北の海を目指して

 一行の次なる目的地は北の海にある最果てを照らす灯台だった。パラケルススいわくこの灯台は一年中猛吹雪と氷に閉ざされた灯台で、遥か昔から人の侵入を拒み続けているそうだ。

 

「よいか。最果てを照らすこの灯台。名をシロという。その昔、北の果てから来る神を迎えるために建てられたと言われておるが真偽は明らかではない」

 

「またヤベェ化け物が住んでるとかじゃねぇだろうな。パラケルススの爺様」

 

「わからん。ただひとつ気になる情報がある」

 

 一行は黙ってパラケルススの顔をじっと見つめた。

 

「灯台に続くツンドラ地帯で行方不明が相次いでいるらしい。どれも一流の探検家や調査隊じゃ。皆が遭難とは考えにくい」

 

「どれくらい頻繁に行方不明になるんだい?」


 スーが声をあげた。

 

 一瞬沈黙した後、パラケルススは低い声で言った。

 

「そこを目指した者全員じゃ…」

 

「!!!」


 一同は顔を見合わせた。

 

「灯台の調査に向かったものは、この十年間、誰一人として帰ってきておらん。その中でたった一度だけ、調査隊の馬が一頭発見された。馬はひどく怯えた様子だったらしい。そして乗り手の腕が一本だけ、手綱をきつく握りしめていたそうじゃ」

 

 一行は不穏な空気に包まれた。

 

「だから出来ればルコモリエで旅を終わりにしたかったのじゃ。ここから先は全く未知の脅威が待ち受けておる」

 

「ここで考えても仕方がない。とにかくツンドラの付近まで進もう。ツンドラまでも簡単な道のりではない」


 ハンニバルの意見に一行は従った。

 

 

 太い針葉樹の根本の雪に穴を掘って一行は野営した。針葉樹の傘で降雪と風を防ぎながら凍った木を燃やして暖をとった。燃料になる木が十分に手に入らず一行はいつも一つの天幕に固まって温めあって眠った。

 

 その日の夜も一行は一つの天幕で眠っていた。夜半を過ぎた頃ネロは風の音で目を覚ました。誰かの声が聞こえた気がしたが、みんな静かに寝息を立てていた。ネロはちらりとベルの寝顔に目をやった。ベルはスーの隣で小さく丸まって眠っていた。

 

 ネロはベルが笑った顔を思い出した。そして水に濡れたベルの姿を思い出した。

 

 なんとなく下腹のあたりがくすぐったくなって、ネロは寝返りを打ちまた眠りにつこうとした。しかし結局うまく寝付けないまま、東の空に朝の気配が訪れた。

 

「おう! ネロ! 目の下にクマなんか作ってどうしたんだよ?」


 カインが朝食をみんなに配りながら声をかけた。こういうところにカインは妙に目ざとかった。

 

「なんでもないよ。昨夜風の音で目が覚めて、なかなか寝付けなかったんだ」

 

「風の音? そうだったか?」


 カインが首をかしげる。

 

「アンタのいびきがうるさかったんじゃないのかい?」


 スーがニヤニヤしながらカインに言った。

 

「うるせぇ」


 カインはスーに言い返しながらも少し嬉しそうだ。

 

 カインのスープは薬草や香辛料がたくさんはいっていた。その時の気温や状況に応じてカインは調合や味を変えた。極寒の北の地で飲むカインのスープは身体を芯から温めて一同の身も心もじわりと溶かすのだった。

 

「カイン、このスープ沁みマスな」

 

 パウはカインとよく話すようになって、ますますおかしな言葉遣いになっていたが誰もあえてそれを正したりはしなかった。みんなどこかでパウのカタコトを楽しんでいる節があった。

 

 そんな穏やかな朝食の席でネロはベルと目が合った。ベルは笑って少し手を振るとスープの器に口を付けて顔を隠してしまった。

 

 あれから一緒に旅をしているが、ベルと話す機会はあまりなかった。本当はもっと話がしたかったけれど、深い雪の中を進む旅路は想像以上に困難で、なにかする時の必要な会話以外に話をする時間などほとんどなかった。

 

 雪に苦戦しながら一行は北の海を目指した。男たちは交代で先頭に立って除雪しながら針葉樹の森の間を進んでいった。

 

「クソ! 埒が明かねぇ!」


 カインが雪の塊を掘り進みながら叫んだ。

 

「しっかり掘りナサイ」


 パウが馬の上から野次を飛ばす。

 

「あと数日でツンドラ地帯だ。ルコモリエの残党も奴隷解放戦線の連中にも会わずにすんでよかった」


 ハンニバルが地図を見ながら言った。

 

「あの娘をどうする気じゃ?」


 パラケルススが苛々とハンニバルに言う。

 

「安全な場所のあてが外れたんだ。連れていくしかないだろう」


 ハンニバルが答える。

 

「あの娘は得体がしれん。危険じゃ」


 パラケルススが小声でハンニバルだけ聞こえるようにつぶやいた。

 

「たしかに得体は知れない。だが危険な気はしないがな」


 ハンニバルはネロとベルを見て言う。

 

「それにネロも嬉しそうだ」

 

 パラケルススは信じられんという表情をうかべてハンニバルから離れていった。

 

「なにかが起こってからでは遅いからの…」


 パラケルススはつぶやいた。

 

 ハンニバルはもう一度ネロとベルに目をやった。やはりそこに暗いものがあるようには感じなかった。

 

 ハンニバルはカインと先頭を交代して、ものすごい勢いで雪を蹴散らしていった。

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