第5話

『  GAME OVER

 TRY START OVER 』


 表示と共にピーっという無情な音が室内に流れる。


「あーっもうまたやーっ!また最初からやり直しやーっ‼」


 ガシガシと赤い髪をかき回しながら紅の悲痛な声が部屋に響く。

 あの後すぐに解読しようと三人がやってきたのが紅と藍の家。

 ここで初めて計都は二人が兄弟だということを知らされたのだった。


「らんちゃーん……」

「ゲームなら俺の方が得意だから任せろ!!と大口を叩いたのは誰だ?」

「いや、たしかにそうはいったけど、これはない、これはないやろ……」


 記録媒体の中身がゲームだと知った時一番はしゃいでやりたがったのは間違いなく紅である。

 反射神経と動体視力については自分より紅の方が優れていることはわかっていたから素直にやらせてみたが、何分生来のそそっかしさが災いして何度もやり直しの憂き目を見ていた。

 なのに情けない声を出し、振り返ってすがるような瞳で見つめてくる根性なしの姿に藍は冷たく切り捨てた。


「そんなこと言うてもなー、めっちゃ難しいんで、コレ。おまけに残機なし、セーブ不可、一度ミスっただけで頭からやり直しなんて…。いったい誰や、こんな鬼畜仕様のゲーム作ったんは⁈」

「九曜よ?」

「………は?」


 愚痴のつもりで叫んだ言葉に返事が返ってきて紅は思わず振り返る。


「それ、九曜が私のためにプログラムしたゲームなの。普通のゲームだと簡単すぎるからもっと難しいのにチャレンジしたいって言ったら九曜が組んでくれて。

 もちろん最初はもっと易しかったのよ?でも私がクリアするたびに九曜も面白がって難易度をどんどん上げてきてねぇ…。ひと月ぐらい前から集中して作ってたのは知ってたからそろそろ新作が来ると思って私も楽しみにしてたのよねぇ…」


 紅と藍が兄弟という衝撃からいち早く立ち直った計都がコーヒーを飲みながらすまなさそうに言う。

 言葉遣いもあまり年齢差のなさそうな紅に対しては砕けたものになっている。


「まぁ、身内の私が言うのもなんだけど、九曜の作るゲームって本当に難しいのよ。

 以前知り合いがやりたいっていうからやらせたことがあるんだけど誰一人としてゲームクリアまで行けなかったもの。

 あ、もちろん私はクリアしたけどね」


 えっへん、と言わんばかりに自慢げな計都に紅も藍も感心する。

 というか、ゲーマーな義妹のために自作プログラムで高難易度ゲームを作る義兄…。なんというか似合いの義兄妹である。


「でも考えてみれば結構いい方法よね。まさか機密?データが超高難易度ゲームをプロテクトにしてるなんて普通考えないわよね」

「そやけどなぁ……これ、本当はクリアできないんやないか?クリアできなければデータ見られる心配ないわけやし。義兄さんはデータ破棄させたかったんやろ?だったらクリア不可能のプログラム組んでても不思議はないと思うんやけど」

「それはないわ。九曜がクリアできないゲームをプログラムするなんてありえない。作ったからには楽しんでもらいたい、製作者Creator遊戯者Prayerの競い合いこそが一番楽しいのだからどちらかだけが有利な物なんて作る意味はない。なーんてこと言ってたもの」


 うーん…と唸って突っ伏す紅にコーヒーを飲み終わった藍が近づく。


「交代だ」

「らんちゃん、なんかええ方法でも思いついたんか?」


 藍に席を譲りながら尋ねると視線をスタート画面に戻ったゲームに向けたまま藍が言う。


「何度も失敗しているのを見ていれば攻略方法の一つや二つ思いつく。…ただ、ケイトさんの話を聞く限りそれがどこまで通用するかはやってみないとわからないがな。

 ………それより」


 冷たい言葉をかけられながらもめげず藍の後ろに張り付いて画面をのぞき込む紅に文句をいう。


「一体何回言ったら分かるんだ?『らんちゃん』は止めろと言っているだろう。僕は女の子でもないし、小さな子供でもないんだぞ?」


 心底嫌そうに言う藍に対し、紅は明るくのんきに爆弾発言を投下した。


「いややなぁ。俺らやん。親愛の証なんやかららんちゃんこそいい加減認めてーな」


 聞こえてくる兄妹漫才に後ろで笑いをかみ殺していた計都がその途端ピタッと笑うのをやめた。


「ん?どうしたケイトちゃん?」


 背後の計都の様子が変わったことに気づいた紅が振り返って声をかける。


「………二人って、双子だったの?」


 兄弟ということは聞いていたが絶対に年の離れた、だと思っていたらしくまじまじと二人を見比べてしまう。


 似てない、全くもって似ていない。紅は百九十センチオーバーの長身に赤毛。体格もがっちりしている。それに対して藍は百四十センチ弱と小柄で黒髪。手足も細くいかにもな子供らしい体型である。

