第9話
「らんちゃんはもう来とるかっ⁈」
「うるさい。今重要なところをやっているんだから静かにしろ」
バタバタと足音も高く家に飛び込んできた紅にいつの間にか先に来ていた藍がたしなめるように言う。
思ったよりも襲撃者たちとのいざこざに時間を取られていたようだ。
「す、すまん。でもホンマに何もなかったんやな?」
怒られてシュンとする紅には構わずディスプレイ画面を注視していた藍だったがその言い方に引っかかりを覚えて顔を上げる。
「何があった?」
訝しげな問に紅は先ほど襲撃してきた男たちとその内容をざっくりと説明する。
それを聞くと納得したような表情で藍は裏庭を見るように促す。
言われるままに窓の外、裏庭を見るとそこには建物の外壁にすらたどり着けない別動隊の男たちが死屍累々の体で倒れていたのである。
余りにも無残な姿にあっけに取られている紅だが、そこにゲームをクリアした黄沙が当然のような表情で状況を説明する。
「どこかの馬鹿がわざわざご丁寧に正面からやってきてくれたんでな。この家のセキュリティ強化のついでに新しく組んだトラップがどこまで有効かの
「…あいつら生きてんのか?」
「んー…
「生き残ってる者がいれば情報がとれるだろう。いなくても特に問題はない」
「そうだな。馬鹿どもがトラップを攻略しようと奮闘していた間に必要な記憶はスキャンしてあるからな。…外に転がっていられるのも邪魔だな…。『藍』なんとかできないか」
さらっと流す黄沙に藍も既に連絡済みで間もなく回収班がやってくると答える。
「あー、黄沙ちゃん。頼むから回収班来る前にトラップ切っといてくれや…」
どう考えてもまだまだトラップがありそうでさすがに回収班がその罠に引っかかってはかわいそうに思った紅が一言注意を促す。
「当たり前だろう。味方まで動けなくしてどうするんだ。さて、見ろ。非常に面白かったがとうとうエンディングだぞ」
黄沙の言う通りいつの間にか弾幕ゲーから変わって、100面ダイスのカラー揃えという目と頭が痛くなりそうなパズルが完成を迎えるところだった。
そして表示される例のパスワード。
CONGRATULATIONS‼ YOU WIN!
PASS WARD 『RETURN』
NEXT STAGEの文字はなく、エンディングロールが流れる中黄沙は大きく息をつく。
「さすがやな。で、
「鍵というかなぁ…。ほら、とりあえず出てきたパスワードの一覧だ」
そういって黄沙が見せてきた小型ディスプレイには複数の単語が並んでいる。
「COLORS THE LOST STORY MOVE WHEN そしてRETURN。
で、これを文章に並べ直すとこうなる」
更に続けて一つの文章を作る。
When the lost colors return, story move
「失われた色が戻る時、物語は動き出す。ってどういう意味や?」
「アタシに聞いてもさすがにわからないぞ?さすがにラストの100面キューブに使われていなかった色を探せって言われてもやりたくない」
出来ないとは言わないがわずかなカラーコードの違いで色ぞろえをさせられた黄沙にしてみれば探すため専用プログラムを組むのはめんどくさい。
「ああ、ラストの
その言葉通り表示されたのは意外なものだった。
『ANSWER THE NUMBER OF PEOPLE IN "COLORS"』
「この場合は俺らの人数でええんか?」
「…まぁ、順当に考えるのであればそうだろう。まさか組織全体の人数を答えろという問題ではないと思うが」
「一応本部の管理データベースにアクセスすれば現在各地の支部に登録されている人数は把握できるけど、どうする?」
「いや。難しく考えさせるのがラストの罠かもしれない」
「あり得るな。このゲームを作った人物は相当ひねくれてるみたいだからな」
藍と黄沙が苦笑しながらゲーム制作者の意図を探る。
「と、なると答えは」
『SEVEN』と打ち込みかけるのを紅が止める。
「ちっと待ってくれ。その答え、たぶん『NINE』が正解やと思う」
「コウ?」
「俺らも基本的に七色、言うてるしみんなが管理してる支部の数も七つ。一般的に知られてる『COLORS』の人数は七人で間違いはない。けど、よく忘れられがちやけど、『COLORS』の正式人数は九人やって以前教えてくれたのはらんちゃんやろ?」
