旅の道連れ
ハンニバルの話を聞き終えしばらくすると、一行は旅の支度を始めた。スーが馬達と荷物を回収してくれていたお陰で、武器や当面の必要物資はなんとかなりそうだった。
「ところでこのお嬢ちゃんはどこのどなた?」
スーは我慢の限界といった様子でベルの両肩に手を置いて皆の顔を見渡した。
ベルはスーの行動に驚いて目を丸くしたが、ハッと我に返り、ペコリと頭を下げて皆に挨拶した。
「はじめまして。ベルといいます。奴隷にされそうだったところをネロ君に助けてもらいました」
「へぇ〜。ネロも隅に置けねぇなあ」
カインがニヤニヤしながらネロの肩に腕を回した。ネロはカインを睨みつけてその手を払った。
「そんなじゃないよ! ひどい目に合わされそうで放っておけなかったんだ。それに彼女はみんなにとっても命の恩人だよ。ベルの不思議な力のおかげで助かったんだから」
へぇと言いつつ、カインはなおもニヤニヤ顔をやめなかった。
ネロはそんなカインに構うのをやめてベルに話しかけた。
「そこのニヤニヤしてるのがカインだよ。女の人はスー。禿頭がパウ。お爺さんは魔法使いのパラケルスス。黒い鎧の人はハンニバルだよ」
「ネロ! ワタシハゲ無い! それより!! 女の子、ここに置いていく出来ナイ」
パウは困った顔で言った。
「それもそうだね。アタシの馬の後ろに乗せて一緒に連れていってやるよ! むさ苦しい男ばっかりで女の子の話し相手が欲しかったんだ」
スーはベルに頬ずりしながら言った。ベルは困った顔をしながらもされるがままになっていた。
「旅に連れていくことは断じてならん!! 得体のしれん力を持っておる。信用出来ん。近くの駐屯所に送り届けたらお別れじゃ」
パラケルススが厳しい顔でぴしゃりと言った。
「どうしてだよ! パラケルスス! ベルのお陰で助かったんだよ? それにそんなことしたらベルはまた捕まっちゃうかもしれないじゃないか!?」
ネロが反論した。
「確かにその娘のおかげで助かった。しかしそれとこれとは話が別じゃ」
パラケルススも引かなかった。
「パラケルスス。どうせここには置いていけない。安全な場所まで同行させよう。安全な場所に着けばネロも安心する」
ハンニバルはそう言ってパラケルススをなだめた。
悪態をつくパラケルススをなだめながらハンニバルはネロに目配せした。ネロはハンニバルの意外な行動に驚いた。
一行は北を目指してルコモリエを後にした。ハンニバルの提案で点在する駐屯地は避けることになった。ルコモリエが滅んだ今、軍隊は指揮系統を失って個々に暴走している可能性が高いという。それならば軍の残党と交戦する危険を犯すよりも、反奴隷を掲げるレジスタンスの隠れ家を中継して北上を続けようというのだ。
ベルはすぐにスーと打ち解けた。二人は時々コソコソ話をしてはクスクス笑うのだった。
ツァガーンもベルを拒絶せず、すぐに自分に触れることを許したようだった。スーとベルは一緒にツァガーンに跨って移動した。
「ねぇ。スーはカインが好きなの?」
ベルが小声でスーに尋ねた。
「そう見えるかい?」
スーが悪戯な笑みを浮かべてベルに答えた。ベルは、はにかんだような、笑みを噛み殺したような表情でうんと小さく頷いた。
スーは振り向くと姿勢を正してベルに話し始めた。
「いいかい? よく覚えておきな。簡単に気を許さないのが大事だよ。気があるかどうか曖昧に見せるのが男をうまく扱うコツさ」
スーはわざと色っぽい顔をして髪をかき上げて見せた。
ベルはそんなスーを見てクスクスと笑いながら手をおでこに当てて了解のポーズをとるのだった。
「それでほんのたまにだけ優しく微笑みかけるんだよ。不意を突くのがポイント。アンタもネロに試してみな」
スーがベルに耳打ちするとベルは耳まで赤くしてうつむくのだった。
「いいよなぁー」
そんな様子を遠目に見ながらカインが呆けた顔でつぶやいた。
「何話してんだろうなぁー」
カインは心ここにあらずと言った様子だった。
「カインだけ一人身デス」
パウは突然ひらめいたようにつぶやくと大笑いを始めた。
「ヒィーヒッヒヒ!! ネロも彼女デキた!! カインだけ一人!! ヒィーヒッヒヒ!!」
「うるせぇハゲ!! 俺は一人じゃねぇ!! ネロもまだ童貞に決まってる!!」
カインはパウの馬を追って駆け出した。パウは笑いながら逃げていく。
「さっさと告白しなサイ!! ヒーヒッヒッヒ!! そうしたら一人違いマス!!」
「ネロ! アナタも早く男になるイイ!」
パウは真剣な顔でそう言うとすぐに我慢できなくなって、唾を吹き出して笑い始めた。
「ドーテー!! ドーテー!! ヒーヒヒヒ!!」
ネロも頭にきてカインと一緒にパウを追いかけた。パウは引き笑いをしながら全速力で逃げていった。ハンニバルはそれを見て笑っていた。スーとベルもネロとカインを指さしてクスクス話している。
あれだけの修羅場をくぐり抜けた直後にも関わらず、一行は笑いながら歩みを進めていた。
ただパラケルススだけが険しい顔をしてベルを見ていた。
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