 兄弟だとしても同親ではなく人種の違う両親それぞれの連れ子と言われればすんなり納得できるものである。

 だが、そんな二人にも共通点がある。

 綺麗な濃い新緑の瞳が強い意志を持っているところは本当にそっくりである。

 それでも瞳以外の共通点を探す方が難しい状態では双子と言われても詐欺としか思えない。

 そんな計都の想いを感じたのか紅と藍が顔を見合わせる。


「…ともかく、今度は僕がやってみるからお前はその間ケイトさんの相手をしていろ」


 そういって藍はコンソールパネルの上に指を走らせる。

 集中するため追い払われた紅は渋々といった雰囲気ながら藍の背後から離れ、計都の向かいに座った。


「らんちゃんなぁ…ああ見えてもかなり気にしてるんや。俺ばっか大きくなってもうたからどうやっても同じ年には見えへん。誰も見てくれんのや」


 自分の分のコーヒーを淹れて一口飲むと、少々の間をおいてから寂しそうにそう切り出し始めた。


「俺もらんちゃんも能力者や。見かけ通りの年齢じゃなくとも不思議はないけど双子にしては差がありすぎるやろ?」


 ぽつりぽつりと言う紅の言葉に計都はうなずくことしかできない。それをわかっている紅が続ける。


「俺は実年齢と外見がほとんど合ってるクチや。らんちゃんは潜在能力ちからが強すぎたせいかちっさい頃は体も弱くてなぁ。成長も遅いってんで親も心配して色々調べてもらったりしたんや。そしたらかなりのレアケースらしいんやけど、能力の高さに体がついていけてないので壊れないように成長自体が遅くなっているって結果が出たんや。もちろん体がついてけるようになればもっと成長するって言われてる。

 らんちゃんほど遅いんはめった無いけど、過去の記録ではこういうケースはままあったらしい。

 だから周りにもちゃんと説明すれば納得してもらえるんやけどな…。

 ちっさな頃はらんちゃんの方がアニキに見られたこともあったんやで…。

 俺は『力』は強くても制御があまり得意でなくてなぁ。らんちゃんにはいつも助けてもらってばっかりや。精神こころの強さなら俺よりらんちゃんの方がよっぽどアニキらしいと思うわ。

 だけど、なんも知らん周りはいっつも俺らを比較するんや。今じゃ言わなきゃだーれも俺らが双子の兄弟だなんて気づきもしない。

 兄弟だって知ったら知ったで『お兄ちゃんとはだいぶ違うのね』なんて言われるし。けど、成長した俺はなんも言えんのや。そんでらんちゃんが悩んで苦しんでる姿見るしかないんや…」


 ちらりと藍の様子をうかがうとゲーム画面に集中してこちらの話は聞こえていないらしい。


「だからな、頼むわケイトちゃん。らんちゃんきついこと言うけど自分を守るためってのもあるから。変に気ぃ使ったりせんで俺とらんちゃん、二人に同じように接してくれへんか?」