「確かにそうだが…。よく覚えていたな。僕たち七色のほかに伝承では『白』と『黒』の二色がいたと伝わっている」
古い伝承をまだ地位を継いで浅い二人が知っていたことに黄沙が驚く。
「お前たちよく知っていたな。だが、その二色は初代のみしか確認されていないぞ?データベース上では代替わりをしたという記録を残さずいつしかその存在が消えていた幻の色だ。なのにそれを含めていいのか?」
「表舞台から姿を消したからというてその存在自体が幻だったという証拠はどこにもないんや。
それどころかあっちこっちの離れた地域でこの二色が現れたという伝説が残っている。……そしてその中で一番新しいやつはわずか数年前って聞いたで」
「コウ、お前その話どこで聞いた?」
「まぁ、誰に聞いたとかはええやないか。今大事なんは何人いるかってことやろ」
意外過ぎる話に藍が詰め寄るが、紅は言葉を濁す。
「コウの言う通りだな。ではその意見を信用してNINEと入れるが…。但し入力は一回のみやり直しは不可。もし間違っていたらこの
「黄沙、一応確認するがこの記録媒体の
「無理だな。複製しようとした瞬間吹っ飛ぶ仕組みになってる」
「本当に一回きりの
重ねての確認にも紅は迷うことなく頷く。
「ああ。『COLORS』の正式人数は九人。間違いない」
自信たっぷりに言い切る姿に黄沙も覚悟を決めて回答を打ちこみ、決定キーを押す。
その途端ディスプレイがブラックアウトした。
「コウ!」
「待て、ラン。……何か出てくる」
暗転したディスプレイだったが再起動する僅かな音とともに画面が再度明るくなってくる。
そして浮かび上がってきたのは一枚の地図と何かを示す印だった。
「なんやこれ…?多分地図…?どこのや?」
怪訝な顔をしてのぞき込む紅の言葉に藍と黄沙は食い入るように浮かび上がった地図を見つめる。
「海底地図……か?」
「え?」
白と黒の線画で描かれたそれをじっと見つめて考えていた黄沙が何かに気づいたように言うと藍も何かに気づいたらしく画面をさらに拡大すると記された線をたどるように指を動かす。
「そう…か、これは太平洋中域の海底地図だ」
「そうするとこの印は……」
「海山群の一部を指示しているな。場所は……」
「今調べる。……でた、マーカス・ウェーク海山群。そのさらに南にある正式名称のついてない小群島だな」
素早く自分の端末をネットワークに接続すると藍が世界地図と海底地図を同時に呼び出し記録媒体に隠されていた地図と照合する。
「だーかーらー!二人だけでわかってなんなんやー!俺にもわかるように説明してくれー!」
その間も一人蚊帳の外に置かれた紅が喚いているが集中している藍と黄沙の耳には届かない。
「俺だけ仲間外れにせんで、教えてー!」
「「うるさーい‼‼」」
しびれを切らした紅が駄々っ子のように叫ぶが、騒音にブチ切れた藍と黄沙は同時に振り返って叫び返した。
「もう少しわかったら説明してやるからもうしばらく大人しく待ってろ」
「えー、だってらんちゃんたちの『もう少し』って確証出るまで調べてっからってことやろ?そんなん何日もかかりそうやんか」
こめかみを抑えて邪魔された怒りを抑えながら藍が言うが不満げな紅は引かない。
こんなのが兄か…と残念に思いつつも確かに不確かな情報を出したがらない自分たちであれば『もう少し』が長引いてしまう可能性はある。
たまに鋭い指摘をしてくる紅に今回も藍が折れて説明することになった。
「あー、もううるさい!仕方ないから今わかっていることだけなら教えてやるからおとなしくしろ‼」
「ほんまか!教えてくれるんやな?!」
コロッと態度を変えてぱぁぁっと顔をほころばせる紅を見て黄沙がくすくすと笑う。
「全く。これではどちらが兄かわかったものではないな」
「黄沙……笑い事ではないんだが」
「まあ、仲が良くて結構じゃないか」
ため息交じりに抗議する藍に早く早くと督促するように紅がまとわりつく。
なんだか仕事が忙しくて構ってくれない飼い主に遊びをせがむ大型犬と、そんな犬に根負けした飼い主みたいだな。と一人納得する黄沙。
あながち間違ってなさそうなところが何とも言えないが同僚にそんな風に思っていられると気づかない藍は近くのソファーに改めて座り直すと隣に紅を呼ぶ。
