第4話

「まず、名前教えてもらおかな?」


とりあえず目の前にあった喫茶店に河岸を変えた三人は窓際でテーブルを囲むと適当な飲み物をオーダーする。

店内は明るく、先ほど店の前で起こった騒ぎなどなかったかのように既に落ち着きを取り戻している。

そして紅たちの前にいる女性も届いた飲み物を一口飲むことによりようやく落ち付いたようだった。


「はい。私は計都ケイト。助けていただいてありがとうございます」


そういって計都が深々と頭を下げる。


「いやー、礼を言われるほどの事やないで。困ってる女性を助けるのは男の義務やろ」


軽くウィンクしながらいう紅に計都が苦笑する。


「俺はコウ。こっちがラン」


そういって自己紹介するが親指で藍を示したところで脛を思いきり蹴り飛ばされる。

小柄な藍が蹴り飛ばしたとしても紅にダメージは少なそうだがさすがに向う脛を固い靴先でやられてはたまったものではない。


「いったいなぁ!酷いやないからんちゃん!もー、なにすんねん…」

「それよりケイトさん、何故追われていたのかお話していただけませんか?僕たちで良ければ力を貸せるかもしれません」


なにやら偉そうな態度で自己紹介した紅を軽くたしなめたあと、紅からきた抗議は丸っと無視して計都に話しかける。

突然の藍の申し出に計都も驚いたがそれより紅の方が意外な展開に派手に驚いていた。

思わず椅子から立ち上がりそうになって慌てて座り直すと紅は少しタレ気味な瞳を見開いて思わず藍に「らんちゃんどうしたんや…?」と聞き返す。


「なんだ、自分で困ってる女性を助けるのは男の義務だなんて言っておいて今更反対するのか?」

「い、いや、その反対や。俺が言おうとしたことを先に言われてもうたから…。でもええんか?こないだいろいろ言われたばかりやないか」


しれっという藍に紅は大きく首を振るが、後半部分はぼそぼそと小さな声で言うものだから言われた方が意外そうな表情をする。


「ほう。一応言われたことは覚えていたんだな?であれば当然始末書も書く覚悟は出来てるんだよな?」

「始末書?なんでや??」


今度はわかってない様子できょとんとした顔をする紅に大きなため息をつく。


「この鳥頭が…。さっき一般人相手に『力』を使っただろうが」

「あ……」


藍に突っ込まれてその事実に気づいてしまった紅が頭を抱えてテーブルに突っ伏してしまう。

時折ブツブツとああ、とか、うーん、でもなぁ……などという情けない声が聞こえてくる。

その時二人のやりとりを黙って聞いていた計都がポツリと口を開いた。


「あの…あいつらも能力者でした。それでもやはり問題になるのですか?」


この時代、能力者が『力』を持たない一般人にその能力を行使することは厳しく制限されている。

『力』の強さにかかわらず正当な理由なく能力を使い危害を加えるのはご法度なのである。

ましてや紅や藍は能力者を管理する立場である『COLORD』である。

その『力』に対する制限や規制は通常の能力者よりも厳しくなっている。


その規制も相手が能力者であれば話は多少変わってくる。

ケースバイケースで情状酌量が認められることもあるのだ。

とはいえ、計都がいう通り男たちが能力者であったとしても実際に相手が『力』を使うところを見たわけでもその力で攻撃されたわけでもないから紅が始末書と罰則から逃れられるわけではないのだが。


「ケイトちゃん、それってどういうことや?」


もしかしたらちょっとは罰則が軽くなるかもしれないという下心も無きにしも非ずではあるが紅が先を促し、藍も興味深そうな瞳を向けた。

計都の話によると男たちは全員特殊能力制御用のピアスを付けており、追ってくる途中にも何度か『力』を使った足止め攻撃を仕掛けてきたとのことだった。


「なんや、ほんまにあいつら能力者やったんか。なら始末書書かんでも大丈夫かもな」

「馬鹿か。それとこれとは別問題だ。僕たちが直接やつらの能力を確認したわけではないのだから報告書は出すことになる。その結果始末書が増えるかもしれないがそれは仕方ないだろう」

