【Ⅰ】
第3話
「ふ、ぁぁぁぁぁ………」
大あくびをしながら活気あふれるメインストリートを歩いているのは先日『紅』になったばかりの青年だった。
「人前でみっともない恰好を見せるな、馬鹿」
そういいつつ彼の隣を歩いてるのは同じく『藍』に就任したばかりの少年である。
「そないなことを言うてもなぁ……ふぁぁ……アカン、眠くなってきてもうた」
「コウ」
目をこすりながら情けないことを言う紅に藍は非難めいた声で名を呼ぶ。
「らんちゃんー、どこかで休もうや。俺、もう眠くて死にそうだわ」
「夕べ夜更かししたやつが悪い。第一その妙な言葉遣いはなんだ?」
きつい一言で紅の甘えをバッサリと切り捨てると藍はジロリと身長差のある隣を見上げる。
紅は下からかかった質問に歩調を緩め、てへっと悪戯っぽい笑みを見せた。
「そないなこと言うてもなぁ、ムッチャ面白かったんやで?二十世紀末ごろの極東の国、その旧関西
片目をつぶりおどけたように謝る紅に藍は大きなため息をつく。
要するに怪しい
音に対する耳の良さが仇になったがそのうち抜けるだろう。
今までにも何度かあったことだしな……、と藍は内心で諦めをつける。
だがそんな藍の気も知らない紅がキラキラと目を輝かせつつ近くの喫茶店を指さす。
「なぁなぁらんちゃん。あの店なんてどないや?座り心地の良さそーな椅子があるで」
眠り心地の良さそうな、の間違いだろうとは思うがそこは短くない付き合いで口には出さない。
でかい図体で無邪気に自分になつく紅に対し、ついつい甘くなってしまうのはおバカな犬でも飼っていれば愛着が沸くというやつなのだろうかと内心で再び大きなため息をつく。
どう?行かない?行かない?いこうよ!と見えないしっぽがブンブン振り回される姿が見えた気がしたがしっかりと一言「寝るなよ」と釘を刺してから藍は紅の言った店へと向かった。
二人が店に入ろうとしたとき、通りの奥から何やら騒がしい音が聞こえる。
何やら人の怒鳴り声のようなものもだんだんと近づいてくるではないか。
何が起こったのだろうかと二人とも立ち止まって振り向いた途端、人込みをかき分けて走ってきた女性と紅の目が合った。
彼女は紅の胸に飛び込むと同時に叫んだ。
「お願いっっ!助けてっ!」
「いたぞ!あそこだ‼」
助けを求めて飛び込んできた女性を追ってわらわらと数人の男たちがやってくる。
いかにも訳ありげな男たちの出現に近くにいた人々は関りを避けるように道を開けた。
追ってきた男たちのうち、いかにもその筋です、と言わんばかりの男が威圧的に紅に向かう。
「おい、そこのお前。その女をこちらに渡せ。さもないと容赦しないぞ」
昔からの変わらない
「渡せ言われて『はい、そうですか』と渡す馬鹿がどこにおるんや」
胸を反らせて言いつつ、女性をかばうようにさりげなく自分の後ろに回す。
更に藍もさりげなく女性を守るように立ち位置を変えていた。
「第一『容赦しない』言うたがどうする気なんや?まさかこんな人通りの多いところで力ずくで拉致しようとでも言うんかい」
「貴様には関係ないことだ」
男が一歩踏み込んでさらに圧力をかけるように言い切る。
だが男がどんなに威圧的に言おうとも身長百九十センチオーバー、幅も見合ったものを持っている体格の良い紅の前では単なる小物の強がりにしか見えなかった。
当然ながらそんな小物の男に圧倒される紅ではない。だから更に馬鹿にするように答えた。
「関係?関係ならあるで。さっき頼まれたからな。『助けて』って。女性の頼みを無下に断るなんて男のすることやない」
あくまでも男たちの気持ちを逆撫ですることばかりを言う紅に一歩引いて女性を守りつつ事態を見ていた藍が呆れたようなため息をついて割って入る。
「もういい、黙ってろ。お前が話すと話が片付かない。ここは僕が話す」
「でもらんちゃん………」
尚も言い募る紅を手で制して藍が一歩前へ出る。
「理由は存じませんがこの場は穏便に済ませてはいただけませんか?そちら側もこんな往来であまり目立ちたくはないでしょう?」
視線だけで周囲を見るように促すと、確かに彼らの周りには遠巻きとはいえ多くの人々が集まり、成り行きを見つめている。
更にこれ以上騒ぎが大きくなれば通報しようとしているのか
そのことに気づいた殺気立った他の男たちが周囲をにらむと人々は後退りながらも遠巻きの輪を解消しようとはしなかった。
その様子を見たリーダー格と思われる人物が男たちを制して藍と対峙する。
「………こちらとしてはその女性さえ引き渡していただければ事を荒立てる気はありません。その方は我々が責任もって保護しておかなければならない、いわゆる、その、少々問題のある方でしてね。被害妄想が強いというか……」
「嘘よ‼そいつらは…‼」
反射的に守られている女性が言いかけたが男たちににらまれて口ごもる。
「日常生活に支障があるので保護しようとしている。つまりあなた方は保護機関の方々ということですね?」
にっこりと笑って言う藍にリーダーの男は我が意を得たとばかりに頷く。