「まずはこれを見ろ。これはケイトさんから預かった
藍が手元に映し出したモニターに二つの画像を重ねると確かに地図の数か所に赤い点が光っているのが確認できた。
「ここは旧マーカス・ウェーク海山群と呼ばれていた地域だ。地上と比べて海底は大崩壊以降もかなりの頻度で地形の隆起・陥没が起こるからな。なかなか正確なデータをつかむのは難しい。
海底の変動は近隣地域への被害も大きくなるからなるべくなら落ち着いてほしいものだが、場所が場所故になかなか難しいんだろうな…」
「そうやなぁ…。海底地震やらなんやらがあるとどうしてもツナミの起こる確率が高こうなるからな。こればっかりは俺ら能力者でも防ぐのは難しいな…。それでもできる限りの被害を抑えるために早期警報に避難及び防災システムと対応構築するしかないかぁ…。
で、そこに何があるんや?」
藍の説明にうんうんとうなずきながら本命を聞いてくる紅に藍のこめかみにピキリと青筋が走る。
「それをこれから調べようとしていたのをお前が邪魔したんだ!わかったか、この馬鹿ッ‼」
紅の耳元で大声で怒鳴る藍。
一喝されて耳がキーンとなったままヨロりと藍から離れたが、不意に何かを思い出したのか難しい顔をしだす。
「どうした、紅?」
プンスカと怒りつつ情報収集を続ける藍を楽し気に見ていた黄沙が急に真面目な顔をしだした紅を不審に思って声をかける。
「うーん、太平洋の真ん中…。海山…なんやったかなぁ。どっかでなんか聞いたような気が…。あー……あっ‼」
ブツブツ言っていた紅が急に大声を上げたことに二人はギョッとする。
「そうや!金脈や!そのマーカスなんちゃらってとこから金が見つかったって話聞いたことがあるで!」
この時代、すでに地上の地下資源はひっ迫していて主な採掘は海底資源へと向かっていた。
だが、海底資源の開発は先にも述べたように海底変動が多すぎて安定して採掘できる場所は限りがあった。
そのため各国共に最優先事項として安全かつ安定した量の資源がとれる採掘場所の探索が行われている。
勿論、アナログエネルギーだけではなく、安定した水力・風力・地熱を利用したエコエネルギーが現在主流ではあるのだが。
それでも天然物の鉱物資源等は需要が高いのはやはり変わりはなかった。
紅の大声に驚かされた二人だが、その発言内容は想像をはるかに超えるもので、もし事実であればとてつもない大発見だ。スクープにならないはずがない。
なのに
「お前、その情報どこで聞いたんだ?」
最近は
それなのに二人より先にこんな重大情報を聞いているとは何か怪しい。
「えーっとぉ……。らんちゃん怒らへん?」
「怒られるようなところで聞いてきたのか」
ジト目で鋭いツッコミが入り、うっと紅が口ごもる。
「まぁ、今回は事情が事情だから大目に見るが…。で、どこで聞いてきたんだ」
今日は怒られないことにほっとした紅がばつの悪そうな感じで話し始める。
「先週末の夜、ある酒場に行ってな。おねえちゃんたちと一緒に飲んでたんや。そん時隣のテーブルにおった成金っぽい脂ぎったおっちゃんが『ここだけの秘密なんだがなぁ!』と大声で話しとったんや」
「お前、あの日ずいぶんと帰りが遅いと思ってたらまた行ったのか⁈あれほど……」
思わず藍の説教モードが入りそうになるのを黄沙がまぁまぁと制して先を続けさせる。
「あ、ああ…えっと、なんでもそのおっちゃんの経営する海底探査会社が某筋から手に入れた情報をもとにそのマーカスなんちゃら近辺を調べたら金脈が見つかったとかなんとか…」
「信用できると思うか?その話」
「微妙だな。コウも酔っていただろうし、第一その男も相当酔っ払っていたんだろう?話半分ってとこで考えた方がいいと思う」
黄沙と藍が顔を見合わせて話をしているのを重要情報を提供した紅が憤慨した様子で抗議する。
「嘘やないで!あの日はそんなに飲まんかったし。周りのおねえちゃんたちも聞いていたから怪しいと思うなら今からその店いって証言してもらお」
そういってソファから立ち上がった紅はさっさと出て行き、残った二人も呆れたような顔をしたもののすぐに後を追うように部屋を出るのであった。
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