第11話

 そして二日後。

 キッチリと仕事を仕上げてきたリリィから連絡が来る。

 メールに添付されていたファイルを展開すれば藍が依頼していた内容がまとめられている。


 B&S海底探査株式会社

 代表取締役社長 ブライドン・ベイリー(55歳)

 旧豪地域出身 UQ経済学部卒

 大学卒業後地元貿易商社に入社。

 入社5年後旧米エリア西海岸の支社に移動。

 その後取引商社を増やし、業績拡大の功績により支社長に就任。

 50歳にして早期退職。

 その後、後述するリュカ・白木氏と共にB&S海底探査株式会社を設立。

 現在独身。離婚した妻との間に一男一女あり。

 総合能力者ランクC

 共感能力エンパシスト 個別ランクC


 取締役副社長 リュカ・白木(40歳)

 旧極東エリア出身  MIT能力科学部卒

 在学中に若年者向け能力制御練習用プログラム開発に成功。

 これを基に大学卒業後旧米エリア西海岸にて能力者支援施設を設立。

 表向き有能な若手起業家だが、裏では支援施設出身の高ランク能力者を集めた傭兵部隊を保持しており、国内外の紛争や内戦にも手を出している。

 ベイリー氏とは表向きの支援施設にて必要な資材を輸入する関係で知り合い、5年前にB&S海底探査株式会社を設立。

 共に海底地質の専門家ではないにも関わらずいきなり海底探査会社を立ち上げることになった一端には白木氏の保持する傭兵部隊所属の能力者による反響定位エコーロケーションにて資源発見があったためである。

 現在独身。婚姻歴無し。

 総合能力者ランクS(但し、公表しているランクは重力操作グラビテーションのみのA)

 重力操作グラビテーション 個別ランクA

 結界操作 個別ランクC

 風系魔法 個別ランクC

 能力奪取サイキック・スティール 個別ランクS

 Sランク能力の能力奪取サイキック・スティールには要注意。

 触れた相手の能力を吸い取って己の物にしてしまうため接触されないことが重要。

 奪った能力は元になった人物の持っていたランクがそのまま反映される。


 B&S海底探査株式会社

 5年前にベイリーと白木氏によって共同設立。

 海底資源の探査と平和有効利用を基本理念に掲げる。

 資本金100,000$ 社員数300名(内訳 能力者100名、非能力者200名)

 会社設立後わずか1年の間に有効な埋蔵量を保持する資源スポットを複数発見したことで一躍有名企業の仲間入りを果たす。

 現在、発見された資源スポットの採掘の為か新規人員を大量に募集しているが、Cランク以上の能力者を優先雇用しているため採掘個所に問題が起きているのではないかと見られている。

 南の海岸沿いにある旧本社ビルにて白木氏が採掘プロジェクトの陣頭指揮を執っているのが確認されている。


 その他関係者

 白木氏の保持する能力者傭兵集団は各国に派遣されることも多いため、各地の軍部とのつながりもある。

 詳細は以下の通り

(各国軍事機密に抵触するためセキュリティがかかっている)

 …

 …

 …

 尚、直接のかかわりまでは裏付けが取れなかったが、白木氏の関係者が数人ほど『COLORS』極東支部勤務となっている。

 以上



 リリィからの報告書を見た藍はその内容を紅と黄沙にも回して見せる。


「この話、どう思う?」

「能力者が多く雇われてるんのは海底での採掘作業に従事させられているからって考えるのが妥当やろな。どういった方面の能力者を中心に集めてんのかまでは書いてないけど、基本的にCランク以上の能力者なら非能力者ノーマルに比べて耐久力高いんが多いからな。