「そうです。ご理解いただけたようで幸いです。では早速……」
「お断りいたします」
「………は?」
微笑みつつ一言で切り捨てた少年に男は一瞬理解が追い付かなくなり間の抜けた声を漏らしてしまった。
「あからさまに噓をついている者を信用するほど僕たちはおめでたくないんですよ。この方は僕たちが預かりますので、お引き取りを」
黒ずくめの服に剣呑な雰囲気を纏う集団の男たち。どこからどう見ても保護機関の人間には見えない。周囲の人々ですら納得はしないだろう。
そんな集団の言葉をどうやって信じろというのか。
「クッ……ガキが……。こっちが下手に出ていればいい気になりやがって‼」
「お引き取りを‼」
今までかろうじてでも取り繕っていた男たちの丁寧な言葉を投げ捨てた本性が現れる。
だがそんな男の声を打ち消すように更に大きな藍の声が響く。
その声に逆切れした男たちのうち、藍の一番近くにいた男が少年の襟をつかんで締め上げるように吊り上げる。
「ラン‼」
つま先が地面につくかつかないかの状態まで持ち上げられた藍の姿に紅が血相を変えるが、当の藍はあくまで冷静だった。
「ここで僕を殴っていいんですか…?背後に、誰がいるかは存じませんが、一般人に、怪我をさせたことがばれたら、大事になるのでは?」
さすがに苦しいのか途切れ途切れになりつつも冷静に男たちにだけ聞こえる大きさの声で言われて男たちもその内容に顔色が悪くなる。
藍の言葉が図星だったのか釣りあげていた男は忌々し気に藍を地面へと突き放すと唾を吐いた。
ぷち。
どこかでいやーな音がした。
「……チッ命拾いしたな、ガキが…。次はこういかないからな」
そういうとランを投げ捨てた男はリーダー格の男の方を向く。
リーダーも潮時と見て、藍たちをひと睨みすると踵を返して撤退しようとした。
だがその時。
「ちょーっと待ちいや……てめぇら……」
聞こえてくるは地獄からの声。否。それは怒りに震える紅の声だった。
その声に何やら嫌な雰囲気を感じ取って引こうとした男たちだったが少しばかり遅すぎたようだ。
「よくも俺の可愛いランを酷い目に遭わせてくれたなぁ…?その礼はたーっぷりとさせてもらわんと俺の気がすまんなぁ…」
どうやら先ほどの妙な音は紅がブチ切れた音だったらしい。完全にその目が座っている。
紅が一歩踏み出せば男たちが一歩下がる。
二歩進めば無意識に押されて二歩下がる。
この時点で男たちの敗北は決定したも同然だった。
「……な、何も、怪我も何もさせてないだろうが……」
パキパキと指を鳴らし戦闘モードに完全突入している紅の気迫に押されてリーダーが上ずった声で言い訳をするがそんなもの当然聞きいれてくれるわけなどない。
「問答無用や‼俺のランに手をかけたこと、死ぬほど後悔させたる‼」
そういうや否や紅の周りの空気の色と圧が変わり赤く空気が染まり、空間が歪む。
「うわぁ!なんだこれは⁈」
一瞬にして男たちの服は劣化し、ボロ屑となってハラハラと舞い落ちる。
何が起こったのかすら理解できず慌てる男たちに見えない熱の刃はさらに容赦なく襲いかかり、赤い傷がみるみるうちに増えて行った。
「あ、あの、これは一体…?」
「あ、危ないから下がっていた方がいいです。アレが切れたら暫くは止まりませんから。大丈夫ですよ、他の人などに被害が出る前にちゃんと止めますから」
投げ出されて倒れた藍に駆け寄った女性が恐る恐る聞くと言葉は丁寧ながら内容は物騒としか言えない答えが返ってくる。
それでも心配そうな瞳を投げかける女性を安心させるように藍はにっこりと笑う。
「心配しなくても大丈夫ですよ。さすがに殺しはしないと思いますから」
とはいったものの紅がこと自分の事に関しては過剰反応するのを思い出して一応声をかけておくことにする。
「コウ!脅すのは良いがやりすぎるな」
「でもラン……」
「いいから。後でややこしいことに巻き込まれたくなければ言うことを聞け」
ぴしり、と藍に言われて紅は
だが、攻撃は止めたもののまだ腹の虫は収まらないらしい。しっかりと追加の脅しをかけておく。
「ランの恩情に感謝しいや。ほんまやったらこんな生ぬるい怪我で済ませるわけないんやから。だが、次はないで。また今度ランに手ぇ出してみい?そん時は死んだ方がマシと思うぐらいの目に遭わせたる」
「畜生‼覚えてろよ!この借りは必ず返すからな!」
「誰がそんな三下のベタ台詞覚えていられるかって」
紅の言葉を聞いていたのかいないのか男たちはお約束過ぎる捨て台詞を吐くと落ちた服をかき集めてその場を逃げ去っていったのであった。
余りにみっともない姿に周りを取り囲んでいた人々も笑いをこらえることができず走り去る男たちを取り押さえることなく見送ってしまう。
「さて、変な男どももいなくなったことやし。かわいいお嬢さん、俺たちと茶ぁでも一緒に飲まへんか?」
そういいながらパンパンと軽く手を叩いた紅は
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