第6話

「…と、言うわけで俺たちがこの一見にかかわることを承認してもらいたい‼」


 広い空間に紅の声が響く。

 この場所に実際に人はいない。各地に散らばるCOLORSメンバーに収集を呼びかけてこの時間に議事の間につないだのだ。

 そこは宵闇の帳が下りたかのような場所で、ぼんやりとした明かりが複数ともっている。

 中央に二つの光が集まり今回収集を呼びかけた『紅』と『藍』を周囲の倍の光量で照らしている。


「だがそのデータが本当に我々とかかわりがあるかは確認できていないのだろう?」


 低く渋い男性の声が異を唱える。


「いいじゃないか。それに『ラン』が解けなかった問題、興味がある」


 それに対して少女の声が楽しそうにフォローする。


「ふぉっふぉっ。『セイ』も『オウ』もよいではないか。『コウ』の話によればその女性、なにがしかの能力者に追われていたとのことではないか。一介の女性を追い回す不逞の輩とは個人的には許しがたいしの。一応調べてみてもよいのではないかな」


 しわがれた老婆の声が二人を仲裁する。

 老婆の意見に『セイ』が文句を言おうとするが、それは新たな声に遮られた。


「『トウ』の言う通りじゃ。ここは票を取ってみよう。この一件に『紅』と『藍』が関わることを認める者」


 老爺の声が響くと周囲の五つの明かりのうち、四つまでがすぐに瞬き、一つが渋々といった雰囲気を纏わせて瞬く。

 紅と藍が『COLORS』の管理者仕事として動くならメンバー全員の承認が必要なのだ。

 これは初代から続く決まりであり、世界の調停者として一部の者だけを贔屓するような偏りを無くすための相互監視方法なのだった。


「ただし条件がある。そのデータを解読したのち『COLORSわれら』にかかわりがなかったと判断された時はすぐに手を引け。単純な一般能力者と能力者のトラブルに『COLORS管理者』が関わることは許されん。それはこのエリアの担当部署が対処するものだ。…わかっているだろうな?」


