帝国の光と闇
扉の向こうには石畳の美しい街並みが広がっていた。人々は身なりがよく、誰もが笑顔で幸せそうにしていた。
そこは要塞の中にある街とは到底思えないような景色だった。
街には高低差があり、中心に向かうに連れて海抜が高くなっていた。街の中央付近から湧き出た水が、街の隅々まで行き渡るように水路が整備されていて、赤レンガの広場には噴水まであった。様々な人種が街を行き交う様子にネロは思わず圧倒される。
中でも一番驚いたのは、丘の頂上にそびえる荘厳な神殿の姿だった。神殿そのものは木造だったが、奥には大理石の台座が見えた。
台座の上に緑の丸い宝石が浮かんでおり、エメラルド色の光を放っている。神殿の入り口には巨大な赤い丸太の門があり、門の左右には石造りの獣の像が置かれていた。
「あら! ジョセフ将軍! お帰りになられたんですね!」
ひとりの女がジョセフに気付いて駆け寄ってきた。
するとそれを聞きつけた大勢の人々がジョセフの周囲に集まった。彼らは労いの言葉をかけたり、声援を送ったり、中には万歳をする者まであった。どうやらこの街ではジョセフはたいそう人気のある人物のようだ。
「この子はいったいどちら様?」
初めに駆け寄ってきた女がジョセフに尋ねた。
「ただの子供と侮るなかれ! 彼こそ大帝が今最も注目する人物ネロだ!」
ジョセフがそう紹介すると群衆はざわめきと歓声をあげた。
「お目にかかれて光栄よ! ネロ! 大帝の御目に適うなんて! あなたは世界で一番の幸運の持ち主ね!」
女はネロの手を取り、閏んだ瞳でネロを見つめた。ネロは得体の知れない気持ち悪さを感じて顔をしかめる。しかしその感覚の正体まではわからない。
「あれはハンニバルじゃないか?」
ハンニバルを指さして群衆の中の男の一人が呟いた。
皆がハンニバルの方に振り向き、あたりは一瞬でシンと静まり返った。
人々はハンニバルを訝しげに見つめながら一歩、また一歩と後退りしてその場から離れていった。
「嫌われたものだな。ハンニバル! かつての英雄もシュタイナー王国に寝返り、今や裏切り者の代名詞だ」
ジョセフは軽蔑の眼差しをハンニバルに向けてフンと鼻を鳴らしてみせた。
「ハンニバルこの国に住んでたの?」
ネロはハンニバルを見た。
「ああ。俺はこの国で生まれ、かつてはこの国の兵士だった」
「ハッ! 兵士だと? 最強と謳われ、元帥の座に届くとまで言われた男がただの兵士なわけがあるか!」
ジョセフは怒りの感情を露わにした。しかしすぐに冷静さを取り戻し、いつもの調子でネロ達を先導した。
「カインとパウはここから別行動だ。部屋にお連れしろ」
ジョセフが命令すると兵士たちがカインとパウを連れてどこかに行ってしまった。
ネロはパラケルススに目をやった。パラケルススは疲弊した様子で難しい表情をしていた。どうやらまだ体調が本調子ではないようだ。その証拠に連行されてから一言も口を開いていない。
「パラケルスス大丈夫?」
ネロは声をかけてみた。しかしパラケルススはうつむいて頷くだけだった。
「おやおやおや?」
そこに義足を引きずりながら小さな男が近づいてきた。
「来たな。この街一番の嫌われ者にして、一番の人気者! セルゲイ!」
セルゲイと呼ばれた男は奇怪な出で立ちの小男だった。
禿げ上がった頭頂部と側頭部からまっすぐ伸びた銀色の長髪。右足は見事な彫刻を施された義足を嵌めている。
よく見ると袖から覗く左手も金の鉤爪だった。そして彼がまばたきするたびに、右眼に嵌められた義眼は向きを変え、あらぬ方向を見つめるのだった。
「ご紹介に預かりました! 嫌われ者の人気者! 奴隷商人のセルゲイ・イワンコフでございます!」
セルゲイは両手を広げて万歳の恰好をして見せた。右手には銀でこしらえた狼の頭がついたステッキを持っている。
「私めが今からこの街で最高のショーをお見せしまショー」
セルゲイはニンマリと笑ってみせた。驚くことに彼の歯はすべて金歯だった。
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