「えー…そんなぁ…らんちゃん何とかならへんか?」

「無理」


スパンと切り捨てられて落ち込む紅とは対照的に藍は難しい顔をして「おかしいな…」と呟いた。


「おかしいって何がや?ケイトちゃんを追ってたことか?」

「それもある。が、わからないことが多すぎる。とりあえず詳しい事情を聴く方が先だ。ケイトさん、話していただけますか?」


藍の問いかけに頷くと計都は今までの事情を話し始めた。

「きっかけは義兄あにから送られてきた記録媒体チップだったんです」


 そう計都が切り出した話は簡単に纏めるとこういうことだった。

 計都の義兄九曜くようは外洋海底学者としてここから車で一時間半ほど離れた海岸線にある研究所に勤めているそうだ。

 研究テーマは海底付近の生物たちの生態状況の観察だが、しばらく前に海底で『あるもの』を発見したという。


「その『あるもの』ってなんや?」

「それがわからないんです」


 紅に問われた計都だが首を振り、心配そうな口調で続ける。


「確かに面白いものを見つけたとは言っていましたが、それが何かまでは教えてくれなかったんです。それに仕事の都合上、数日間研究所に泊まり込むことはよくあったので今回もそうだろうと思ってあまり心配してなかったのですが……。一週間前に九曜からメールではなく手紙が届いたんです」


 そういってバッグから一通の手紙を取り出す。

 封筒のあて名は計都。差出人は九曜と書いてある。


「間違いなくお義兄さんからの手紙ですか?」


 藍の問いかけに計都は大きく頷く。

 中を見てもいいか許可を取り、手紙を開けると中には便箋が一枚。


『計都へ。

 しばらく家に戻れない。

 この記録内容データの処分を頼む。

 決して中を見てはいけない。

 そして計都もすぐに家を出て身を隠しなさい。

 くれぐれも気を付けて』


 手紙はここで終わっていた。

 短い手紙を読み終わると藍は元どおりに便箋をたたみ、礼を言って計都に返す。


「ずいぶんと半端な手紙ですね。字もかなり乱れてるようですし。これはお義兄さんの身に何かあったと考えた方が自然でしょうね」


 難しい顔をしながらも予想出来うる最悪のパターンを暗に暗示する藍に紅が声を上げて抗議する。


「らんちゃん、なんもそんな冷たい言い方せぇへんでも…!」

「僕はあくまで可能性を述べたまでだ。………それに計都さんも薄々気づいてはいたのでしょう?」


 冷静な藍に食って掛かかろうとした紅だが、それを止めたのは他ならぬ計都本人だった。


「ランくんの言う通りです。現に九曜からは一週間以上連絡もなく、職場に問い合わせてもしばらく前から休暇届けが出ていて来ていないとの返事がありました。

 もちろん、九曜が私に何も言わずに長期休暇に出るなんてことは今まで一度もありません。

 なのに今回は私も知らない間に姿を消すなんて不自然すぎます。それに…」


 ここで言いよどんだ計都を藍がそっと目で促す。


「この手紙を受け取った日からずっとさっきの男たちが追ってきてるんです」

「警察には届けたんか?」

「一応は。でも今は行方不明者が多いし成人男性ということで急いで探すことはできないとのことでした」


 計都の言葉が本当なら九曜は事件に巻き込まれた可能性が非常に高い。

 だが紅の問いに答えた計都の言葉に紅も藍も思わず口がふさがらなくなりそうだった。


「そんなバカな話があるんか。失踪者の捜索願いが出れば警察機構が動かないわけないやろ!」

「いや、だが確かに最近家出なのか失踪なのか不明だが街中にも尋ね人missing personの張り紙をよく見かけるようになった。まさかとは思うが何か関係があるとでもいうのか…?

