危険な交渉2

「この男も凄いぞ! かつては美男子として数多の女を従えていた!」

 

 顔に張り手を受けながらも男は表情を変えない。

 

「しかし顔に火傷を負い美貌を失うと女達は去っていった! いけ好かない性格のせいで男にも相手にされなくなった!」

 

「天与の美貌があっただけで中身は何も無いただの高慢な男だ!」

 

 男は黙って一点を見つめて天板を支えている。 

 

「しかし今は奴隷仲間の間では親切で評判の男になった」

 

「奴隷になったほうが価値の高まる者がいるのだ! ネロ!」


 アーリマンはネロ見て叫んだ。

 

 ネロはしばらく考え込んでいたが口を開いた。

 

「彼らは皆罪人ということですか?」

 

「ハハハ! 痛いところを突くな! 我の勢いに飲まれない。やはりお前には特別な価値がある!」

 

 アーリマンはネロに向き直って言った。

 

「帝国内で価値のないと判断された者たち! それが奴隷だ! 特別な価値のあるものは最高の生活し、特別な価値の無いものは奴隷となる! それがここルコモリエだ」

 

「助けてやりたい奴隷がいるならお前が買えば良い。ネロ。我はお前の思想も否定しない」


 アーリマンはネロの両肩を掴んで優しく言った。

 

「でも、それが堕天の燈火を祭壇に置かない理由にはならない!」


 ネロはアーリマンに言った。

 

「ふん! パラケルスス! 小賢しい老害! シュタイナー王国の犬め! 奴はお主に何も話していないと見えるな。それとも忌々しいブラフマンの入れ知恵か?」

 

「話す必要の無い話じゃ…」


パラケルススはじっとりとした眼でアーリマンを睨みながら吐き捨てるように言った。

 

「それはどうかな? ネロ! ここルコモリエにも堕天の燈火の伝説がある! 偉大なる帝王ゴーグが、天から降りし黒い炎を従える話だ!」

 

 アーリマンは軽やかなステップで神殿に安置された緑の宝玉の周りを飛び跳ねながら話した。

 

「かつて北の大国を率いていた王がゴーグだ! ゴーグはまだ堕天の燈火が清らかだった時代から、燈火が悪を吸い黒くなることを予言していた! そして代々、堕天の燈火を管理し受け継いできたのがゴーグの一族だ!」

 


「でも堕天の燈火はシュタイナー王国にあるじゃないか? そんなのでっちあげの言い伝えだ」


 ネロは反論してみせた。

 

 アーリマンはフフフと不敵に笑うとやれやれという表情でネロに言った。 

 

「我と、あの忌々しいブラフマンはゴーグの血を引く生き残りだ! ブラフマンは我の双子の弟よ!」

 

 ネロは驚愕してアーリマンの顔を見つめた。アーリマンはネロの顔を愉快そうにながめて続けた。

 

「ネロ! 楽しい交渉の時間だ」


 アーリマンはそう言うとハンニバルとパラケルススを膝まづかせて剣を抜いた。

 

「仲間の命が惜しければ、我に従え! 無論、お前にはこの国で最高地位、我の右の座を与えよう!」

 

「そんなことをしたら堕天の燈火が世界を滅ぼしてしまう!」


 ネロはアーリマンに叫んだ。

 

「そうはならない! お前が火を管理すれば大丈夫だネロ! そしてお前を我が従える! そうしてシュタイナー王国や他の国々を制圧し、生きるべきものと奴隷とに分ける!」

 

 アーリマンはさらにこう続けた。

 

「伝説では黒い炎を従えた帝王は世界を支配し新しい秩序を打ち立てるとある! 我とお前で新しい世界の礎を築こうではないか!? お前が守りたいものは我も守ると約束する! どうだネロ? 破格の条件とは思わぬか?」

 


ネロは俯いて思考を巡らせてから静かに答えた。


「交渉になっていません」



 

「どういう意味だ?」


 アーリマンは首をかしげた。

 

「僕がこの旅をするのは、王国に囚われている母を助けるためです。仲間の命も大切ですが、大帝の条件を飲めば母の命がありません」

 

 ネロは真っ直ぐアーリマンの目を見つめた。ネロの目には覚悟の炎が煌々と揺れているようだった。

 

 そうかそうかとアーリマンは髭を触りながら歩き回った。


 ブツブツと独り言を言うと、パラケルススの後ろでおもむろに立ち止まり、パラケルススの首に向かって剣を振り下ろした。


 「やめて…!!」


 ネロが叫ぶのを見てアーリマンはニヤリと口元に笑みを浮かべた。

 

 剣は薄皮一枚を切ったところでピタリと止まっており、パラケルススの首にうっすら血の線が描かれた。

 

「一晩待つ。一晩待って良い返事がなければ、一人ずつお前の仲間を殺していく。それもゆっくり残酷にだ」

 

 アーリマンはそう言うとジョセフに合図してハンニバルとパラケルススを牢に入れるように命じた。

 

「ネロ。交渉とはこうするのだ。相手の弱点を掌握して、初めて対等な話合いが可能になる。覚えておくといい」


 こうしてネロは一人ボリジョイ劇場の最上階の部屋に連れて行かれ、そこに監禁された。

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