鈴の音

 

 ネロは椅子に腰掛けて一人で考えを巡らせていた。


 仲間を取るか…。母を取るか…。


 そもそもアーリマンの話が本当だという証拠はどこにもない。焦る間に時間だけが過ぎていった。時刻はすでに夜中の零時近かった。

 

 はじめネロは、部屋から出る方法は無いかとあれこれと色々な方法を試していたが、この部屋は相当頑丈に造られているようで、出口も壊せるような場所も見つからなかった。ドアも鋼鉄で出来ており、どうやら奴隷を逃さないように設計されていることがわかってきた。

 

 それからというもの、ネロは椅子に座ったり、うろうろと立ち歩いたりしながら落ち着き無く解決策を考えていたが、無情に時だけが過ぎていく。

 

 ゴーン。ゴーン。ゴーン。

 

 時計塔の鐘が午前零時を告げた。とうとう日付が変わってしまった。


 明日というのは何時を指すのだろうか?


 ふとネロはそんなことを考えた。


「ネロ時間だ!!」


 突然そんな怒声とともにアーリマンの気まぐれで扉が開くのではないかと思ってネロは冷や冷やしたが、どうやらその様子はないらしい。

 

 リン…!

 

 鈴の音が聞こえた気がした。

 

 ネロは驚いて音が聞こえた方向を見るがそこには何も無い。

 

「光の妖精さん! またそこにいるの?」


 ネロは小声でささやいてみた。

 

「困ってるんだ。助けて欲しい。ここから出られないんだ」


 ネロは縋る思いで見えない何者かに話しかけた。しかし何の反応も返ってこなかった。

 

「このままじゃ仲間も母さんも世界も失くしてしまう……」

 

 ネロが力なく項垂うなだれたときだった。壁のレンガがガコンと音を立てて外れた。

 

「ネロ」

 

 鈴のなるような声が聞こえた。

 

「妖精さん?」


 ネロは壁の穴を覗き込んだ。

 

「ネロ。わたしよ」


 壁の中から漆黒の瞳が見つめていた。

 

「ベルよ」

 

 ネロは驚いて叫びそうになったが叫び声をなんとか飲み込んだ。

 

「ベル! どうしてこんなところに?」


 ネロは小声でベルに尋ねた。

 

「詳しい説明は後よ。急いでここを出ないと」

  

 ベルはパズルのように順番に煉瓦を外していった。組まれた煉瓦は決まった手順でなければ外れないように出来ているようだ。


 やっとネロがくぐり抜けられるほどの大きさの穴が開いてネロはそこから部屋の外に出た。

 

 ベルの通ってきた通路は、壁の裏側を縦に横にと張り巡らされた空間だった。どうやら配管の整備のために設けられたものらしい。



 一体ベルはどうやってこんな秘密の通路を見つけたのだろう?


 それにどうして僕があの部屋に閉じ込められているのを知ったのだろう?

 

 ネロには聞きたいことは山ほどあったが、今は話をしている場合ではなかった。


 時折壁の向こうから兵士が話す声が聞こえてくる。そのたびにベルとネロは息を殺して聞き耳を立て、兵士が通り過ぎるのを待つのだった。

 

 そうしてやっと外に出るとネロはベルに話しかけようとした。しかしベルはネロの話を右手で遮って、左手を耳に当ててなにかの音を聞いていた。

 

 ベルは何度か頷くとネロの手をとって走り出した。

 

「こっち!」

 

「どこに向かってるの?」


 ネロは走るベルの背中に向かって尋ねた。

 

「魔法使いのお爺さんと、黒い鎧のおじさんのところよ」

 

「どこにいるか分かるの?」

 

「時間がないの! 見張りがいなくなる一瞬の間に中に入らないと」

 

 二人は鉄の箱のような建物の前に到着した。建物の側面に移動すると見張りが居眠りをしていた。

 

「まだ待って…」


 ベルがささやいた。

 

「まだよ…」


 ベルは見張りをじっと見つめている。何かを待っているようだった。

 

「今よ!」


 ベルの合図で二人は走った。すると向こうでドンと大きな音がして人々の叫び声が聞こえてきた。

 

 見張りは騒ぎを聞きつけて目を覚ますと音がする方向に様子を確認しに行ってしまった。


 二人はその隙に建物の中に入った。

 

 建物の中に見張りはほとんどいなかった。ベルはネロに小声でささやいた。

 

「今から角を曲がって見張りがひとりやってくるから、その人をやっつけて鍵を奪って」

 

「え?」


 ネロが聞き返すと同時に角を曲がって男がやってきた。

 

「そこで何してる?」


 男は大股でこちらに近づいてくる。ネロはエーテルを身体に巡らせて一瞬で男の背後に回ると、後頭部を思い切り殴りつけた。

 

 男は白目を向いて泡を吹くと、ドサリと音を立てて倒れ込んだ。


 少年がこんな動きをするとは夢にも思わなかったのだろう。ネロは男のポケットを探り鍵を取り出した。

 

「こっち!」


 ベルが呼ぶ方に向かってネロは進んだ。ベルはどこに見張りがいるか知っているかのような動きで建物の中をすり抜けて行った。

 

 重たい黒い鉄の扉の前まで来ると、ベルは扉を指さした。ネロは先程奪った鍵で扉を開けた。

 

「ネロ!?」

 

 中にはパラケルススとハンニバルが鎖に繋がれて囚われていた。

 

「その娘は誰じゃ?」


 パラケルススがベルを見て訝しげな顔で尋ねた。

 

「説明は後で! 今は逃げないと!」


 ネロとベルは手分けして二人の鎖の鍵を探し出し、二人を解放した。

 

「武器と馬を回収しなければ」


 縛られていた手を擦りながらパラケルススが言った。

 

「パラケルススは物資の回収に、俺は仲間を救出しに行く」


 ハンニバルが応えた。すると突然ベルが割って入った。

 

「ダメ。二人は一緒にいて。仲間も武器も大丈夫だから」

 

 二人は驚いて目を見合わせた。

 

「ベルの言うことは本当だよ。僕もベルの言うことに助けられたんだ。不思議な力があるみたい」

 

 ネロはベルの方を見た。ベルはネロの裾を握っていた。

 

 ハンニバルとパラケルススは顔を見合わせてしばらく考え込んでいたが、ハンニバルがおもむろに口を開いた。

 

「わかった。どうすればいい?」

 

 こうして三人はベルの後について建物を出た。外に出ると街はなぜか大騒ぎになっていた。

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