だがそれを差し引いてもどうも腑に落ちない点が多すぎる」

「らんちゃん、それってどういう事や?」 


 普段ならこの手の質問は無視する藍だが、今日は計都がいるのと自分の考えをまとめるためにとりあえず今考えられることを説明することにした。



「まずはケイトさんを追っていたやつらだが、あいつらの背後には間違いなく誰かがいる。それもかなり権力を持った人物が。

 それから多分攫われたはずのクヨウさんがどうやってこの手紙を出すことができたのか?また、何故警察が申し立てられた失踪届を握りつぶし、動こうとしないのか。

 街中にこれほど張り紙がされているということは相当数の失踪届と捜索願が警察には出ているはずだ。なのに動いているという話を


 いきなりとんでもないことを言い出した藍を紅が驚いた様子で見る。


「ス、ストップ!らんちゃん!もうちょいわかるように説明してーな。なんでそんな風に思ったんや?」


 慌てて説明を求める紅に藍は意外そうな表情をする。


「なんだ、あんなにあからさまだったのに気づかなかったのか?あいつらの言動は明らかに権力を笠に着たもの。ケイトさんの証言で能力者ということも分かったが、一般人に対して能力を使うことは禁止されているだろう?」


 頷くが紅にはまだちゃんと理解できていないらしい。それが?という表情をしている。

 そんな相方に大きなため息をつくともう少しかみ砕いてわかるように説明を加える。


「つまりだな。禁止されていることであってももみ消してもらえる自信があったということだ。かなり派手にやらかしても。それができる権力者…警察上層部、もしくは上位政治家、あるいはCOLORSに伝手があるなどが考えられるというわけだ」

「なるほどなぁ…それであいつらあんなにふてぶてしいつーか、強硬な態度で出てきたんか。

 と、なるとらんちゃんが強気で行けたんはそういう裏をバラされてもいいんか?っていう脅しも兼ねてたってことでええんか?」


 男たちに暴行を加えられそうになっても藍が冷静だった理由がわかって納得する紅に対して藍は一口紅茶を飲むと「はったりだ」と言い切った。


「「はったりー⁈」」


 さすがにこの言葉には紅も計都も声を上げる。


「ああ。あの時点では確証はなかったからな。なんとなく背後がついていそうだと思ったから言ってみただけだ。結果として当たっていたらしい」


 何でもないかのように落ち着いて紅茶を飲んでいるランをほかの二人は呆れたように見つめることしかできない。

 だがそんな何とも言えない気まずい空気を破ったのは原因となった藍の質問だった。


「それでその記録媒体チップはもう処分してしまったのですか?」

「え…あ、いえ、まだ持ってます」


 不意に話を振られて計都は持っていた九曜からの封筒を慌てて振る。

 すると中から小さな記録媒体チップが出てきた。


「九曜がこんなに切羽詰まった手紙を書いてくるのだから、本当はすぐに処分するべきだったんでしょう。でも、どうしても気になって処分することができなかったんです」


 記録媒体を手にしながらそういう計都に紅は内心で特大のため息をついてしまった。


『クヨウ…って話聞いた感じやっぱアイツだよなぁ…。本当に俺が知ってるアイツだったら確かに言いかねない事やけど、さすがにあんな手紙の書き方したら興味持つんは当然やんか。ホンマに巻き込みたくなかったんならもうちょい何とかならんかったんか…』


 そうは思うが口には出さない。憶測で話を進めてはいけないこともあるというのはさすがの紅にもわかっていた。

 グダグダと紅が考えている間に藍は計都から記録媒体を受け取ってしばし考え込んでいたがふっと顔を上げた。


「こちら、お借りしてもいいですか?今回の件の鍵を握るのはこの内容データだと思われるので中を確認したいのですが」

「……ええ。できるものでしたらお願いします。でも、これ何重にもプロテクトがかかっていますからそう簡単にはいきませんよ?私だって何度最初からやり直したことか…」


 藍の申し出は快諾した計都だったが、遠い目をしてふぅー…っと大きく息をつくのであった。

 そんな計都の姿がわからず不思議そうな顔をして顔を見合わせる紅と藍に対して計都の瞳がキラッと悪戯っぽく輝いたのであった。



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