落陽

「カイン!!」


 ネロはカインのもとに駆けていって首にしがみついた。

 

「カイン! 死なないで! 死んじゃ嫌だ!」

 

 ネロはカインにしがみつき、泣きながら叫んだ。スーは目元をおさえてカインを見ないように横を向いていた。ハンニバルとパラケルススはただ黙って一行を見つめていた。 

 

「何故デス!? ワタシはアナタ嫌っていたノニ! なぜこんなコト!?」


 パウはカインのもとまで這いずりながら叫んだ。

 

「うるせぇ。死んじまったらお仕舞だろうが……」


 カインは腹に刺さった毒針を抜きながら小さな声で言う。

 

「それはアナタも同じデス! ワタシがしくじった! ワタシが死ぬ当然のコト!」


 パウが唾を撒き散らしながら叫んだ。

 


「俺は死ぬつもりなんてねぇよ」



 カインはそう言うと袖を捲りあげて呪われた腕を露わにした。

 

 カインの腕の呪いの目は血走りギョロギョロと動き回っていた。


 

「奴の毒は強烈な麻薬性神経毒だ。普通なら激痛と錯乱状態に陥ってまず助からねぇ」

 

 カインはネロに離れるように伝えるとナイフを取り出した。


 布を固く巻き、それを咥えて歯を食いしばると、あろうことか腕の目玉を突き刺し始めた。

 

「ぐぉぉおおぉお」


 カインは痛みに顔を歪めながら何度もナイフで目玉を突き刺していく。


 目玉から飛び散る血がカインを赤く染めていった。


 全身が血まみれになったところでカインはナイフをポトリと落とした。

 

「この血に触れるなよ」


 カインはネロに目配せした。

 

 ネロが固唾をのんでカイン見つめていると、返り血がついたところからむくりとこぶが現れた。


 それはカインの体中に現れて、卵程の大きさに成長するとひび割れて小さな目玉になった。

 

 

「さぁ。目立つところには止まってくれるなよ…?」


 カインが祈るようにつぶやくと目玉はカインの身体を移動して右胸と右肩の間あたりで合体した。

 

 こうしてカインは腕とは別に胸のあたりにも大きな目玉が宿すことになった。

 

「クソ! まだ体中痛え……」


 カインはそういうと起き上がりネロの頭を撫でた。

 

「こういうことだ。俺は死ねねぇんだ。それに百二十年以上昔の記憶は覚えられねぇ。だがはるか昔から生きてるんだ。それが俺の呪いだ」


 カインは少し悲しそうに笑った。

 

「しかも不死は万能じゃねぇ。今みたいに受けた傷以上に目玉を痛めつけねぇと、死ぬ前の記憶を失って目覚めるのは何十年も先になる」


 ペっと血を吐いてカインが続けた。

 

 カインは血で汚れた服を脱ぎ捨てて入念に身体を拭うと、別の服に着替えてふぅと一息ついた。

 

「待たせちまったな。行こうぜ」


 カインはネロの頭をポンと叩くと山頂へと歩いていった。

 

 パウは地面を見つめて固まっていた。何かを考えているようだった。

 

「行こう。出発じゃ」


 パラケルススの言葉で一行は進み始めた。

 

 

 チルノン山の頂上には巨大な蛙の像が安置されていた。カインはそれを破壊しながらパウを呼んだ。

 

「おい! ハゲ! お前も一緒に手伝え!」

 

「ダレがハゲカ!!」


 そう言ってパウはカインと一緒に石像を破壊し始めた。

 

 二人はあらん限りの悪口を叫びながらグエナダの像を粉々にした。


 いつしか二人は声を上げて大笑いしている。


 しかし突然パウが黙りこくると、決心したようにつぶやいた。

 

「スミマセン。アナタの呪いに助けらレタ」


 パウは静かに頭を下げた。

 

「気にすんな。アホみたいに痛いが死ぬほどじゃねよ」

 


「違いマス。呪われた人、邪悪で卑劣と思ってマシタ……アナタ邪悪ナイ。卑劣もナイ。勇敢で心が強いデス。優しい人デス」

 


 カインは黙って聞いていたがパウの背中をパンパンと叩いて気にするなと笑った。

 


 パウはしゃくり上げながら泣いていた。足元には涙がポタポタと落ちた。


 沈みかけの夕日は最後の光の筋をパウの横顔に投げかけるとひっそりと闇の中に消えていった。

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