れないための、最後の砦みたいなものなんだよ。アカリちゃんは、誰にも何も忘れて欲しくないみたいだったけど、それは多分、少し違うんだよ。彼女は、人間の自然な物忘れまでは否定しなかった」

 僕は黙ったまま翠さんの言葉を聞き続けた。

「その、最後の砦が、名前なんだよ。悲しみも傷も肯定する君と、アカリちゃんと、それから私は、何も忘れないまま生きていきたいけど、そうはいかない。だから、名前だけ。彼女の名前だけ覚えていれば、大丈夫なんだよ。きっとね」

「やけに詳しいですね」

「まあ、年の功ってやつかな」

 僕らはファストフード店でお喋りをしていた。あれから二年ほどが経ったけど、僕らはそれなりに仲が良い。親友と言ってもいいレベルだ。

「僕は、翠って名前、好きですよ」

「自画自賛?」

 みどり、の漢字を翠にしようと言ったのも僕だ。だから、確かにそれは自画自賛に聞こえるかもしれない。でも。

「違いますよ」

「あ、そう」

「別に黄色でも紫でもなんでもよかった。そこに意味なんかないんですよ」

「じゃあ、その中でみどりを選んだ私のセンスだ」

 翠さんはそう言った。

「そういう事じゃないんですけどね」

 結局、後悔と悲しみばかりの人生を生きている。アカリがいなくなって、もう会えなくなって、思い悩むことばかりだ。

 でも、そうでしか生きられない。だから、きっとそれでいいんだと思う。

 アカリがくれたのは、きっとそういう事で、彼女の事を忘れなければ、彼女の名前を忘れなければ、きっと、いつの日か、僕らは心から笑えるんだと思う。

 僕は、これからもそうやって、悲しみの中で前向きに生きていこうと思う。

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怪獣に名前をつけるなら @kiichilaser

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