危険な交渉1

「おっと! 奴らのことを忘れていた!」


 アーリマンはそう言うと拳を手のひらにポンと落とし、低い声で唸った。

 

 

 するとハンニバルとパラケルススが糸で引っ張られるような不自然な動きでネロの両脇の椅子に飛んできた。

 

「これでよし!」


 アーリマンは満足そうにつぶやくとご馳走に手を伸ばして豪快に食べ始めた。

 

 ネロが黙ってアーリマンを見つめているとアーリマンはネロに食べるように促した。

 

「これから我と交渉をしようと思っておるのだろう? ならば食事を共にすることだ。食事も楽しめんような奴と話すことなど無いからな」


 アーリマンはワハハと大声で笑った。

 

 ネロは目の前にあった蒸し鶏に手を伸ばした。蒸し鶏にはとろりとした餡がかかっていて、甘酸っぱい香りが漂っていた。奴隷が支える大理石の机の上には見たこともない食材を用いた美しい料理の数々が所狭しと並んでいた。

 

「貴様らも食え」


 アーリマンはハンニバルとパラケルススにも命令した。二人は黙ってそれに従った。

 

 食事が終わると奴隷たちは大理石の天板を支えたまま、歩いて部屋の外に出ていった。すると彼らと入れ替わりに別の奴隷が丸い大理石の天板を支えながら入ってきた。彼らはネロ達の前まで来ると膝をついて座り、丸い大理石のローテブルになった。

 

「さてネロ! 単刀直入にいこうか! 何が望みだ?」


 アーリマンはネロの前に身を乗り出してネロの目を真っ直ぐ見つめた。

 


「大帝。聞いていただきたく……」


 パラケルススが口を開いた。

 

「黙れ!! 我はネロと話しておるのだ!!」


 アーリマンが叫ぶとパラケルススがしぼんでいくように見えた。パラケルススはぐっしょりと汗で濡れていた。

 

「さあ。望みを言え。ネロ」

 

 ネロは覚悟を決めて正直に話した。

 

「堕天の燈火をアマテラスの神殿に安置させてください」


 アーリマンは立ち上がって緑に輝くアマテラスの方に歩いていった。


 台座の前に立つとこちらを振り向いてアマテラスを指しながら言った。

 

「ネロ。その願いが何を意味しているかわかるか?」

 

 ネロは正直に首を横にふった。

 

「よいか? アマテラスはこの昼の短い国を照らす太陽だ! アマテラスの光は植物を育て、空気を温め、夜を照らす!」


 アーリマンの顔から先程までの余裕は消えていた。

 

「このアマテラスを失えば、多くの民が飢えることになる! そのうえこの国は、奴隷が昼夜休まず働くことで成り立っておる! 夜が暗くなれば奴隷たちをどうやって働かせる?」


 アーリマンはネロを指差して一息に叫んだ。

 

「どうして奴隷はそんな目に合わないといけないんですか……?」

 

 ネロは思い切って聞いてみた。

 

 アーリマンは目をまん丸にしたあと、大声で笑いながらネロに答えた。

 

「どうして? ハハハ! 当たり前のことよ! ネロ! この者たちに奴隷以上の価値があるのか? 何か優れているか? 見てみろ!」

 

 アーリマンは奴隷を蹴りながら言った。

 

「見てみろ! この男は街で飲んだくれ、妻子に暴力を振るい、借金の果てにこうして奴隷になった!」

 

 男は蹴られても微動だにしなかった。

 

「今や屈強な奴隷だ! 我慢を覚え、酒も絶ち、必死で職務を全うしている!」

 

 アーリマンはさらに強く奴隷を蹴ったが奴隷の男は声一つあげなかった。

 

「今と昔、どちらが真っ当な人間の姿だ!?」

 

 ネロはアーリマンを見つめたまま黙っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る