 それでも場所が場所や。イレギュラーが起こる確率は高いし、効率重視でやってれば潰れるんも速いんやろ」

「だから補充を多くとっていると。そして潰れた能力者は余計なことを言わせないために口封じをしているということだろう」


 三人が口々に意見を述べ、難しい顔をする。


「能力者が次々と使い潰処分されているというのが事実であれば重大な問題だな。これは『COLORS』として見逃せない事態だろう」


 黄沙の言葉に藍も同意する。早速他のメンバーに緊急招集をかけて再度対策方針を決めなければ…と話し合っているところに焦れたような紅が口を挟む。


「そやかてみんなに諮っとる余裕はないで」

「どういう意味だ?」

「忘れたんかいらんちゃん!向こうにはクヨウが捕まってて無理やり協力させられとるんやで」

「そうか…。だが、クヨウさんは能力者ではないのでは?単なる情報提供の協力者としての扱いであれば直接採掘現場へ連れていかれるようなことはないと思うが」

「うっ……、そ、そらケイトちゃんなんも言ってへんけど…やっぱ心配やないか…」


 この場合非能力者ノーマルの方が比較的安全と見られているので藍としては既定の手続きを踏んでから敵の元へ乗り込みたい。

 特に『COLORS』に就任してまだ地盤固めが確固たるものになってない自分たちがいきなり規則破りをするのはかなりよろしくない事だろう。


 なのできちんと順番を踏んでから、と諭そうとしたときに黄沙が何かを含むように笑った。


「いや、今回は事後承諾させればいい。理由を聞けば『青』たちだって承認せざるを得ないだろう。むしろ今支部に戻る方が危険だ。

 アタシが昨日から電脳空間サイバーワールドで見つけてきた情報とリリィがくれた情報はほぼ一致する。……本人の言う通りかなり腕のいい情報屋だな。そんなリリィが支部に敵の関係者がいるというんだ。確定しきる前に支部に戻っては敵方にこちらの動きが伝わる可能性が高くなる。

 だったらこのまま押し切って行った方がいい。何か言われてもアタシもフォローするさ」


 乱暴すぎる意見だったが納得した二人は即座に頭を切り替えてその方向で行くことにしたのだった。



 その後、黄沙は記録媒体に隠されていた地図と紅とリリィからの情報を併せて現在のB&S海底探査株式会社が採掘している場所を探り出し、そちらへ『COLORS』支部からの特別監査を送り込む手はずを整える。

 藍と紅もあちこちに指示を飛ばしながらB&S海底探査株式会社の公式サイトにハッキングを仕掛けようとしていた。


「さすがに会社内部の詳細な見取り図は公表されてへんなぁ」

「当たり前だ、馬鹿。組織図は出しても部屋の見取り図を出すやつがいるわけないだろう。敵の多い会社がそんなものを後悔したらあっという間に襲われるだけだ」


 後ろから覗き込みながら当然のことを言う紅に藍が呆れる。


「さて、と。ハッキングは『黄』ほど得意ではないんだが、やれるだけやってみるか」

「なんだ、自信がないのか?『藍』不安ならアタシが代わりにやってやろうか?」


 複数のモニターを操りながらもニヤニヤと人の悪い顔をして黄沙がからかってくるが言われた藍は落ち着いたものである。


電脳空間サイバーワールドに特化した『貴女』を越えられる人がいるなら『黄』の座を譲り渡した方がいいと思いますけどね。これでも一通りのことはできますからご心配なく」


 とはいえ、『黄』ほどは適性が高くないのは藍自身がよくわかっているので短時間で深く潜るためにはサポートデバイスが必要になる。

 普段使わないためしまってあったサンバイザー型のサポートデバイスとPCを接続すると暫く無防備になる自分と黄沙のことを紅に頼んで藍は電脳空間へダイブした。



「さて、『藍』はどれぐらいで欲しい情報を集められるかな」


 電脳空間の申し子やら愛し子などと呼ばれる黄沙が本気を出せば電脳空間内であればどんなに隠されていようとも暴けないものはない。

 だが、今回はあくまでも紅と藍からの要請によるサポートがメイン。

 彼らができることであれば自分が手を出す必要はないと割り切って頼まれたことしかやるつもりはないようだ。

 はっきり言ってしまえばケイトから預かった記録媒体のプロテクトを解除さえすればそのあとはすぐに手を引いてしまっても問題ないのだ。

 それなのに未だ手伝っているのは単に黄沙の趣味である。

 後は久しぶりにできた後輩に興味が沸いているというところか。


「俺もらんちゃんも電脳空間あっちはそこまで得意じゃないからなぁ。とはいうても俺よりはらんちゃんのが適正高いから何時間もかかるとかはないと思うんやけど」

「というか、お前たちが欲しいのは旧本社内部の見取り図だけなのか?それだけなら数分もいらないだろう。それとも警備プログラムを書き換えて向こうの情報をこちらに流すとか、命令系統システムの上位権限者に割り込むとか電源システムの掌握とかそういうたぐいのものはやらないのか?」

「だから黄沙ちゃんと比べへんでくれーな…。っつーか、なんかエグイこと言ってるんやけど」

「何を言っている。さっくり捕まえるなら相手の全システムをこちらで掌握して何もさせないどころか生殺与奪も握った方が圧倒的に早いだろうが。建物全体を封鎖して空調システム弄ればあっという間に密室の建物の出来上がりだぞ?その中の酸素濃度を変更させたり、副作用の起こりにくい麻痺毒でも流し込めば一発だ」


