暗い森を照らす旋律
グエナダの一件があってから、カインとパウは以前のいがみ合いが嘘のように仲良くなった。
もともと息がぴったりなきらいがあった二人だ。根っこの部分では共通する部分が多かったのだろう。
呪いという隔たりが取り除かれた今、二人は旧来の友のような空気を纏っていた。
チルノン山の東側の斜面を下るとそこには針葉樹の森が広がっていた。真っ直ぐ天高くそびえる針葉樹の森は、曇天の空が放つなけなしの光を遮り、暗い影を落としていた。
「暗え森だな。景気づけに音楽でもするか!」
カインはそう言うとポケットからパンフルートを取り出して吹き始めた。
カインは巧みにパンフルートを奏でた。
その音色は美しくも、どこか物悲しい響きを含んでいた。
カインが奏でるその曲は荒野を旅する駱駝の一団が、夕日を背景に進む風景を連想させた。
憂いを帯びた旋律の中にも、オアシスに向かって進む力強い希望と生命力を感じさせる美しい曲だった。
「美しいデス!」
そういってパウもタンバリンを取り出してカインの曲に合わせて打ち叩いた。タンバリンの拍子は曲の休符を一段と強調したし、曲全体の輪郭を際立たせた。
シャラシャラと金属の触れ合う音が華やかに彩りを加え、曲に一層の広がりを持たせる。
ネロが音楽に聞き入っているとピイィィィと高くパンフルートが鳴り響き曲が終わった。
カインはスーのところに行くとスーの手を引いてパウとカインの間に立たせた。
「一体なんなんだい?」
スーがカインを睨みながら言う。睨んではいるが、スーの表情はどこか嬉しそうだ。
「騎馬族の歌姫の美声を頂戴したく存じます」
カインが
「旦那! 旦那の荷物の中にヴァイオリンが入ってるのを俺は見逃さねぇぜ」
カインはハンニバルも巻き込むつもりのようだ。
「おいおい。勘弁してくれ」
ハンニバルが困ったように笑って言った。
「ここで演奏しナイ、ありまセン!」
パウがタンバリンを激しく叩いてハンニバルを囃し立てた。
「よし。いいだろう!」
ハンニバルは馬に載せた荷物の中から黒い箱を取り出した。それを開けると中からべっこう色の美しい楽器が現れた。
カインは基準になる音を長く鳴らした。ハンニバルがそれを基準にヴァイオリンの音を調律していく。その準備の音色だけでネロは鳥肌が収まらなかった。
カインとスーが少し話、その内容をハンニバルに告げる。四人は見合って息を合わせるとパンフルートとヴァイオリンの和声が静かな森の中に染み渡っていった。
二つの楽器の長く伸びた響きが重なり合い美しい調和を生み出した。そこにタンバリンの静かな拍子がぽつりぽつりと加わりはじめる。
やがて曲は鋭く尖り、幾何学模様を空に描きながら高みへと駆け上っていった。
打って変わってなめらかな曲線を描き、語りかけるような波紋の重なりを生み出し、一気に地の底へと急降下し、またしても鋭さと激しさを増していった。
複雑な音の組み合わせに翻弄されながらも、その渦にかき回されるのは心地よかった。
ついに曲が最高潮に達するかという瞬間に一瞬の静寂が訪れてスーが美しい声で歌い始めた。
宵の風よ
あなたはどこから来たのか
わたしの愛する人の噂を
どこかで耳にしなかったか
宵の風は
金切り声をあげて
木立の隙間を吹き抜けていった
燃える暁よ
あなたはどこから来たのか
わたしの愛する人の噂を
どこかで耳にしなかったか
燃える暁は
焼け付く日差しに変わって
わたしの想いを焦がしていった
旅路に疲れ
空っ風に吹かれ
ついにわたしは家路へと向かう
あなたはいつも
あの雑木林の傍で
夕闇の中で
わたしを待っていた
あなたの待つ家に帰ろう
わたしの居場所は
愛するあなたの待つ場所だとわかったから
あなたは世界のどこでもなく
初めからわたしのそばにいた
あなたの待つ家に帰ろう
わたしの居場所は
愛するあなたの待つ場所だとわかったから
スーが歌い終えるとヴァイオリンとパンフルートが静かに最後の和声を響かせ、やがてその音も細くなって消えていった。
ネロは立ち上がって拍手した。スーがお辞儀をし、パウとカインは叫んだり口笛を吹いたりしてスーを茶化した。
暗い森に響いた旋律は、あたりの薄暗闇をそっと照らした。
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