セイ』の言葉に『コウ』も『ラン」もうなずく。

COLORS管理者』七色として就任した時に交わした誓約だ。

 強き『力』を持つ者こそ己を律し、世界の天秤を傾けることは許されない。


 世界大崩壊後、よりはっきりし始めてきた以前とは異なる世界の理というものがある。


 なぜ能力者が生まれたのか、それは解明せざるとも間違いなく今の世界には不思議な力がある。

 強いて呼ぶなら『魔力』とでも言えばいいのか。

 それ自体が何かの密度と影響を持っているらしい。

 能力者たちは多かれ少なかれ魔力の影響を受け、その力を自分たちの能力として発現することができる。


 弱いものは足元の小石一つを少し動かすことができる程度、微かな風をそよがせる程度、一滴の水を出せる程度、小指の先ほどの火種を出せる程度。

 これぐらいの能力者なら余多いるし、その力を使って事件を起こそうなどとするものはほぼいない。


 だが、『COLORS管理者』に選ばれるランクとなれば話は全く別だ。

 ある意味たった一人でも世界を崩壊に導くことも可能だろう。

 物理的にか機能的にか精神的にか。七色全てが司る物が違うので一概に誰が一番強いとは言えないが。


 そんな破壊神にもなりかねない立場故、相互監視、相互管理が必須である。

 だからこそ感情のみで一方に肩入れして贔屓することはできない。 

 誰もが自分たちの生きるこの世界を壊したくはないのだから。


「認めていただき、感謝します。それともう一つお願いが」

「何かね?『藍』」


 優しそうな声ながら不要な願いであれば認めるつもりなどない老婆の声に藍は少々緊張しながらもはっきりと告げた。


「この一件に皆さんのお力をお借りしたい」


 その言葉に一瞬空気が揺れた。

 実際この場にいれば顔を見合せただろうザワリとした雰囲気に紅が後を継ぐ。


「『黄』と『』の助けが必要いるんだ。データを解読するにはパスワードを揃える必要があるんだが時間がない。そこで『黄』の能力を借りたい」

「『藍』が手こずったというやつだろう?いいだろう、面白そうだ」


 紅の要請に楽しそうな声で『黄』が受諾する。

 少しの間を開け、周囲に灯る明かりの一つが消え、その場所に一つの人影が現れた。


 黄金きんの髪に琥珀アンバーの瞳。褐色の肌をした一見十代半ばの少女。その地位を示す琥珀の石をブレスレットにして身に着けている。


電脳世界サイバーワールドの分野ならアタシの担当だな」


 野性的な雰囲気を持つこの美少女こそ世界的に名の通った天才ハッカーであることはごく一部の者を除いて知られてはいない。


「『紫』にはケイトを預かっていてほしい。俺たちのところに置いておくには世間的に問題がありそうだから」

「あら、それぐらいでしたらこのエリアの『支部』に預かっていただけばよいのではないかしら?ここ、極東エリアの支部は『藍』あなたの管轄でしょう。それぐらいは簡単にできるのではなくて?」


 要請された『紫』だがその内容には異を唱える。


「確かに私は一人暮らしですが決して暇を持て余しているわけではないのはご存知かと思いましたが。それとも支部に預けるのでは足りない理由がおありですか?」


 おっとりとした雰囲気ながら無駄なことはする気のないのがはっきりわかる言い方で藍に更なる説明を求める。


「確かにここは僕の管理エリアです。ですが、残念なことにここ数代『藍』が不在だったため内部の統制が完璧だったとは言いかねません。もちろん不在時のフォローをいただいていた皆さんのせいではありませんがやはり『トップ』の不在影響は拭えず、現在改革粛清中なのです」


「…つまり、『藍』は今回の件に内通者がいるとみているのでしょうか?」

「今回の件だけとは限らないでしょう。大なり小なり不正にかかわったものはいるのではないかと思っています。

 獅子身中の虫ともいえるこの状態に重要参考人を預けることは僕にはできません。なので不要な心配をすることのない『紫』にお願いしたいのです」


 新参の『藍』ゆえに時間不足で管理エリアを掌握しきれぬ悔しさを滲ませながらも無駄なプライドは捨て『紫』に頼み込む。


「そういうことでしたらお引き受けしてもよろしいのですが、私に頼む前に『紅』に頼まなかったのですか?彼の方の管理エリアは旧米エリアですが転移すれば預けに行く時間は問題ないのでは?」


『紫』の疑問には当の『紅』が答える。


「それは当然考えたが、今旧米エリアの女性補佐員に手すきの者がいなくてな…。

 知っての通り俺の管理する場所エリアは荒っぽい事件も多発するとこだから男性職員の割合の方が比較的多い。あまり多くない女性職員のなかでも優秀な者となるとさらに限られるし、今はその職員も皆自分の抱えてる仕事で手いっぱいだと断られてしまったんだ」


 情けなさそうに肩をすくめる『紅』に『紫』は呆れたような声を出す。


「それほど忙しいのでしたらご自分の管理エリアに戻って陣頭指揮を執った方がよろしいのではないでしょうか…?

 まぁ、仕方ありませんね。しばしお時間はいただきますが本日中にそちらへお伺いしますわ。……ふふふ。ケイトさんとおっしゃる方ですわね。私ととよろしいのですが」


 意味深げな『紫』の様子に藍は少しだけ嫌な予感がした。

 だが、紅はそんな藍の様子に気づいた風もなく『紫』といつ頃どこで合流できるかなど手短に打ち合わせをしている。


 気のせいか…?と思っているところに後ろからポンっと手を置かれ思わず肩が跳ねる。


「『紫』が怖いか?『藍』」


 からかうような『黄』の台詞に思わずムッとする。

 順番的にも先輩格には当たるがこうもあからさまに子ども扱いされて嬉しいわけがない。


「別に怖くなどありません。あの優しそうな方のどこにおびえる必要があるのですか?」


『藍』就任後の初顔合わせ(とはいえ、実際リアルではなく、画面スクリーン越しだが)の時に見た『紫』は銀色の髪に紫水晶アメジストの瞳、儚げで華奢な美女が証の石を指輪にしてはめていた。