 武力はからっきしの黄沙にしてみれば自分が直接出て行って切った張ったする必要はない。むしろそんな状況になった時点で負け決定である。

 なのでそうなる前に搦め手で決着をつけるのが正解なのだ。


「黄沙ちゃんのやり方だと無関係の非能力者まで巻き添えにするやんか。そら首謀者や共犯者とかはとっ捕まえないとあかんけど、何も知らん部下まで巻き込むんはいやや。第一、そのやり方だと捕まっとるクヨウまで巻き込まれるやないか…」

「はー…甘いな『紅』は。『藍』も同じ考えなのか?」

「多分な。らんちゃんは絞めるとこはキッチリ絞めるけど、無駄に被害者が増えるんは好かんから」

「まぁ、今回の件はあくまでお前たちの預かり案件だからな。アタシのやり方を強制するつもりはないさ。でもこういう考え方もあるってことぐらい覚えておくといい。

 …あと、甘すぎる考えは命取りになる。アンタたちも『COLORS』の色になったんだからそのあたりはしっかり考えなよ」


 やれやれ、という感じで軽く両手を挙げた黄沙に何か言おうとした紅だったが不意に視線をそらし、黄沙にテーブルの下へ隠れるように言う。


「どうした、コウ?」

「静かに。誰か来る」


 ダイブ中の藍はあまり動かせないがそれでもPCの陰になるように移動させ、自分も物陰に隠れつつ左脇に吊るしてあったホルスターから愛用の銃を取り出す。


「なんだ、オマエ銃器も使えたのか?」

「あんまし出番あらへんけどこれでも結構得意なんやで」

「まぁ、旧米エリアあっちはそういうの割と出番多そうだしな。藍も持ってるのか?」

「いや、らんちゃんは別の…って、しっ」


 こそこそと話していた紅と黄沙だったが何者かの気配が近づいてくるのと同時に何か言い争うような声も聞こえてくる。

 既に襲撃してきた者たちは支部の者たちが回収していてこの家に自分たち以外の誰か残っているということはない。

 なのに話し声が聞こえるということは侵入者は複数。更に言うならば大声で話しているということは侵入者たちの存在が自分たちにばれても問題ないと思っているということか。

 何故かセキュリティトラップも反応していないということは既に解除されている。なのになぜか黄沙は慌てた様子を見せなかった。


『こっちは動けないらんちゃんと荒事には全く向いてない黄沙ちゃんの二人。敵は複数。様子見してる暇はなさそうや』


 どんどんと近づいてくる足音と話し声に紅はセーフティーロックを静かに外し、いつでも飛び出せるように迎撃準備をする。


「あー…おい、コウちょっと待て…」

「………」

「だから待てって…」


 そっと紅の傍に寄ってきていた黄沙がクイックイッと服の裾を引っ張って意識を引こうとするが集中している紅は気づかない。


 そうこうしてるうちに扉が躊躇いなく開けられた。


「コウ‼」

「っ⁈」


 バーンと勢いよく開いた扉から人影が飛び込んできたのと同時に紅も物陰から飛び出し反射的に銃のトリガーを引こうとして…できなかった。


「危ないですわねぇ…。先手必勝の意気込みはよろしいですが、ちゃんと相手を見極めなければいけませんわよ?」


 そう言って扉から姿を見せたのは保護対象者ケイトを預けたはずのユカリ。

 銃のトリガーを氷の能力で固めて発砲できないようにしたのも彼女の仕業だった。


「ケ、ケイトちゃん⁈それにユカリさんまで何でここに⁈」


 予想外の侵入者の姿に紅も思わず開いた口がふさがらなくなる。


「私が連れてきたんですの。支部で別れた後、私の担当地域おうちにご招待して待っていていただけるようにお願いしていたのですが、その前にどうしても寄りたいところがあると仰るので寄り道していたんですの。

 そちらで何かを見つけられたようで、すぐにでも貴方たちの所に行かないとと騒がれて…。

 放っておくとお一人でもこちらに乗り込まれそうでしたので仕方なく…。ごめんなさいね」


「ユカリがいたからセキュリティが反応しなかったんだよ。この家のはアタシたちには反応しないようにしてあるからね」


 黄沙にはセキュリティが反応しなかった時点で誰が来たのかはわかっていたのだろう。だから先制攻撃をやめるように警告を促していたのだが紅には届かなかったようだ。


「………いったい、何があったんだ…?」

「らんちゃん!」


 PCの物陰に庇われていた藍がサポートデバイスを取りながら起き上がると全員の視線が藍に集中する。


「???コウ、何があった?なんでここにケイトさんとユカリさんがいるんだ?」


 ひとり全く状況が理解できていない藍にどう説明したものかと紅は頭をひねるのだった。

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