 ペコリ、と頭を下げる紅の姿は弟を守ろうとする兄の姿そのもの。

 明るく軽いノリの紅からはちょっと想像しがたい真剣なその姿に計都も同じく真剣な顔で頷くのだった。


 そしてタイミングよく話が終わるのを待っていたかのように藍のゲーム設定が終わったのかリ・スタートの音楽が軽妙に流れてくる。

 二人が視線を回した先には大画面に投影できるようにした藍がきゅっとコンピューターとの接続をスムーズにするグローブをはめてゲームをスタートさせようとしていた。


「しっかし、今頃こんなシステム拾ってくるなんて義兄さんってわりとネタ好きなんか?」

「否定はしないわねぇ…。面白ければ新旧関係なく使ってよりブラッシュアップしたとんでもないもの出してくるから」


 紅と計都の言う通り今回のゲームはいわゆる『弾幕ゲー』と呼ばれるものだ。

 二十世紀末頃据え置き型ゲーム機が流行しだしたころに一世を風靡したジャンルである。

 オープニング画面をスキップして早速ゲームを始めた藍はブツブツ言いながらも確実に敵を撃墜させている。


「気ぃつけや。それ、そこからいきなり難しくなるんや」


 計都と話していた席を立ち、後ろに回り込んでのぞき込む紅の言葉通り百万点をクリアしたところからいきなりスピードが上がる。

 だが、藍も負けてはいない。紅が苦労したのに撃沈したステージをギリギリのところでクリアするといよいよラスボスとの対峙である。


「ボスは後ろから攻撃しないと倒せないわよ」


 いつの間にか横に来ていた計都も真剣な表情でつぶやく。

 計都のアドバイスを受け、藍は何とかボスの後ろに回り込むと連打。そのまま順調にHPを削り切りクリアさせた。


『YOU WIN‼』



「おっしゃぁ!さすがらんちゃんクリアや‼」


 ステージクリアの画面表示に喜ぶ紅だったが、クリアしたはずの藍の表情は浮かない。


「ん?どうした、らんちゃん?」

「見ろ」


 藍の言葉に視線を戻すとスタッフロールの代わりに別の文章が表示されていた。


『  PASS WARD

    『COLORS』

 GO TO NEXT STAGE  』


「……どういうことや?」


 画面をにらみつつ、紅が呟く。

 藍も真剣な表情で考え込んでいる。


「この記録媒体チップには何重にもプロテクトがかかってるって言ったでしょう?私も頑張ったけど最高でも第三ステージまでしか行けなかったのよねぇ」


 藍の横で片手を頬にあててため息をつく計都だったが、二人が注目していたのはそのことではない。


『COLORS』

 パスワードに使われているこの一言がどうしても気になるのだ。

 単純に色彩を意味するのか、それとも他の意味があるのか。

 はたまた自分たちの所属する組織を指すのか。


 もちろん能力者自治組織としての『COLORS』の名前は有名だし、ほぼ全ての人が一度は聞いたことがあるし、なんなら能力者・非能力者問わず一度は何らかの形で世話になったことはあるだろうと言えるほど親しまれている存在だ。

 例えていうなら生活に密着した役所というかどんな相談にも乗ってくれる相談所か荒っぽいことも対応してくれる自警団か。


 そんな訳だから秘密を守るパスワードにSOSの意味を込めてCOLORSと入れたのかもしれない。

 だがそれだけではないものを二人は感じ取ったのであった。


「ケイトさん。第三ステージまではクリアしたんですね?もしかしたら各ステージクリアごとに別のパスワードがあったのではないですか?」

「ええ。確か第一ステージが『COLORS』。第二ステージが『THE』。第三ステージが『LOST』だったと思うわ」


 それが?という表情の計都の答えにさすがの紅もピンと来たようだ。


「文章臭いな。らんちゃん、わかるか?」


 その問いかけに藍が軽く首を振る。確かに文章になるのはわかる。だが今の時点では手掛かりが少なすぎた。


「コウ、ちょっとこっち来い」


 紅の腕を取り、計都に断りを入れてから二人は一度部屋を出て、二部屋離れたキッチンに場所を移動する。

 移動したところで紅は閉めた扉を背にするようにたち、万が一でも聞き耳を立てられないように耳を澄ます。


「ここなら多分聞こえないだろう…」

「どうしたんや?」

「コウ、この話『COLORSみんな』に持っていくぞ」

「なんやって?」


 いつになく真剣な表情で聞き返す紅に藍も真面目な声で答える。


「あくまで僕のカンだが、あのパスワード間違いなく『COLORSぼくたち』に関係していると思う。それも一般的な意味のCOLORSではなく、上位七色『管理者ぼくたち』を指している気がするんだ。

COLORS管理者』の規定で勝手にトラブルに首を突っ込んではならないというのがあっただろう。もしも管理者の立場として何かあった時は全体に話を通すというのも」

「ああ…そうやな」

「それに悔しいけどあの防護プログラムは僕一人の力じゃ突破できない。……いや、もちろん時間をたっぷりかけていいならできないわけではないが。

 だが、あと何個あるかわからないステージ、そしてパスワードを見つけるために何時間もゲームをしているわけにはいかない」

「そうか…クヨウか…」


 悔しそうに、時間さえあればとぎゅっと拳を握る藍に対し察しよく紅が呟いた。


「十中八九、クヨウさんは敵の手に落ちてる。あの記録媒体チップに何が隠されているかはわからないが下手すると命の保証はない」

「ケイトちゃんはどうする?」

「放ってはおけないね」


 その問いに仕方ないという表情で答える藍に紅はうれしそうに笑う。


「ほな、ケイトちゃんも連れてみんなで『COLORS職場』に直訴行こか。美人兄妹を助けるためにな」


 もたれていた扉から身を起こすと楽しそうに紅は宣言した。

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