 その姿を思い出しつつ言うと『黄』は何か言いたげな顔をしつつ言葉を選んだ。


「そうか、悪い。別に馬鹿にしたつもりはなかったんだ。『藍』の勘の良さを褒めたつもりだったんだが。

 そういやまだ知らないんだよなぁ…。ああ見えても『紫』は怒らせるとものすごく怖いぞ。少なくともアタシは絶対『紫』を怒らせたくない。『藍』も十分に気を付けるんだな。

 ……もっとも、この台詞はあのすちゃらか兄貴に言った方が良いのかもしれないけどな」


 ふふっと笑いながら親指で紅を指す『黄』に藍は赤くなる。


「後で十分に言っておきます……」


 そこにはいつの間にかちゃっかりと『紫』と打ち合わせと称した食事会デートの約束を取り付けている紅の姿があった。


「それほど固く考えることはないだろう。常識的な範囲であれば『アレ』がキレることはない。まぁ洗礼を受けるギャップを知るなら早いうちの方が衝撃も少ないからいいのかもな」


 意味深なことを言いつつも『黄』は楽しそうな顔で藍の両肩をがっしりつかんでくる。


「で、お前も手こずったっていう問題のゲームプロテクト、早くやらせてもらいたいな」

「別に手こずったというか、時間さえあれば僕や紅でも多分クリアできると思いますが…」

「だがその時間が惜しいんだろう?電脳空間サイバーワールドに関わる内容ならアタシのテリトリーだ。最近歯ごたえのある物がなくてつまらなかったところだ」


 舌なめずりをせんばかりにうきうきと嬉しそうに言う『黄』に藍はちょっとだけ助力を頼んだことを後悔しそうになってしまう。

 まだメンバーになって日は浅いものの、このクセの強い仲間の噂は色々と耳に入っている。

 その一つに『黄』の電脳狂いというのもあったのだ。

 藍が更に怖い噂も思い出していると何かを察したのかげっそりした表情になる。


「どんな噂を聞いてきたんだ…。いくら何でもそこまで言われるほど酷くない」


 それより、と『黄』は意識を切り替えて残りメンバーに聞こえるように大声で言った。


「聞いての通りだ。『黄』と『紫』は二人の要請に基づき、今回の件に手を貸すことにする。異存はないな!」


 堂々とした宣言に諦めた声を漏らしたのは誰であったか。

 言い出したら聞かない我の強さはここにいる全員に共通するものだ。諦めるしかない。


「異存があったとして聞く気はないのであろう…。仕方があるまい。二人の追加関与を認める。じゃが先ほどの条件にこちらも追加を入れさせてもらうぞ。

『黄』と『紫』は必要最低限の関与の身にとどめること。また、本件が更に大事になるようであれば再度我らへ報告し、協議を仰ぐこと。この条件は譲れないぞ」


 老爺の声が渋々追加の許可を出す。

 ようやく得られた許可に紅も藍も嬉しそうに顔を見合わせる。


「ほな、早速行こか!」


 公式な議事が終わったとたんに口調が戻ってしまった紅に藍はため息をつく。

『黄』はドンマイといいたげな顔でポンポンと藍の肩を叩く。

 そんな二人の様子に気づいていない紅が早く早くと急かして出口に向かう後ろ姿に残された『青』『橙』『緑』の三人は本当に大丈夫だったのだろうかと一抹の不安を覚えるのだった。

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